Lyric

2021.4.15 Thu

TAG : 

ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?  特別回~ DMX追悼特集~

FacebookTwitterLine

ヒップホップ好きイングリッシュティーチャーTAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」。今回は先日薬物の過剰摂取による心臓発作で亡くなったDMX追悼特集。今のアラサー、アラフォー世代のヘッズは彼のがなり声のラップに熱狂した人も多いはず。本特集ではDMXの生い立ちから、彼が世に送り出した代表曲を振り返りたい。

ニューヨークが産んだ偉大なヒップホップスターに敬意を表して。

READ ALL

生い立ち

1970年にニューヨークのヨンカーズで生まれたDMX。本名はアール・シモンズと言い、小さい頃はよく気管支喘息の発作に悩まされていたようだ。ただ少年時代の彼を最も苦しめたのは、病気よりも母親や母親の交際相手からの激しい暴力。6歳の時には、母から顔を殴られて2本の歯を失うなど、壮絶な虐待を受けていたんだ。その後、家庭での虐待に耐えかねたシモンズ少年は、次第にストリートに自分の居場所を見つけるようになる。そこで出会ったのが、後に彼のトレードマークの一つとなる野良犬だ。ストリートの暮らしで野良犬たちと仲良くなったようで、後に彼が自分のサウンドの中で犬の吠え声をサンプリングすることに繋がったようだ。そんなあまりにも過酷な少年時代を過ごしたシモンズ少年はその後親元から離れ児童養護施設を転々とすることに。そこで出会った他の同年代の子供たちとヒップホップカルチャーを通して友達になったり、ラップをして楽しむことを知ったシモンズ少年は次第にヒップホップの虜になっていき、ラッパーとしての道を進むことを決意する。そしてラッパーネームとして選んだのが、児童養護施設で子供達が使っていたオーバーへイム社製のドラムマシーン、“The DMX”から取ったDMXだったんだ。

キャリア初期

ラッパー“DMX”として活動を始めたシモンズ。自らミックステープを製作し、ストリートで売るなど、精力的に音楽活動に取り組んだ結果、1992年、22歳の時には、大手レコード会社コロンビア・レコードのサブレーベルであるラフハウス・レコードと契約にまでこぎつけたんだ。そして念願のデビュー・シングル「Born Loser」、1994年にはセカンドシングル「Make a Move」をリリースするのだけど、なかなかヒットしない時期が続いてしまう。そんな中でも腐らずに、Jay-Z(ジェイ・Z)やJa Rule(ジャ・ルール)、LL Cool J(LL・クール・J)などの客演をこなす中で確実にシーンのプロップスを得ていったんだ。

スターダムへ

多くのラッパーの客演をこなし、確実にシーンでの存在感を高めていったDMXは名門ヒップホップ・レーベル、デフ・ジャム・レコーディングスと契約することになる。そして1998年、彼がデフ・ジャムからリリースしたのが「Get at Me Dog」だ。「Get at Me Dog」はアメリカレコード教会でゴールド・ディスク認定される大ヒットを記録。その後リリースしたファースト・アルバム「Dark and Hell Is Hot」が全米ビルボードチャートで1位を獲得し、DMXは名実共にトップ・ラッパーの仲間入りを果たしたんだ。DMX追悼特集、1曲目に紹介するのは「Dark and Hell Is Hot」収録の大ヒット曲「Ruff Ryders’ Anthem」。

① 「Ruff Ryders’ Anthem(1998)」

Niggas wanna try, niggas wanna lie
Then niggas wonder why niggas wanna die
All I know is pain, all I feel is rain
How can I maintain with that shit on my brain?

「やりたがるやつ、嘘をつきたがるやつ。
 みんな不思議がってる。なんで黒人は死にたがるのかって。
 オレは知ってるのは痛みだけ。感じているのは降り注ぐ雨だけ。
 どうやったらあのシットを頭の中で抱え続けれるっていうんだ?」

怒涛の快進撃

「Dark and Hell Is Hot」は総売上枚数480万枚を超える大ヒットを記録、その後リリースしたアルバム「Flesh of My flesh, Blood of My Blood(1999)」、「.. And Then There Was X(1999)」、「The Great Depression(2001)」、「Grand Champ(2003)」の全てがUSビルボードチャートで1位を獲得し、アルバムが5作連続でビルボードチャート1位を獲得するという快挙を成し遂げたんだ。DMX追悼特集、次に紹介するのは490万枚を売り上げたサードアルバム「.. And Then There Was X」収録の大ヒット曲、「Party Up」。

② 「Party Up(1999)」

First of all, you ain’t rapped long enough
To be fucking with me, and you, you ain’t strong enough
So whatever it is you puffin’ on
That got you think that you Superman, I got the Kryptonite
Should I smack him with my dick or the mic?

「まず初めに、お前はラップの経験が足りねぇんだよ。
 オレにかましにくるには、全然強さが足りねぇよ。
 だからお前が吸ってるものが何だろうと、
 それでお前がスーパーマンみたいな気分になろうが、
 オレはクリプトナイトを持ってるてことさ。
 ぶっ叩いてやろうか?オレのディックかマイクでな。」

映画俳優として

DMXの活躍は音楽の舞台だけに留まらず、映画俳優としての活動も広がっていく。
特に有名なのが、中国出身のアクション俳優ジェット・リーと共演した「Romeo Must Die(ロミオ・マスト・ダイ)(2000)」「Cradle 2 the Grave(邦題:ブラック・ダイヤモンド)(2003)」と“沈黙シリーズ” でお馴染みのスティーヴン・セガールと共演した「DENGEKI 電撃」のカンフー・ヒップホップ三部作。特に「ロミオ・マスト・ダイ」と「ブラック・ダイヤモンド」はタフでサグな役柄が似合うDMXの演技と、中国武術の達人、ジェット・リーの卓越したアクションが最高にエキサイティングな映画だ。全世界の興行収入では「ロミオ・マスト・ダイ」約100億円、「ブラック・ダイヤモンド」67億円という大ヒットを記録しており、DMXは映画俳優としても大成功を収めることになったんだ。DMX追悼特集、ラストを飾るのは、映画「ブラック・ダイヤモンド」の挿入歌でもある「X Gon’ Give It To Ya」。

③ 「X Gon’ Give It To Ya(2003)」

X gon’ give it to ya (What?)
Fuck waitin’ for you to get it on your own, X gon’ deliver to ya (Uh)
Knock-knock, open up the door, it’s real

「 Xがお前に与えてやるぜ。
  お前のもんを待つなんてクソ食らえだ。Xがお前に届けてやるのさ。
 ノック、ノック、扉を開けな。これが本物だぜ。」

近年

ラッパー、映画俳優として大成功したDMXだけど、その後は所属レーベルであるデフ・ジャムの社長だったジェイ・Zとの不仲などもあり、デフ・ジャムを離脱。2000年代後半以降はなかなか音楽活動で以前のような勢いを取り戻すことができず、飲酒運転や暴行、薬物所持や脱税などで逮捕、投獄されるといったニュースばかりが目立つようになってしまう。
ただ近年ではスティーヴン・セガールと約20年ぶりにタッグを組んだ映画「Beyond the Law」に主役級で出演したり、2019年には古巣デフ・ジャムと再契約し、かつての盟友Swizz Beatz(スウィズ・ビーツ)と共に新たな楽曲の製作を行なったりしていた。

そんな中での今回の突然の死。本当に悲しいことだけれど、彼が作り出した音楽はいまだに唯一無二のもの。どん底から成り上がり、自らの絶望を多くの人々の希望に変えたあの吠えるようながなり声のラップはこれからも僕たちの心を熱くする永遠のヒップホップ・アンセムだ。

Rest in Peace, DMX.

TARO

訳は全て意訳です。(索引:Genius https://genius.com/ )

日本のストリートレペゼンしよう。

FacebookTwitterLine

PICK UP

DOPE

  • 人気記事
  • 急上昇
  • NEW

TAG