ideal|ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン? Vol.99

日本は貧富の差がない国。日本人だけ住んでるし、差別なんて無縁の国。 それは違う。

ライター:TARO

今回紹介するスラング

ideal

理想
紹介アーティスト
Common
ideal|ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン? Vol.99
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ヒップホップ好きイングリッシュティーチャー TAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」 Vol.99の今回取り上げる単語は「Ideal(理想)」。

ミネソタ州ミネアポリスで、ジョージ・フロイドさんが白人警官に殺された。

あまりにも残酷な出来事で、今アメリカでは連日各地で人種差別や警官の暴力に抗議するデモが起こっている。この事件やその後続いているデモを見て、この世界に生きる同じ人間として、そしてヒップホップやアフリカン・アメリカンの人々が作り上げる音楽やアートを愛するものとして何か行動しなくてはと思っている人も多いと思う。これは決してアメリカだけの問題ではないし、日本でも様々な「差別」や「格差」は見えにくいが起きている。貧困、人種、移民。そういった問題に対して僕たちはまず知ることが大事だし、行動を起こさなければならない。

今回はアメリカの高校での実話を基に、人種問題の現実と理想を追い求めることの大切さを描いた2007年公開の映画「Freedom Writers(フリーダム・ライターズ)」を取り上げ、今僕たちにできることを考える。

Freedom Writers(フリーダム・ライターズ)

舞台は1994年のロサンゼルス。ロサンゼルスでアフリカン・アメリカンのロドニー・キングさんが白人警官4人に暴行されるという事件がきっかけ起きたロス暴動の2年後のロサンゼルスのウィルソン高校での実話を元にした映画だ。

主人公の新人英語教師、エリンが担当することになったのは学校の中でも一番の“問題クラス”。様々な人種が混在する彼女のクラスでは多くの生徒が貧困家庭の出身であり、生徒達は親の代から続く人種対立によって引き起こされる暴力や犯罪が溢れる世界でお互いを敵視し合っていた。そんなクラスでエリンは彼らをポジティブな未来へ導こうと全力を注ぐ。最初はなかなか心を開かなかった生徒達が、エリンに対して心を開くきっかけとなったのが、アフリカン・アメリカンの生徒に対する他の人種の生徒からのいじめを知ったエリンが生徒たちに話した人種差別による史上最悪の大量虐殺、ホロコーストの事実だった。

ホロコースト

ホロコーストは第二次世界大戦中(1939-1945)のナチス・ドイツが行ったユダヤ人の絶滅を目的とした政策。ユダヤ人は元々中東や地中海沿岸を発祥の地とする民族であり、20世紀を代表する物理学者、アルバート・アインシュタインや映画監督のスティーブン・スピルバーグなどもユダヤ人のルーツを持っている。そんな世界的に活躍する偉人たちを輩出しているユダヤの人々なのだが、彼らの歴史は数千年に渡る差別との戦いの歴史だ。元々彼らが差別される要因となったのが、キリスト教の教えの中で、イエス・キリストが磔にされて殺されたのはユダヤ人のせいであるとされた事。古代から中世においてキリスト教が広くヨーロッパで信仰されていく過程で、ユダヤの人々は「キリストを殺した民族」として激しい差別を受けることになる。当時の主要な産業である農業や工業から排除された彼らは、次第に中世ヨーロッパ社会では卑しい仕事とされていた貸金業などの金融業を生業とするようになる。ユダヤの人々からすればやむなく金融業に活路を見出した訳だけど、なんと他の人々からは「欲深く、卑しい民族」というレッテルを貼られることになる。そんなユダヤ人差別が頂点に達したのがホロコーストだ。

第二次世界大戦中、ヨーロッパの大部分を占領したナチス・ドイツはユダヤ人を「劣等人種」とし、ghetto(ゲットー)と呼ばれる狭いエリアに押し込めた。そう、今では「貧困地区」という意味で使われるゲットーという言葉は、元々はユダヤの人々が押し込められた地域に対して使われた言葉だったんだ。その後に起きた事は多くの人が知るところだと思う。ナチスはユダヤの人々を収容所に連れていき、銃やガス室で虐殺した。犠牲者の数は600万人と言われる。

そんなホロコーストの事実を知ったエリンの生徒たちは、少しづつ他人の痛みを理解しようとし始める。そんな時、エリンが生徒たち1人1人に渡したものがある。自分の思いをつづるノートだ。今まで表現する事ができなかった彼らの“痛み”を言葉にして、紙につづる。ノートに自分が抱えてきた感情を書き綴ることで、彼らは少しずつ自分の気持ちを誰かに話せるようになり、クラスメイトの痛みも理解していく。

そして迎えたエンティングでは、対立しあっていた生徒たちが人種の壁を乗り越えて、一つになる。

Common「A Dream feat. will.i.am(2007)」

そんな映画のラストで流れるのは、キング牧師の“ I Have A Dream”のスピーチをサンプリングした1曲「A Dream」。歌うのは、The Black Eyed Peasのwill.i.am(ウィル・アイ・アム)とシカゴを代表するラッパー、Common(コモン)だ。

In search of brighter days, I ride through the maze of the madness
もっと輝ける日常を探す中で、狂気の迷路を駆け巡る。

Struggle is my address, where pain and crack lives
葛藤がオレの住所、痛みとクラックの場所。

Gunshots coming from sounds of blackness
暗闇から銃弾がやってくる。

Given this game with no time to practice
このゲームに参加させられたら、練習の時間はない。

Born on the black list, told I’m below average
ブラック・リストに生まれて、お前は平均以下だって言われた。

A life with no cabbage
満足に食べることもできない人生。

That’s no money if you from where I’m from
もし君がオレと同じ出身なら文無しさ。

Funny, I just want some of your sun
面白いよな。君の太陽がいくらか欲しいよ。

Dark clouds seem to follow me
暗い雲がオレを追ってるみたいだ。

Alcohol that my pops swallowed bottled me, no apology
親父が飲み込んだアルコールがオレを打ちのめした。謝罪なしだぜ。

I walk with a boulder on my shoulder
でけぇ岩を背負って歩いてる。

It’s a cold war, I’m a colder soldier
まるで冷戦。オレはもっと冷たい戦士さ。

Hold the same fight that made Martin Luther the King
キング牧師が戦ったのと同じ戦いを続けてる。

I ain’t using it for the right thing
正しい事に使えてないのかもしれない。

In between lean and the fiends, hustle and the schemes
リーンと悪魔、ハッスルと陰謀の狭間。

I put together pieces of a dream, I still have one
オレは夢の欠片をかき集めた。まだ、夢があるんだ

コモンが歌う絶望と希望。

過酷な現実の中で彼は夢の欠片(pieces of a dream)をかき集めた。かき集めた夢の欠片が作り出したのは、“夢(dream)”。

まだ、彼には夢があるんだ。

僕たちにできること

「フリーダム・ライターズ」の教師、エリンは変えようとする事をあきらめなかった。
だから少なくとも彼女の生徒たちは変わった。
それはあきらめない事が産んだ小さな、でもとても大事な変化だったと思う。
今回の問題で人種差別という問題を改めて考える人もいると思う。
大きなレベルでこの問題を解決することは難しいし、僕たちにアフリカン・アメリカンの人々の痛みは本質的にはわからない。
でも痛みを知ることはできる。僕たちは人間だから。

そして僕たちにもできることがある。

それは近くにある痛みに目を向けること。
外国と比較すると見えにくいかもしれないが、僕たちの近くにも多くの“痛み”が存在している。

僕たちが住むこの国では、7人に1人の子供が貧困で苦しんでいる。家に帰ってもご飯がない。何も食べれない日があるという子供は実はこの国にはたくさんいる。そして貧困はそのまま教育格差につながる。勉強したくても、家族のために寝ずにアルバイトをしていて学校に通うこともままならない。そんな子供たちは学校を退学してしまうことも多い。

また児童相談所への児童虐待相談対応件数はこの数年増加し続けている。虐待の現状を調査している厚生労働省の発表によれば、毎年50人の子供が虐待によって亡くなっている。つまり計算上、1週間に1人の子供が虐待によって命を落としていることになるんだ。

また、外国人能実習生の問題も深刻だ。日本では海外から外国人技能実習生という名目で多くの海外の若者を受け入れている。目的は農業や水産業、建設業などの現場で日本の進んだ技術を習得して、母国に持ち帰ること。ただ実際には日本人よりも低賃金で働かせることができる労働力なっている場合が多い。過酷な労働環境の中で働かされ続けたことで過労で命を落としたり、自殺したりする人が多いんだ。

そして外国から日本に入国する際の入国管理局では、海外からの難民申請者が一時的に身柄を拘束され死亡するケースが多く発生している。実は日本は難民認定に関して非常に消極的な国であり、一度申請してもなかなか認定されないケースが多い。認定を待つ間に収容されるのが、入国者収容所と言われる劣悪な収容所。そこで病気を発症したりして亡くなる人が多いことが大きな問題になっている。

日本は貧富の差がない国。日本人だけ住んでるし、差別なんて無縁の国。

それは違う。

僕たちが暮らすこの日本でも貧困や差別によって苦しんでいる人々がたくさんいる。
アメリカで起きている現実に対して僕たち日本人ができること。
それはまず自分の周りの現実を知ること。
1人1人が自分の周りに暮らす自分と違う人々のことを理解し、小さくても良いから行動に移すこと。
この国で、そして世界で、そういった行動が増えることを願う。

アンネの言葉

「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」 Vol.99「Ideal(理想)」の最後はホロコーストによる迫害の中で、“理想”を持ち続けた勇敢なユダヤ人の少女の言葉を紹介して締めくくりたい。

 

It’s really a wonder that I haven’t dropped all my ideals,because they seem so absurd and impossible to carry out.
Yet I keep them, because in spite of everything I still believe that people are really good at heart. 

Anne Frank

「不思議なのは、私はまだ理想を捨ててはいないということです。あまりに現実離れしていて、とても実現しそうにないのに。
でも私は理想を持ち続けています。なぜなら今でも信じているから。人間は本当は暖かい心を持っているんだってことを。」

アンネ・フランク

理想を実現するのは難しいことだけど、1人1人が考えて、行動すれば少しずつ世界は変わる。
アフリカン・アメリカンの人々と彼らが作り出した素晴らしい文化に敬意を表して、世界を変えるために、今自分ができることを。

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