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2019.4.18 Thu

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ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?  Vol.44 〜ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ特集〜

ヒップホップの歌詞からストリートで使える英語を学ぼう

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WHAT’S UP,  GUYS!
ヒップホップ好きイングリッシュティーチャーTAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」 Vol.44の今回は、「 Bob Marley & The Wailers パンチライン特集」。レゲエのレジェンド、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの名曲のパンチラインをディグって行くぜ!

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Bob Marley(ボブ・マーリー)はご存知、ジャマイカの伝説的レゲエ・シンガー。レゲエをあまり聞いたことがない人でも、無精ヒゲにドレッドヘアーのボブ・マーリーのルックスは分かるという人は多いはず。1945年にジャマイカのナイン・マイルで生まれ、70年代~80年代にかけてレゲエを世界に知らしめたレゲエ・カルチャーのアイコン的存在だ。
そしてThe Wailers(ザ・ウェイラーズ)は彼が所属していたバンド。今はレゲエと言えば、ボブ・マーリーてくらいの感じだけど、元々マーリーの音楽のスタートはバンド。
マーリーと同じナイン・マイル生まれで、マーリーの幼馴染であったBunny Wailer(バニー・ウェイラー)と、キングストンのストリートでギターを弾いてる人の指の動きを見続けて、全ての指の動きを覚えてしまったという天才Peter Tosh(ピーター・トッシュ)とマーリーの3人で作ったのが ”The Wailers ”だ。オリジナル・メンバーであるバニー・ウェイラーの名前からとって、ザ・ウェイラーズという名前になったんだね。

レゲエは元々1960年代のジャマイカで「スカ」や「ロック・ステディ」といった音楽から発展してできたもので、ザ・ウェイラーズが活動し始めた60年代後半は少しづつ現在の僕達が聴くようなレゲエのサウンドが出来上がってきていた時期。その後70年代から80年代にかけてボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズが世界的にヒットした事で、レゲエは一気にメジャー音楽の仲間入りを果たしたんだ。

マーリーは1981年にガンで亡くなってしまったんだけど、彼とザ・ウェイラーズが作り上げた素晴らしい音楽は今でも世界中の人々に愛されている。そんなボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズからまず紹介するのは1973年リリースのアルバム「Burnin’」から「Get Up, Stand Up」。

①「Get Up, Stand Up(1973)」

Most people think great God will come from the sky. Take away everything, and make everybody feel high. But if you know what life is worth. You would look for yours on earth. And now you see the light. You stand up for your right, yeah.
「大抵の連中は信じてんのさ。偉大な神様が空から降りてきて、全てを取り除き、みんなをハイにしてくれるてね。でも人生の価値てもんを知ったらさ、この地で、てめぇ自身の神様を見つけるだろうよ。さぁ光が見えたな。立ち上がろう。権利のために。」

マーリーはハイチを訪れた際、現地の人々の貧困の状況を目の当たりにして、この曲を書き上げたんだって。
ハイチは元々、原住民であるインディアンの人々が住んでいた国なんだけど、1492年にコロンブスがアメリカを発見してから、スペインの侵略によってインディアンの人々は全滅させられたんだ。本当、最悪だよね。その後スペインに取って代わったフランスによってアフリカから連れてこられた多くの黒人の人たちが、奴隷として長い間働かされてきたという歴史があるんだ。

1800年代には黒人達の反乱によって、世界で初めての黒人国家ができるんだけど、喜びも束の間、1915年にはアメリカによる占領が始まってしまう。本当、欧米諸国どないなっとんねん!

そんなハイチがやっとこさ、再び黒人達の政治によって独立国家として歩み始めそうに見えたのが1950年代。黒人のフランソワ・デュヴァリエ大統領が就任してさぁこれから近代国家として発展していくぞ!て感じだったのに、なんとこのデュヴァリエがとんだ独裁者で、自分に反対する者を追放したり、殺したりし始めたんだ。デュヴァリエの政治は無茶苦茶で、企業から賄賂はバンバンもらう、嫌いなやつは殺す、他の国からの援助金は自分の懐に入れるといった具合で、もうハイチ社会はグッチャグチャ。しかも貧しい農民の人々から土地を取り上げ、自分の兵隊達に分け与えてしまったもんだから、農民達は都会に出稼ぎに行くんだけど、デュヴァリエのせいでハイチの社会を支えていたエリート層は根こそぎ国外逃亡してしまったし、海外からの援助金は全てデュヴァリエが独り占めしてるもんで、仕事も何もあったもんじゃない。その結果、ハイチは栄養失調や飢餓が多発するこの世の地獄のような状態になってしまったんだ。
マーリーがハイチを訪れたのはちょうどこの頃。そう考えると、このリリックのメッセージ性が改めて伝わってくるね。

続いて紹介するのは1974年のアルバム「Natty Dread」からの1曲であり、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズを代表する不朽の名曲、「No Woman, No Cry」。

②「No Woman, No Cry(1974)」

I remember when we used to sit. In the government yard in Trenchtown. And then Georgie would make the fire light. As if it was log wood burning through the night. Then we would cook corn meal porridge. Of which I’ll share with you. My feet is my only carriage. So I’ve got to push on through.
「オレ達がよく座っていたトレンチ・タウンの公共住宅の庭を覚えているよ。ジョージがよく焚き火して辺りを照らしてさ。薪が夜通し燃えていたっけ。そしてコーンのお粥を作ってさ、オレとお前で分け合ったよな。この2本の足がオレの唯一の乗り物さ。だから前に押し出さないとな。」

マーリーの若い頃の思い出を歌ったリリックだ。トレンチ・タウンはジャマイカの首都キングストンにあるゲットー地区。「the government yard」とは「公共住宅の庭」のこと。アメリカのラップのリリックでよく出てくる「project(公共団地)」のようなものだね。
マーリーが青春時代を過ごした1950年代~60年代初めは、ジャマイカがまだイギリスの植民地支配を受けていた時期。元々ジャマイカにはインディアンの人々が住んでいたんだけど、1500年代にハイチと同じくスペインの侵略によって、インディアンは皆殺しにされてしまったんだ。ひどい話だよね。その後、スペインはアフリカから黒人達を連れてきてて、サトウキビ畑で奴隷として働かせたんだ。今のジャマイカの人々の多くはこの時、アフリカから無理やり連れてこられた人々の子孫なんだよ。

マーリーも1983年リリースの「Buffalo Soldier」の中で、

Stolen from Africa, brought to America. Fighting on arrival, fighting for survival.
「アフリカから盗まれて、アメリカに連れてこられた。辿り着くために戦って、生き残るため戦った。」

とアフリカからアメリカに連れてこられた人々のことを歌ってるね。
スペインによるジャマイカ統治は約150年間続くんだけど、その後、イギリスがスペインとの戦争に勝利し、ジャマイカを奪い取ることになる。そしてイギリスは1655年から約300年に渡ってジャマイカを支配するんだ。つまりジャマイカの人々はスペイン統治時代から約400年間に渡って搾取され続けたことになるね。この他国による統治の間、ジャマイカの黒人達は主に砂糖の原料であるサトウキビの栽培や、砂糖の生産、輸出に従事してきたんだけど、その利益は全て支配層だったスペインやイギリスの人々に搾取されてきたんだ。

だからマーリーが「No Woman, No Cry」で歌ってるように、

Then we would cook corn meal porridge /  Of which I’ll share with you.
「コーンのお粥を作って、みんなでそれを分け合う」

という暮らしを強いられたんだね。でもそんな暮らしの中でも、マーリーは、

My feet is my only carriage. So I’ve got to push on through.
「この2本の足がオレの唯一の乗り物さ。だから前に押し出さないとな。」

と歌う。
ジャマイカは1962年にイギリスからの独立を果たしており、マーリーが歌うように、ジャマイカ人自身の ” feet ” で歩き出したところだった。ジャマイカの人々と共に自分たちの力で未来を切り開こうという強いメッセージを感じるね。 

「 Bob Marley & The Wailers パンチライン特集」のトリを飾るのは、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの曲の中でも特に人気のあるこの曲。1977年リリースの名盤「Exodus」収録の「Three Little Birds」からのリリック。

③「Three Little Birds(1977)」

Rise up this morning. Smiled with the rising sun. Three little birds. Pitch by my doorstep. Singing sweet songs. Of melodies pure and true. Saying, “This is my message to you”. Singing: “Don’t worry about a thing. Cause every little thing is gonna be alright.
「朝起きて、登る太陽と共に微笑んで。三びきの鳥が、玄関前にとまっている。純粋さと真実さに溢れた甘い歌を歌いながら。言っているんだ、これは君へのメッセージだよって。歌うよ、だから心配しないで。なぜならどんな小さな事もきっと上手くいくから」                 

最高にピースな歌だね。人生にいろんな辛い事はつきものだけど、そんな時にいつも元気をくれる曲だ。実はこのピースな歌をリリースする約半年前の1976年12月、マーリーはジャマイカで銃撃され、奇跡的に一命は取り留めているんだ。
この銃撃事件の背景には、当時ジャマイカを二分していた二つの政党、People’s National Party(PNP)とJamaican Labour Party(JLP)の争いが関係していて、PNP党の党首で当時の首相だったマイケル・マンリーの主催するコンサートにマーリーが出演したことで、腹を立てたJLP党側のギャングがマーリーを狙ったと言われている。
ただマーリーの本心はどちらの側につくとかではなく、ジャマイカに平和をもたらすことだった。九死に一生を得たマーリーがリリースしたのが、彼の人生に対する愛が溢れている「Three Little Birds」なんだ。
その後、マーリーは1978年に「One Love Peace Concert」をキングストンで開催し、PNP党のJLP党の両方の党首をステージ上に上げて、握手させるということをやってるんだ。政党の争いに巻き込まれて、自分が銃撃されているにも関わらず、マーリーは音楽の力でジャマイカに平和をもたらそうとしたんだね。

マーリーが生きた1940~80年代のジャマイカは植民地支配、独立、そして政治的内戦という激動の時代だった。でもそんな中で、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズは明日の希望を胸に、ジャマイカの人々へ、そして世界へメッセージを発信し続けた。僕たち日本人が彼らの音楽やリリックから受けるインスピレーションはそれぞれだと思うけど、やっぱり間違い無いのは、彼らの音楽が持つ最高にポジティヴなエネルギーだと思う。

”my feet”を”carriage”にして明日を切り開くための、ラスタ色のエネルギーを僕達に注入してくれる最高のレゲエ・バンド。それがボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズだ。

RESPECT FOR ALL RAPPERS!
SEE YA!

TARO 

訳は全て意訳です。(索引:Genius https://genius.com/ )

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