ラップミュージックとキリスト教|ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン? Vol.375

ヒップホップの歌詞からストリートで使える英語を学ぼう

ライター:TARO

今回紹介するスラング

Christianity

キリスト教
紹介アーティスト
Nas, InI, Common
ラップミュージックとキリスト教|ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン? Vol.375
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WHAT’S UP,  GUYS!
ヒップホップ好きイングリッシュティーチャー TAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」。Vol.375の今回は「USラップミュージックとキリスト教」特集。アメリカ文化と深い関わりを持つキリスト教から影響を受けたUSラップのリリックに触れてみよう。

キリスト教って?

約2000年前に”神の子” イエス・キリストが伝え始めた教えを信じる宗教。イスラム教、仏教と並ぶ世界三大宗教の一つであり、特にアメリカでは人口の6割程度が信仰しているとされているんだ。教典である「聖書(the Bible)」を読んで学び、「教会(church)」で神に祈りを捧げる。無宗教の人口が多い日本にいるとなかなか馴染みがないけれど、アメリカではとても一般的なことなんだ。アメリカで作られた映像作品にも「洗礼(baptizm):入信するための身体を水に浸す儀式」や「告解(confession):神に自分の罪を懺悔すること」など、キリスト教に関連するシーンが登場することがよくあるよね。

アメリカ文化の根っこの部分に深く浸透しているキリスト教。当然USのラッパーたちの中にも深く信仰していたり、聖書から哲学や物事の見方、思想を学んでいる人も多い。今回はUSラッパーたちの中でも特にキリスト教的なワードや哲学がリリックの中に登場するラッパーたちのリリックをチェックしていこう!

まずはチェックするのはNas(ナズ)の名曲「The World Is Yours」。

Nas「The World Is Yours(1994)」

While all the old folks pray to Jesús, soakin’ they sins in trays
年寄りたちがイエスに祈りを捧げ、罪を浸す
Of holy water, odds against Nas is slaughter
聖水の盆に、ナズに勝てる確率なんてほぼないに等しい
Thinkin’ a word best describin’ my life to name my daughter
オレの人生を表すベストの単語を考えてる、娘の名前として
My strength, my son, the star will be my resurrection
オレの強さ、オレの息子、あの星はオレの復活を意味するもの
Born in correction, all the wrong shit I did, he’ll lead in right direction
正しく生まれ、オレがしてきた間違ったこと、彼が正しい方向に導いてくれるはずさ

ナズのまさに神がかったリリック。リリックの冒頭に出てくる“sins “はキリスト教において、人間の「罪悪」を意味する言葉。また、“trays of holy water (聖水の水)”は教会に配置されている鉢や容器(聖水盤・聖水入れ)のことだ。キリスト教の家庭では赤ん坊の時に、その聖なる水に浸す “baptism(洗礼)”を行う場合もあるよね。

つまりこの聖水に触れるという行為は、自分の内面の罪悪を洗い流したり、神の祝福を受けるという意味合いがあるんだ。 “While all the old folks pray to Jesús, soakin’ they sins in trays. Of holy water, odds against Nas is slaughter(年寄りたちがイエスに祈りを捧げ、罪を浸す。聖水の盆に、ナズに勝てる確率なんてほぼないに等しい)”のラインは、お年寄りたちは聖水で自分の罪を洗い流すことしかできないけど、“God’s Son(神の子)”であるナズは自分自身で運命を切り開くと言っているとも取れるよね。

まさにそんなマインドが現実化したのが、これに続くナズが自分の子供について歌ったライン。この曲がリリースされた当時ナズはまだ子供を持つ前。なのでこの曲で歌われている娘や息子のことは制作当時には全て想像上の話だったんだけど、驚くべきことにその後ナズにはリリックの順番通りにまず長女が、そしてその後長男が生まれる。 ナズは生まれた長女にこの「The World Is Yours」で歌っているように、“自分の人生を表す単語”を名前としてつける。それが “destiny(運命)” だ。運命づけられた神の子ナズの人生を象徴する単語が“destiny(運命)”だったてことだね。

その後生まれた息子に彼がつけた名前は“ knight(ナイト) ”。「騎士」という意味であり、「夜」を意味する“ night ”の同音異義語だ。実はこの「The World Is Yours」の中で、ナズが「夜」というテーマに触れた箇所がある。

My strength, my son, the star will be my resurrection
オレの強さ、オレの息子、あの星はオレの復活を意味するもの

の箇所だ。ここでは「夜」に人々を導く存在である“star(星)”と将来生まれてくるであろう自分の息子を重ねて歌っている。
ナズにとってKnight は “son(息子)” であると同時に、“night(夜)” を明るく照らし夜明けを告げる“sun(太陽)”でもあるということ。そして彼はナズのこれまでの間違いを赦し、正しい方向へ導いてくれるってわけだね。いやはや、曲で歌ったことが現実になることに加えて、ワードプレイも驚異的すぎるでしょ。
まさに神話の領域のリリシズムだぜ。

続いて紹介するのは、ヒップホップ史上に残る屈指の名盤、InIの「Center of Attention」からアルバムと同名タイトルの「Center of Attention」。

InI「Center of Attention(2003)」

Grippin’ the mic, spittin’ words I write
マイクを握り、書き記した言葉を吐き出す
On the pad or the paper, this particular caper
メモ用紙や紙の上。この特別な悪ふざけ
Got ‘nuff up’s and down’s, industry clowns
浮き沈みも十分に見てきたよ。業界のピエロたち
Jealous niggas tryna keep countin’ my figures
嫉妬してるやつらはオレの数字を数えようとしてる
But yo, I’m a spiritual millionaire droppin’ bombs
だけどオレならボムを投下するスピリチュアルなミリオネア
Like King David when he wrote the Psalms
まるで聖書の詩篇を記した時のダビデ王みたく
So what you need to do is listen up, remain calm
だからお前に必要なのは、耳を傾けて、落ち着く事さ
Not ridin’ a wave, refuse to be a slave ‘cause I’m the center
波に乗ったり、奴隷になる事を拒否する。なぜならオレこそがど真ん中なんだから

InIのメンバーであるグラップ・ラヴァのリリック。メモ用紙や紙の上に吐き出したグラップの言葉。それは業界の浮き沈みに左右されない、リアルなリリックだ。 そんな真実のボムをリスナーに投下する“ spiritual millionaire(スピリチュアルなミリオネア)であるグラップ。そんな彼はまるで古代イスラエルの王であり、聖書の詩篇を記したとされるダビデのよう。

ダビデは羊飼いの息子から、イスラエルの王となり、イスラエルの全盛期を築き上げた英雄。そんなダビデが神への賛美を記したのが詩篇なんだ。つまりグラップも詩篇を記した時のダビデ王と同じように、ヒップホップという文化への賛美の心をビートに乗せて発信しているということ。

そしてそんな彼が特に強く発信しているのが、“Not ridin’ a wave(波に乗るんじゃない)”という言葉。トレンドに流されるんじゃなく、自分自身が常にど真ん中で居続けるようにしようってわけだ。聖書をサンプリングしながら、ヒップホップマインドをクールに表現したリリックだね。

ヒップホップ好きイングリッシュティーチャー TAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」Vol.375はUSヒップホップを代表するリリシストであり、敬虔なキリスト教徒でもあるCommon(コモン)の「Be (Intro)」。

Common「Be (Intro)」

I wanna be as free as the spirits of those who left
亡くなった人々の魂のように自由になりたい
I’m talking Malcolm, Coltrane, my man Yusef
オレはマルコム、コルトレーン、私の連れ、ユセフのことを話してる
Through death grew conception, new breath and resurrection
死を通して成長するコンセプション、新たな息吹とレザレクション

死んだ偉人や友人たちのことを歌うコモン。人権活動家であるマルコムX(Malcolm)、ミュージシャンであるジョン・コルトレーン(Coltrane)、そして彼の友人、ユセフ(Yusef)など、コモンが歌っているのは、彼が尊敬する人々だ。彼らは肉体的には亡くなったが、その精神や思想は新たな形で生まれ変わり、次の世代に影響を与え続ける。コモンは死を終わりではなく、新たな始まり(resurrection)として捉えているんだ。またこの曲の後半部分では、

Waiting for the Lord to rise, I look into my daughter’s eyes
主が現れるのを待ちながら、オレは娘の瞳を見つめてる
And realize I’ma learn through her
そして気づくんだ、彼女を通して学ぶんだって
The Messiah might even return through her
救世主は、もしかしたら彼女を通して戻ってくるのかもしれない
If I’ma do it, I gotta change the world through her
もしオレがやるなら、彼女を通して世界を変えなきゃな

といった形で娘への愛と信仰への思いを重ねて歌っている。“The Messiah might even return through her(救世主は、もしかしたら彼女を通して戻ってくるのかもしれない)”のラインが意味するのは、キリスト教における救済思想をベースにしたリリック。”The Messiah(メサイア)”は本来宗教における救世主を意味する言葉だけど、本当の意味でのメサイアは彼の娘やこれからの時代を生きる子供達かもしれない。大人が子供たちの汚れない感性から学ぶことはとても多いし、その感性こそが未来をより良い方向に導くものであるってことだね。USラップでもさまざまな形でその影響をうかがい知ることができるキリスト教。この機会に改めて普段に聞いてるラップの根底に流れる思想について考えてみるのも良いかもね。

 

【歌詞出典元】Genius
*訳は全て意訳です。

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