WHAT’S UP, GUYS!
ヒップホップ好きイングリッシュティーチャー TAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」。Vol.389の今回は実に29年ぶりにして、最後の来日ツアーとなる「Wu-Tang Forever: The Final Chamber」開催記念特集の第4回、Raekwon(レイクォン)編。ウータン随一のリリシストである“シェフ”、レイクォンのリリックをチェックしていこう!
まずはやはりレイクォンといえば、このリリック。ウータンの1stアルバム『Enter the Wu-Tang (36 Chambers)』収録の「C.R.E.A.M.」!
「C.R.E.A.M.(1993)」
But it was just a dream for the teen who was a fiend
ただの夢だったんだよ、10代のヤク中にはStarted smokin’ woolies at 16
16でWooliesを吸い始めたAnd runnin’ up in gates and doin’ hits for high stakes
ゲートを走り抜け、一か八かぶっ込んでみるMakin’ my way on fire escapes
非常階段に逃げ道を作り出すNo question I would speed for cracks and weed
間違いねぇよ、オレはクラックやウィードを攻めたThe combination made my eyes bleed
その組み合わせはオレの目を血走らせたNo question I would flow off and try to get the dough all
間違いねぇよ、オレは現ナマをゲットするために飛び回ってたStickin’ up white boys in ball courts
バスケのコートで白人のガキ共から巻き上げたMy life got no better, same damn ‘Lo sweater
でも人生は良くならなかった、同じポロのセーターを着回してたTimes is rough and tough like leather
あの時代のラフさやタフさはまるでレザーFigured out I went the wrong route
オレは道を間違えていたって気づいたんだSo I got with a sick-ass clique and went all out
だからクソかっこいいクルーと一緒に抜け出してきたんだ
インスペクタが生き抜いてきたハードな人生を伺い知れるヴァース。暴力やドラッグが蔓延し、ただ普通に生活するだけでも狂ってしまうようなゲットーの環境で、ウータンの仲間と共に生きてここまで辿り着いたという一節が聴くものの心に刺さる名リリックだ。
貧困の中で育ったレイクォンの少年時代の回想が聴く者の心を揺さぶるリリックだ。ブルックリンで生まれ、ニューヨーク・スタッテン島の貧困地域でタフな生活を送っていたレイクォン。そんな彼がゲトーから抜け出すために参加した“clique(クルー)”こそが後にヒップホップ史上最強のラップクルーとして音楽史にその名を刻む事になるウータン・クランだったんだ。
続いては同じく「Enter the Wu-Tang (36 Chambers)」収録の「Da Mystery of Chessboxin’」からのパンチライン。
「Da Mystery of Chessboxin’(1993)」
I only been a good nigga for a minute though
オレはずっと”良い子”じゃなかったけどさ‘Cause I got to get my props and win it, yo
プロップスをゲットして、勝たなくちゃなんねぇのさI got beef with commercial-ass niggas with gold teeth
金歯つけてるセルアウトの連中とのビーフLampin’ in a Lexus, eatin’ beef
レクサスで繰り出して、ビーフを食らってやるぜ
悪ガキだったRaekwon。でもそんな彼もラップゲームの中でプロップスを得て、勝ち上がっていこうとしている。”ビーフ(戦い)”の相手はセルアウトなラッパー達。そんな連中とのビーフをまさに”ビーフ(牛肉)”を喰らうように勝ってやるというバトルメンタリティを感じるね。
ラストは彼のソロ・デビューアルバム『Only Built 4 Cuban Linx…』から「Guillotine (Swordz)」!
「Guillotine (Swordz)(1995)」
Corners stay surrounded with foreigners, what up, dread?
外国人でいっぱいの街角、なぁ、ドレッドさんよFeds caught your bredren for his bread, but regardless
サツ共が“ブラザー”たちを飯のために捕まえた、それでもPeace to jail niggas with charges
罪を背負って収監されてるやつらにピースUnify layin’ in the yard with La
ラーと共にヤードで横たわって、団結My Clan done ran from Japan to Atlanta with stanima
オレのクランは気力満タンで日本からアトランタまで駆け抜けたぜ
レイクォンならではのワードプレイが散りばめられたリリック。
まず“Corners stay surrounded with foreigners, what up, dread?(外国人でいっぱいの街角、なぁ、ドレッドさんよ)”は、“foreigners(外国人)”、“dread(ドレッドヘア)”という言葉から推測すると、ドレッドヘアを編み込むことが多い ”ラスタファリ”の人々のことを歌っていると考えることができるね。
*ラスタファリ・・・ 1930年代にジャマイカの労働者階級や農民が中心となって生み出した思想及び生き方。アフリカ回帰主義的な哲学や、ドレッド、ガンジャ(マリファナ)を聖なるものとしていることでも知られる。
さらに、その後に続く“Feds caught your bredren for his bread(サツ共が“ブラザー”たちを飯のために捕まえた)”で使われている“bredren”は「友達、ブラザー」を意味するジャマイカのスラング。
つまりこのラインはジャマイカからやってきた人々がニューヨークの街角で警察に捕まってしまってる様子をジャマイカに関するワードを散りばめながら、“dread(ドレッド)”、“bread(パン、生活の糧)”と言うライムを踏んで描写しているんだ。
そんなストリートの情景を料理する“シェフ”であるレイクォンは刑務所に収監されている人々に思いを馳せながら、“Unify layin’ in the yard with La(ラーと共に庭で横たわって、団結)”と続ける。ここからのラインは様々な意味にとれるのだけど、リリック前半で述べられているジャマイカやラスタファリの文脈を考えると、“in the yard (ヤードで)”という言葉から、ボブ・マーリーの名曲「No Woman, No Cry(1974)」の一節、
I remember when we used to sit
In the government yard in Trenchtown, yeahトレンチタウンのガバメント・ヤードで
よく座っていたのを覚えているよ*ガバメント・ヤードは1940年代にジャマイカ・キングストンに作られた“housing project(団地)”の名称
が想起される。また90年代に活躍したグループであり、リリックの中にラスタファリからのインスパイアが度々見られる Fugees(フージーズ)が「Fu-Gee-La(1995)」のフック、
It’s the way that we rock when we’re doin’ our thing
Ooh, la-la-la
It’s the natural la that the Refugees bringこれが私たちのロックの仕方、自分たちのスタイルをかます時はね
Ooh, la-la-la、これが難民たちが持ってくる自然な”La”なの
で、” la ”を一種の “ high “のようなニュアンスで使っていることを踏まえると、レイクォンは彼のプロジェクト(団地)で仲間と共にハイになり、日本からアトランタまでのツアーを駆け抜けたと考えることもできるよね。
USラップシーン屈指の “シェフ” レイクォンならではの、様々な素材を取り入れた重層的で、濃厚な味わいのリリックだぜ。
【歌詞出典元】Genius
*訳は全て意訳です。
こんなスラングも知ってる?
ice
ダイヤモンドが装飾されたジュエリー

番外編
US音楽界の至宝 Billie Eilish特集

extra
追加の、より大きな、とびきりの



