みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。
今回取り上げるのはスパイク・リー監督の『ゲット・オン・ザ・バス』。1995年10月にワシントン D.C.で開催されたアフリカ系アメリカ人男性100万人のデモ「ミリオンマン・マーチ」が基になった作品だ。
『ゲット・オン・ザ・バス』ってどんな映画?
アフリカ系アメリカ人の男性の尊厳を取り戻すための「ミリオンマン・マーチ(100万人大行進)」に参加するために、ロサンゼルスからワシントンD.C.に向かうバスに乗り合わせた10人ほどの男たち。手錠で繋がれた親子、映画監督志望の学生、ゲイカップル、イスラム教徒の元ギャングなどの多彩なメンバーだ。異なる宗教観や思想を持つゆえにいざこざが絶えない彼らを乗せて、バスはワシントンへと向かっていくが…。
『ゲット・オン・ザ・バス』を観るべき5つの理由
①差別意識に対するあらゆる視点
スパイク・リーの映画の魅力のひとつは、人種問題を単純な対立構造で描かないところ。常に冷静な視点を持ちながら、人々が抱いているあらゆる差別意識を映画を通して映し出していくのが彼の持ち味だ。
例えば作中で起きる、白人でありユダヤ人のバス運転手と黒人のデモ参加者とのやり取りは、人種問題の本質を表すワンシーンだ。道中のアクシデントによって白人運転手が運転するバスに乗り換えることになった一同は、嫌悪感をあらわにしながらも渋々乗車することに。
バスが向かう大行進は、マルコムXが指導者として頭角を現したネイション・オブ・イスラムの指導者であるルイス・ファラカーンの先導によるもの。彼は過激な黒人至上主義を掲げる一方で、ヒトラーを賞賛しユダヤ人を批判する人物だった。
ユダヤ人である運転手からするとファラカーンは自分を差別する存在であり、彼を敬う黒人たちにも脅威になってしまう。やたらと運転手に絡むゲイの男に、ツアーガイドは「ゲイもユダヤ人もこのバスの中じゃ少数派だ。公民権運動は人々をまとめる運動だった」と、仲間で争うのではなく本当の敵と戦えと嗜める。
「白人」というカテゴリーで見ると、運転手も戦うべき相手なのかもしれないが、彼も歴史の中でひどい差別を受けてきたユダヤ人だ。差別する側と差別される側でぱっきりと分けられない問題に差別とは何かを問いかけられる。
②当たり前な多様性への気づき
バスに乗った男たちは、ひとことに黒人と言っても一人ひとりの性格や個性はまったく異なる。白人と黒人の両親を持つ男、ゲイカップルのふたり、イスラム教徒の元ギャング、ゲイを嫌悪する俳優。普段の生活では交わらない人たちが、同じ目的を持ってバスに乗るんだから、もちろんいざこざは絶えない。
白人の母親を持つ男性は「母親が白人だから」とことあるごとに線をひかれたり、ゲイカップルに強く当たる人がいたり。自分の考えが正しいと思うがゆえに、ぶつかってしまう。
旧友や同じ職場の人間同士ではなく、偶然バスで出会った人たちだから起こる摩擦が、同じ人種であってもこんなにも違う人間であることをまざまざと見せつけてくる。まずは隣にいる人を受け入れることが、自分自身を受け入れてくれる社会を作ってくれる。そんな繋がりを伝えてくれる映画だ。
③人を愉快にさせる音楽の力
マイケルジャクソンの『On The Line』で幕を開けるこの作品は、音楽が重要な役割を果たしている。気に食わない奴がいたら喧嘩をふっかける彼らが心を一つにするのは、いつでも音楽がある時だ。
口喧嘩が絶えない中、メンバー同士の自己紹介の時に”Shabooya roll call(アフリカ系アメリカン発祥のかけ声)”のリズムに乗って陽気に歌い、途中のバスの長い待ち時間では、メンバーのひとりがかき鳴らしたギターにあわせてそれぞれの心情を音に乗せていく。最年長の“オヤジ”がアフリカの太鼓を叩き、デモに向けての気持ちを鼓舞した時には、みんなの気持ちは最高潮に達していた。
メンバーたちの心が荒れそうになるたびに、音楽が平和をもたらしてくれたんだ。
④現在に続く人種差別抗議運動
黒人とバスに関連する出来事といえば1955年にアラバタ州で起きた「モンゴメリー・バス・ボイコット事件」が有名だ。
当時アラバマなどのアメリカ南部の州では「ジム・クロウ法」という人種分離政策が施行されていて、公共のあらゆる場所で黒人と白人が分離されていた。そんな中で市営バスの「黒人優先席」に座っていた黒人女性、ローザ・パークスが、白人の乗客のために席を譲るよう運転手に指示される出来事が起きる。彼女はそれに従わなかったので、警察に逮捕されることに。この事件をきっかけに黒人たちがバスの乗車をボイコットする事態に発展し、公民権運動が全米に広がっていったんだ。
さらに「フリーダム・ライド」というデモ運動も黒人とバスの関係に深い。南部の人種隔離法は憲法違反という判決が出た後も、まだまだ人種差別が残っている南部で若者たちが起こしたデモだ。黒人と白人の十数名のグループが南部行きのバスに、人種による座席の区別を無視して乗車。白人至上主義団体による暴行や警察による逮捕を受けたが、志願者が次々と現れ、ついにバス停や駅から人種隔離の標識が撤廃された。
ローザ・パークスは後にインタビューで席を譲らなかった理由について「肌の色という自分ではどうしようもない理由で差別されるのに疲れたから」と語っている。
生活に密接なバスでも当たり前のように人種差別を受けていた黒人が、行動を起こすことで、自らの人権を勝ち取ってきた。ひとりひとりの行動が歴史を動かしてきたんだ。それによって作中の黒人たちが普通にバスに乗る未来を手に入れたが、いまだに彼らは人種差別と戦うためのデモに参加しようとしている。
映画公開から30年経とうとする現在も、歴史を変えるために人種差別講義運動という行動を起こしている人たちがいる。自分が望む未来を手に入れるためには、とにかく行動することが大切なんだ。
⑤大切にすべきブラザーはすぐそばに
5000キロのバス旅をした彼らは、大行進に参加することができなかった。体調を崩したオヤジの最期をみんなで見届けたからだ。
100万人の大行進に行けずとも、バスに乗車した人たちはブラザーのために自分がするべき行動をとったんだ。1995年のミリオンマン・マーチは、結局何も変わらなかったのでないかという批判も受けていた。大行進ははじまりにすぎず、その後にどう行動を起こすかが重要なんだ。彼らの旅は、これからも続いていく。
バスの中で繰り広げられる会話劇が魅力のひとつでもある本作。討論される内容をきっかけに、人種問題について考えてみるのもいいかもしれない。
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