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WHAT’S UP, GUYS!
ヒップホップ好きイングリッシュティーチャー TAROが送る「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」 Vol.81の今回は “ Godfather of Soul ”、James Brownサンプリング曲特集。
ソウルの神様として知られるジェームズ・ブラウンだが、ヒップホップとも切っても切り離せない存在。ヒップホップの楽曲の多くがJBの曲からサンプリングをしているのはよく知られている話だ。今回はそんなJBの名曲の中から特にヒップホップ・シーンで多くサンプリングされている3曲を取り上げるぜ!
まずはJBでサンプリングといえば、この曲は外せない。ヒップホップ史上最も多くサンプリングされた曲の1つ、「Funky Drummer」!
①James Brown「Funky Drummer(1970)」
Fellas, one more time. I wanna give the drummer. Some of this funky soul we got here.
「みんな、もう一回行くぜ。ドラマーにやろうぜ。オレ達がここに持ってるこのファンキー・ソウルをな。」
この曲のドラムブレイクこそがヒップホップ史上最も多くサンプリングされたリズムパターン。N.W.A「Fuck tha Police(1988)」や Public Enemy「Fight the Power(1989)」、そして LL Cool J「Mama Said Knock You Out(1991)」などヒップホップ初期における多くのアーティストがこのリズムパターンをサンプリングしており、もはやヒップホップのビートは「Funky Drummer」のドラムブレイクから生まれたのではと思えるくらいヒップホップ・ミュージックに大きな影響を与えたリズムパターンなのだ。
そしてそのドラムブレイクを生み出したのが、60年代から70年代にかけてジェームズ・ブラウンの “ ファンキー・ドラマー”として活躍した、故 Clyde Stubblefield(クライド・スタブルフィールド)だ。ヒップホップ・ビートの父と言えるクライドだが、なんとドラムに関しては完全に独学。しかもリズムに関しては小さい頃、家の周りにあった工場の煙突の音や、その音が山に反響する音、そして家の時計のチクタクという音や洗濯機が回る音から頭の中でリズムパターンを作り出し、リズムを覚えていったという筋金入りの天才だ。
ヒップホップという庶民の中から発生した文化のアーティストたちがこぞってサンプリングしたリズムの原点が、工場や身の回りの生活にあったていうのもカッコイイよね。
続いて紹介するのは、Boogie Down Productionsの「South Bronx(1987)」やBig Daddy Kane「Set It Off(1988)」などでサンプリングされている名曲「Get Up get into it Get involved 」!
②James Brown「Get Up get into it Get involved(1970)」
Do it one time, make it right. You got the world. You got to fight.
「もっかいやってみなよ!正しくやるんだ。世界は君のものだぜ。戦わなきゃな。」
ファンキー!まさにファンキーの代名詞のような曲だけど、言ってることも確かだよね。
この曲もドラム担当はクライド・スタブルフィールド。ちなみにこの曲ではギターの部分も印象的なのだけど、ギターを担当を担当しているのは、故 Catfish Collins(キャットフィッシュ・コリンズ)。そう、Dr.DreやSnoop Doggなどのウェスト・コースト・ヒップホップに多大な影響を与えたParliament-Funkadelicの中心メンバーだった“ The Collins Brothers” の兄だ。弟は星形のサングラスでお馴染みのP-funkを代表する男、Bootsy Collins(ブーツィー・コリンズ)。
Dr.ドレやスヌープ・ドッグがメジャーにしたG-funkと呼ばれる音楽のジャンルは元々コリンズ・ブラザーズが所属していたパーラメント・ファンカデリックが作り出したP-funkという音楽をサンプリングして出来上がったもの。ジェームズ・ブラウンの曲はその曲自体のサンプリングもさることながら、そのバッグバンドにいたアーティスト達も含めてヒップホップ・ミュージックの発展につながっているんだ。
「ラップで使われてるスラングの意味、ユナーミーン?」 Vol.81、 “ Godfather of Soul ”、James Brownサンプリング曲特集のラストを飾るのは「Say It Loud: I’m Black and I’m Proud」!
③James Brown「Say It Loud: I’m Black and I’m Proud(1968)」
Some people say we’ve got a lot of malice. Some say it’s a lot of nerve. But I say we won’t quit moving until we get what we deserve. We have been ‘buked and we have been scorned. We’ve been treated bad, talked about as sure as you’re born. But just as sure as it takes two eyes to make a pair, ha. Brother we can’t quit until we get our share. Say it loud: I’m black and I’m proud!
「オレ達が反抗的だっていう奴もいるし、生意気だって言う奴もいるぜ。でも言わせてもらうぜ。オレ達は絶対に動きを止めないぜ。オレ達にふさわしい物を手に入れるまでな。オレ達はずっと非難され、軽蔑されてきた。ずっと最悪の扱いを受けてきた。疑いようもねぇだろ。でも目ん玉が二つひっついてるくらい当たり前の事があんだぜ。ハッ!ブラザー達、そう、オレ達は諦めることはできねぇんだよ。オレらのシェアを手に入れるまでな。だからでけぇ声で叫びな。“オレは黒人だ!そして黒人である事を誇りに思うぜ!” 」
ビートやメロディももちろん素晴らしいのだけど、やはりヒップホップという文化の根っこの部分にあるのは、このリリックでJBが歌い上げているメンタリティ。
JBが活躍した1950~60年代のアメリカはアフリカン・アメリカンの人々が法の下での平等を求めて、公民権運動を行っていた時代。この曲がリリースされた1968年は公民権運動の英雄であるマーティン・ルーサー・キング牧師が凶弾に倒れた年だ。そんな年にリリースされたこの曲はアフリカン・アメリカンの人々のアンセムとして歌われる事になったんだけど、JB自身は人種にこだわるというよりも、黒人であるということを誇りつつ人種という枠にとらわれないで、みんなで仲良くやろうぜという考え方だったと言われている。
実はこの曲の制作時の出来事として、アメリカの大手音楽メディアSPIN誌が紹介しているエピソードがある。“Say It Loud, I’m Black and I’m Proud ” の収録の際コーラスに参加する予定だった子供達が現れなかったため、JBは彼のバンドのメンバー達に外に出て子供を連れてくるように言ったらしい。メンバー達は急いでスタジオの周りを歩いている子供を連れてきて、JBの“ Say It Loud!”のシャウトに、 “I’m black and I’m proud!”と答えさせたらしいのだけど、なんとそのほとんどが白人とアジア系の子供だったとのこと。どこまでが真実かはわからないけど、JB自身は本当は人種という枠組みを超えた考え方の人であったのはわかるよね。
この曲は公民権運動に参加する人々のアンセムとなったのだけど、JBがこの曲に本当に込めたのは “ 自分が自分である事を誇る” というメッセージ。そう、ヒップホップ・カルチャーで1番大切なメンタリティだ。JBのヒップホップ・カルチャーへの影響の大きさはもちろんそのバンドを含めた音楽性はあるのだけど、やっぱり1番は彼が若い世代に伝えたこのメンタリティ。そんなJBの熱い“ ソウル ” を受け取った世代が生み出したのが今世界中のありとあらゆる場所で、人種の垣根を超えて楽しむことができるヒップホップという文化になっているんだ。
ヒップホップがJBから“ サンプリング ” したのは音楽だけじゃない。その “ 最高のソウル ” こそ、僕たちが大好きなこの文化が彼から継承した最も大事な “ ルーツ ” なんだ。