映画 『ストリート・オーケストラ』を観るべき5つの理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.41

スラム街で生まれた学生オーケストラがもたらす音楽の奇跡。

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。

今回取り上げるのは実話に基づいた映画『ストリート・オーケストラ』。ブラジル・サンパウロ最大のスラム街であるエリオポリスの学生オーケストラと、挫折を経験したヴァイオリニストの音楽を通した人生との向き合い方を描いた物語だ。

『ストリート・オーケストラ』ってどんな映画?

ヴァイオリニストのラエチルは幼い頃から神童と呼ばれ、周囲の期待を一身に背負っていたが、交響楽団のオーディションには受からず不遇の日々を送っていた。

家賃が払えないほど困窮したラエチルは、生活のためにスラム街の学校で音楽教師の職に就く。しかし子供たちは楽器の正しい持ち方はおろか、楽譜すらも読めない有様。ドラッグや暴力が隣り合わせの貧しい生活を強いられる学生たちにとって、楽器を弾くことよりも今生きていくことが大切だからだ。

たびたび衝突しながらも、演奏会に向けて練習に励んでいくうちに、ラエチルも学生たちも音楽に希望を見出していく。

『ストリート・オーケストラ』を観るべき5つの理由

①主役をはじめ出演者がほぼスラム出身者

映画は実際にエリオポリスのスラム街で撮影され、700人以上のオーディションから選ばれた学生役を演じる子供達もみなスラム出身者だ。マシャード監督は物語の舞台であるエリオポリス地区を歩き回り、住民や麻薬ディーラーの話を聞きながら物語の背景を作り上げていった。

さらに過酷な環境で育つ学生役の子供達にそれぞれの人生を語ってもらい、物語に反映していったんだ。スラム街やそこで暮らす人々の背景が丁寧に織り込まれた映画だからこそ、登場人物のセリフや行動の端々からリアルを感じられる。多くのブラジルの人達の心を動かし、サンパウロ国際映画祭で観客賞を受賞したのも納得だ。

また、主役を演じたラザロ・ハーモスもスラム出身の俳優。実は彼は主役の友人役としてオファーされていたが、主役を演じるのは自分しかいないと監督に直談判したそう。というのも、彼も物語と同じような社会支援を通して師匠となるダンサーと出会い、それが人生を変えるきっかけになったから。脚本を読んで「これは自分の物語だ」と強く感じたそうだ。

ハーモスの主演はともに演じる子供達にとっても、大きな意味を持つ。スラム街出身でありながら、今やブラジルを代表する人気俳優となった彼は、子供たちにとって希望のロールモデルでもあるからだ。

②クラシックとヒップホップの華麗な融合

劇中では、オーケストラの練習曲としてモーツァルト、バッハー、チャイコフスキー、ラフマニノフなどの「クラシック」と、クラブやスラム街の人たちの音楽として「ヒップホップ」がシーンごとに鳴り響く。ブラジルのヒップホップシーンを牽引するハッピン・ウッヂやクリオーロも登場し、彼らの楽曲も流れている。

伝統的で格調高いクラシックはお金持ちで教養のある人物たちの音楽、ヒップホップは貧しく虐げられてきた人たちの音楽といったイメージをどうしても持ってしまうが、監督は両方とも最高の音楽だと、分け隔てなく描くことにこだわったんだ。

学生たちが円になりクラシック曲の速弾きバトルを繰り広げるシーンから一転、ハッピン・ウッヂがライブパフォーマンスをするクラブで、大盛り上がりの中ブレイクダンスのバトルが繰り広げられるシーンに移る。正反対の性質を持つが、どちらも音楽の楽しさが弾けていて、とてもワクワクする対比となっている。

音楽は格差の垣根をとっぱらい、人々の心に響くものだということを教えてくれる映画だ。

③伝説のラッパー・サボタージのエンディング曲

エンディングには、2003年に銃撃により死亡したサンパウロ出身の伝説的ラッパーであるサボタージの「Respeito e lei(リスペクトすることが掟)」に、実際のエリオポリス交響楽団がオーケストラアレンジを加えた曲が起用されている。

サボタージもまたスラム出身で麻薬ディーラーとして生計を立てながら、ブラジルのヒップホップ界に大きく貢献した人物。このコラボレーションはサボタージが生前、息子に「自分の曲をオーケストラで演奏してもらうのが夢だった」と語っていたために実現したものだ。

ヒップホップの軽快なリズムとクラシックの優雅なメロディが重なって、音楽に深みを与えている。両音楽が見事に融合して新しい音楽体験をもたらしているこのエンディング曲は、映画を表す象徴のような曲となっている。

 

④ブラジルの社会問題を浮き彫りにする実話を基にした物語

映画が公開された2016年は、リオデジャネイロオリンピックの真っ只中だった。オリンピックの経済効果により一時は好景気に沸いたブラジルだったが、貧困や格差の問題は依然として続いている。劇中で少年たちが手を染めるクレジットカードのスキミングや麻薬ディーラーとの衝突などは現実でも起こっていることだ。

物語の終盤では警察対スラム街人たちの暴動のシーンがあるが、これは2009年のある事件がモチーフになっている。エリオポリスで17歳の少女が学校帰りに、誤って警察官の銃弾を受けて死亡した事件から発展した大規模な暴動だ。

劇中の暴動シーンではエキストラとして現地のエリオポリスの人たちが出演していたため、演技の範疇を超えて本気で警官役の人たちに殴りかかっていた。過去に起こった暴動の怒りは簡単には消えない。

だが監督はブラジルでの問題を描きつつ、この映画で希望を示したかったという。どんな困難な環境でも、愛、友情、音楽の力によって、人は生き方を変えられるということを物語では伝えているんだ。

⑤音楽の力を信じる映画

エリオポリス交響楽団は1996年に結成された実際にある楽団だ。エリオポリスで起こった大火災をニュースで見た音楽家のシルヴィオ・バカレリが、子供達に音楽教育を通して支援することを決意したことが結成のきっかけだった。

バカレリ教会が設立され、エリオポリスでは現在も子供達への音楽支援が続いている。その活動を目の当たりにしたマシャード監督は、音楽には社会を変える力があると確信したんだ。

劇中でもラエチルがギャングに銃を突きつけられるが、華麗な演奏によりことなきを得た描写がある。他にもオーケストラの女学生が「ここに来ると自分に価値があると思える」と訴えたり、息苦しい家庭環境にいる才能豊かな少年が「ヴァイオリンを弾いていると心が安らぐ」と打ち明けたりと、音楽によって徐々に子供達が救われている様子が描かれている。

実際にエリオポリスでもバカレリ教会の活動は麻薬ディーラーたちからも敬意を払われている。音楽教育によって、子供達に犯罪に手を染める以外の道を示しているからだ。

音楽が人生に与えてくれるポジティブな影響を、この映画でぜひ確かめて欲しい。

 

画像出典元:GAGA

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