何をかけても「この人はヒップホップDJ」だと感じさせたい。京都屈指のディガー・DJ IIDAが貫く流儀

レペゼンBONG BROS RECORDS。10代からレコードを掘り続けてきたDJの半生

ライター:ほりさげ

パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜこの世界に飛び込んだのか?どんな出会いを経験してきたのか?何が彼らを突き動かすのか…!このコーナーでは、パーティーというカルチャーに関わる演出家たちのキャリアを紐解いていきます。
今回のゲストは、京都を拠点に長年活躍し続けるDJ IIDA(イイダ)さん。
筋金入りのヴァイナルラヴァーであるIIDAさんは、レペゼン京都のヒップホップクルー/レーベルである「BONG BROS RECORDS(ボング・ブロズ・レコーズ)」のメンバー。ブラックミュージックへの知見を生かしたミックスCD『BLUE MADNESS』シリーズは、Disk Unionなど大手音楽ショップでも取り扱われた結果、軒並みソールドアウト!現場でも作品でもヘッズを魅了し続ける敏腕DJは、いかにしてこの世界に足を踏み入れ、躍動してきたのか。知られざるキャリアに迫ります。

京都のシーンを代表する集団
BONG BROS RECORDS

レペゼン :
自分自身、ずっとヘッズとしてIIDAさんのDJやミックスCDをチェックしてきたので、ゆっくりお話を聞けて嬉しいです。まずは自己紹介からお願いできますでしょうか?

IIDA :
DJ IIDAです。生まれは1983年で、出身は大阪の寝屋川市です。でも幼稚園に入るくらいに京都に引っ越したので、ほぼ京都の人ですね。

レペゼン :
子ども時代の思い出も後ほどお聞きしたいんですが、まずはIIDAさんが所属されている「BONG BROS RECORDS」(以下 : BONG BROS)からお聞きしたいと思います。自分も「京都拠点のヒップホップクルー」ということしか分かっていないんですが、具体的にはどういった団体なんですか?

IIDA :
同年代のDJ、ラッパーが所属しているクルーです。今も活動しているメンバーは、MCが8人、DJが5人ですね。でもこれまでの活動の中で所属していた人数はもっと多いんですよ。人によって「あいつもBONG BROSやろ!」って言われる奴もいたりするから、もはやどこまでがメンバーか自分もちゃんと分かってないんです笑

レペゼン :
大所帯になると、そういうケースも出てきますよね笑
同世代で大所帯というかなり特徴的なクルーですが、どういった経緯でできたんですか?

IIDA :
昔、京都の八坂神社の近くに「WHOOPEE’S(ウーピーズ)(*)」っていうクラブがあって、そこが若手DJ、ラッパーの登竜門だったんですよ。高校生になってDJを始めると、WHOOPEE’Sを借りて夕方からイベントをやったりしていましたね。しかも自分らの世代って高校の頃からプレイヤーがめちゃめちゃ多かったんです。 学校に、DJやってる奴が何人もいました。

※ … 京都のアンダーグラウンドシーンやそこに集まるアーティストを支え続けた老舗クラブ。2011年に惜しまれながらも閉店。

レペゼン :
へー!今の時代でも珍しいですよね。

IIDA :
そうですね。そういう同世代のDJ達がWHOOPEE’Sで別々のイベントをやってるうちに、一緒のイベントに出たりして仲良くなっていくんですよね。もちろん年齢を重ねるごとに辞めていく人もいるなか、最終的に残ったプレイヤーで「なんかやろか」って話してBONG BROSが始まりました。なので、長い奴だと15~16歳くらいからの付き合いですね。

レペゼン :
すごい。めっちゃ濃い関係性なんですね。

全ての始まりはBeastie Boys。
中学時代のIIDA少年

レペゼン :
IIDAさんがヒップホップを好きになった原体験はなんだったんですか?

IIDA :
もともとは兄貴が洋楽のロックとか聴いてて。 Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)とかMr.BIG(ミスター・ビッグ)みたいなメジャーなものから、マイナーなアーティストも聴いてて。そういう曲が兄貴の部屋から聴こえてきてたんですけど、その中にBeastie Boys(ビースティ・ボーイズ)(以下 : ビースティ)があったんですよ。ロックとラップが融合してて「なんか他のロックと違うの聴いてる」って思いました。

【 Beastie Boys – So What Cha Want 】

レペゼン :
最初はビースティだったんですね!

IIDA :
はい。あとは自分はバスケもしてたので、同じ頃にNBAをテレビで見ていたんです。そのNBAの試合のハーフタイムに出演していたラッパーを見て、さらにヒップホップに興味を持ちました。「こんなん聴くんやったら何がいいんやろ?」って思った時に、兄貴がなんかそれっぽい曲も聴いてたことを思い出して。それでビースティを教えてもらったんです。

レペゼン :
そこからは、ある程度自分でも調べたりしていくんですか?

IIDA :
そうですね。でも当時はもちろんSNSはなかったので、雑誌が僕らの情報源なわけです。 なかでも『Boon』(*)っていう雑誌はよく読んでいましたね。そこにDJの部屋紹介的な特集があって、そこでレコードが出てきたんです。

※ … 祥伝社が発行していたファッション/ストリートカルチャー雑誌。90年代のストリートファッションブームの中、古着やスニーカー特集などがヒットし、人気を集めた。

レペゼン :
雑誌を通して情報をキャッチされていたんですね。実際にレコードを買いに行くきっかけみたいなものはあったんですか?

IIDA :
中学校で一緒になった友達との出会いがきっかけです。その子は、お兄ちゃんがDJしてたこともあってヒップホップについての情報も早かったんです。その友達と『Boon』の話をするうちに、「休みの日にはレコードを買いに行ってる」という話にもなって。その話に触発されて、自分も行くことになりました。

レペゼン :
ではIIDAさんも、中学生の頃からレコードを買い出したんですか!早いですね。
ちなみに最初に買ったレコードは覚えていますか?

IIDA :
ビースティの『Hello Nasty』っていうアルバムです。でもその時はDJをするとかは特に考えてなくて、単純に欲しいと思ったレコードを買っていくだけでしたね。

【 Beastie Boys – The Move 】

レペゼン :
なるほど。まずはディグることを覚えたんですね。

「このレコード何!?」って言わしたい。
若手時代の脅威のルーティン

レペゼン :
DJを始めたのは少し後なんですか?

IIDA :
そうですね。15歳くらいの時に同級生のお兄ちゃんのイベントに行きはじめたのがきっかけです。その世代は、その頃からガンガンイベントをやっていて、東京のDJを京都に呼んだりもしていたんです。そのイベントで、DJ MUROさんのプレイを見たのが1つの転機でした。

※ … 日本を代表するDJ/プロデューサー。80年代から「KRUSH POSSE」「Microphone Pager」のメンバーとして活動を開始し、日本のヒップホップシーンに大きな影響を与えた。また「King Of Diggin’」の異名を持つ世界屈指のレコードディガーとしても知られ、今なお国内外の現場で華麗なプレイを披露している。

レペゼン :
すごい!おそらくMUROさんもバリバリラップしていた時ですよね?

IIDA :
そうそう。DJしてる間にラップをするようなスタイルでした。それを見て衝撃を受けてDJへの憧れを持ちました。あとはレコード屋で店員さんがちょっとDJしたり、地元のDJがイベントで回したりしてる姿も見ていたので、自分もやってみようと思いました

レペゼン :
そして、後にBONG BROSのメンバーになる方々と出会っていくわけですね。
そんな若手時代の忘れられない経験があればぜひお聞きしたいです。

IIDA :
クラブで何かを経験したっていうよりも、それこそレコードをディグする経験自体が思い出深いです。当時はレコードのリリース量が膨大で、もう「毎日レコ屋に行きたい!」と思うぐらいだったんですよ。高校を卒業してみんな車に乗り出すのが2002年ぐらいだったんですけど、その頃くらいからみんなでレコ屋に行くみたいな習慣ができて。

レペゼン :
みんなで行くんですか!めちゃくちゃ楽しそうですね。

IIDA :
はい。まずは京都の「JET SET(ジェットセット)」(*)にとりあえず行くんです。というのも、毎週火曜の夜にJET SETにプロモ版(リリースされる前のプロモーション版のレコード)が入ってくるんですよ。だからみんなで車でJET SETに行って、21時くらいまでレコードを見て、そのあと滋賀に移動してレコ屋を2軒はしごするという流れでした。そのルーティンをできるだけ毎週、みんなでやってましたね。

※ … 京都市中京区にある、国内外の良質なアナログレコードやCDを取り扱うヴァイナル・メガストア。ヒップホップ、ハウス、テクノ、ジャズ、ソウル、レゲエ、インディーポップなど取り扱うラインナップも幅広く、多くのDJやヘッズからの支持を集める。

レペゼン :
二十歳前後からその頻度で掘りまくっていたとは……。筋金入りのディガーですね。

IIDA :
やっぱり、基本的にみんな負けず嫌いなので、「やば!このレコード何!?」って他のDJに言わせたかったんですよね笑
そういう毎週のルーティンに加えて、それこそ車で東京とか地方に遠征して、1週間くらい車中泊しながらひたすらレコード掘ることもありました。

レペゼン :
すごい!ディグするための旅ですか笑
一緒に掘る仲間たちは、同時に常にかましたい相手でもあったんですね。

IIDA :
はい。年を重ねて、さらにいろんなジャンル聴くようになった今も、やっぱり変わらず「これ何?」って言わせたいっていう気持ちがあります。

BPM120以上はかけない。
自身で定めた明確なライン

レペゼン :
IIDAさんは、京都、大阪、奈良……と様々な街のイベントに出演されて、いろんな界隈の繋ぎ目になっている印象があります。DJにおいて意識していることやプレイスタイルのこだわりについて教えてください。

IIDA :
自分はディスコもソウルもやりますし、ちょっとジャズっぽいセットもするんですけど、その中でも「この人は絶対ヒップホップのDJやな」ってわかるようなプレイにしたいですね。あとは、BPM120は絶対に超えないっていうことも自分の中で決めてます。

レペゼン :
意識だけでなく、具体的な数字のラインがあるんですか!興味深いです。

IIDA :
うん。それを超えたら帰ってこれへんというか。だからハウスセットとかはあんまりできないですね。

レペゼン :
IIDAさんはダウンテンポ(通常のダンスミュージックよりも遅いテンポのエレクトロニック・ミュージック)系をかけられることもありますが、たしかにBPM100くらいですよね。

IIDA :
そうですね。そういうジャンルに行ってもまたヒップホップに戻ってこれるように、という意識がありますね。
そもそも「ヒップホップのDJ=何でもかけれるDJ」っていう認識があるんです。 ニューヨークのヒップホップDJが、ハウスとかレゲエとかも自然にかけるように、自分もR&Bからジャズファンクみたいなジャンルまでいろいろ好きなので、いろんなセットをやりたくて。自分が目指してるDJ像に近づいてるかはわからないですが。

レペゼン :
いやいや、十分多彩なスタイルです!

夜は遊べない人にも良い音楽を。
京都の街から発信できること

レペゼン :
最後に、今後挑戦したいこと、展望について教えてください。

IIDA :
今後は、深夜のクラブじゃない場所での活動も考えています。

レペゼン :
日中のイベントでのDJですか!それはそれで面白そうですね。

IIDA :
自分たちも、深夜に一番活発に遊んでる世代じゃなくなってきてますからね。年齢的にも、深夜以外のところにもアプローチしても良いのかなって思います。夜だと遊びに来れないお客さんもいるし、京都は海外からの観光客も多いので、そういう層もDJを楽しめるような場を作りたいと思っています。

レペゼン :
素敵ですね。最近の京都だと、ホテルが音楽イベントに力を入れている印象があります。

IIDA :
そうですね。京都だとAce HotelやNOHGA HOTELがDJを呼んだりしていますね。
あと個人的な目標としては、まだ場所は言えないんですが、MUROさんを京都に呼びたいなと思っています。

レペゼン :
おお!ここに来てMUROさんを呼ぶのは熱いですね。

IIDA :
はい。やっぱり15歳の時に見た時のMUROさんにずっと衝撃を受けているし、第一線でずっと活動されているところもかっこいいですし。ここ数年前にMUROさんと話す機会があったんですが、「やっぱりこの人すごいな」って思わされましたね。なのでMUROさんを京都に呼ぶのは夢というか、1つの目標なんです。

憧れの存在、DJ MURO氏(写真中央)との一枚

レペゼン :
そういうパーティがお昼間にあったりすると、それこそ子どもたちも見にこれて、また未来のDJが出てくるかもしれませんね!
というわけで、本日はIIDAさんのキャリアやプレイスタイルの話に加え、90年代〜00年代の京都のヒップホップシーンについても振り返っていただきました。貴重なお話をありがとうございました!

IIDA :
ありがとうございました!

プロフィール

  • DJ IIDA

    DJ IIDA

    京都/滋賀 出身の同年代のメンバーを中心に構成されたHIPHOP POSSE 兼レーベルBONGBROS RECORDS 所属。HIPHOP界のレジェンドEl Da Sensei(Artifacts)やAli Shaheed Muhammad(A.T.C.Q.) , Jeru The Damaja , The Beatnutsなどを迎えたMIX CDシリーズ 「BLUE MADNESS」を始め数々のMIX CDを自身らで運営する"BONGBROS RECORDS"からリリースしている。HIPHOPを軸にR&B,SOUL,FUNK,DISCOからDOWN BEATまで現場に合わせて変幻自在なプレイスタイルで地元京都を中心に規模や場所を問わず様々なパーティーへ活動の場を広げている。