パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜ、この仕事を選んだのか?このコーナーではパーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちの過去から現在まで続くキャリアを紐解いていきます。今回のゲストは、耳の肥えたオーディエンスや関係者から『本物』と称されるDJ SHINYAさん。その奥深きキャリアの真髄をお聞きしました。
ルーツは父親のレコードと、塾の先生が教えてくれたロック
SHUNSUKE:
まずはご出身とこれまでのDJキャリアからお伺いできますか?
SHINYA:
出身は山梨県です。DJキャリアとしてはもう27年になりますね。
SHUNSUKE:
最初に「これは音じゃなくて音楽なんだ」と意識した原体験って何だったか覚えていますか?
SHINYA:
昔、父親がテレビ番組の「グループ・サウンズ」を録画したビデオテープがあってね。日本の60〜70年代、ビートルズに影響を受けたバンドたちなんだけど、それをめちゃくちゃ気に入って、1人で何回も繰り返し観ていた記憶があるんですよ。リアルタイムではないんだけど、そこで無意識に音楽というものに惹かれていたのかな。
SHUNSUKE:
洋楽との出会いもそのあたりですか?
SHINYA:
それも父親の車のカセットで聴いたローリング・ストーンズだったと思う。「Paint It, Black」が入っていて、あのイントロから一気に激しくなる展開に「なんだこれ、めちゃくちゃかっこいいな!」って衝撃を受けて。英語の意味なんてまったく分からなかったけど、それが洋楽を認識した最初ですね。
SHUNSUKE:
学生時代はどういう音楽にのめり込んでたんですか?
SHINYA:
中学の時に通っていた塾の先生がすごく変わった人で、昔ドリフターズの番組のバックバンドで演奏していたような音楽好きだったの。「お前たちもバンドやれよ」って言われて聴かされたのが、カルチャー・クラブやボストン、バングルスあたりの洋楽ポップスやロック。でも当時、周りではX JAPANやBUCK-TICKみたいなヴィジュアル系が大流行していて、本当はそれでやりたかった笑
髪を逆立てて真似したり、ギターをかじったりもしていました。
SHUNSUKE:
最初はバンドカルチャーだったんですね。そこからいわゆるブラックミュージックやクラブミュージックへはどう繋がっていったんですか?
SHINYA:
高校生になって周りのバンドマンの演奏を見たらみんな上手くて、「あ、自分には無理だな」とギターは手放しちゃって笑
高校卒業前後に、友達から「隣の高校にめちゃくちゃイケてるDJがいる」と噂を聞いて、バーでやってるイベントに遊びに行ったんですよ。そこでかかっていたのがレゲエだった。曲なんて全然知らないのに、曲と曲がいつの間にか綺麗に切り替わったり、カットインでバシッと変わるのが信じられないくらい衝撃で。ターンテーブルでレコードを擦っている姿がとにかくかっこよくてね。「DJってすげえ面白そう!」って一気に引き込まれました。そこからブラックミュージックを知るきっかけになったのかな。
SHUNSUKE:
あの曲が途切れずに繋がっていく感覚、初めて現場で体感すると本当に喰らいますよね。
SHINYA:
そう。それで東京へレコードを買いに行ってる友達にDJの事を色々聞いたら、BUDDHA BRANDやNAKED ARTZとかの日本語ラップを教えてくれて。高校を卒業して専門学校へ進学してから、バイト代を貯めてまずターンテーブルを1台とレコードを買ったんです。最初に買ったUSヒップホップのレコードはUMC’sだったかな。家で針を落としてキュッキュッとレコードを触るだけでもう楽しくなっちゃって、翌日にはもう1台買いに走ってました笑
でも、最初はクラブで回す云々じゃなくて、ただ純粋にリスナーとして音楽とレコードのカルチャーに飢えてた感じなんだよね。クラブでDJしたいっていうよりも「レコードがほしい、音楽をもっと手に入れたい」って思ってて。仲間内で週末に友達の家に夜な夜な集まって、持ち寄ったレコードでDJして。それだけでも十分楽しかった。騒ぎすぎて警察呼ばれた事とかもあったな笑
SHUNSUKE:
本格的にクラブの現場へ出るようになったきっかけは何だったんですか?
SHINYA:
さっき話してたように友達の家で遊んでるだけでも最初は楽しかったんだけど、東京に出てきてから知り合った同郷のDJ仲間が、僕より先に現場で回していて。「ちょっとラウンジでやってみない?」と声をかけてもらったのが最初のキッカケでした。
SHINYA:
別にメインフロアが嫌だとか、ラウンジが良いとか、そういうのは特にないんだけど、性格的にも「俺が俺が」とメインで前に出るタイプではないし、もともとダンスクラシックやロック、歌モノも好きだったから、居心地のいい空間を作るラウンジのほうが自然とフィットしたんですよね。あと大きかったのは、西麻布にあったYELLOW。当時、渋谷HARLEMで毎週行われていた「RED ZONE」でバリバリ新譜を回していたDJ KANGOさんやDJ KOYAさんが、YELLOWのラウンジでHarlemとは全く違うプレイしていたのを見て、ものすごい衝撃を受けたんです。「あの第一線で新譜をヒットさせている人たちが、こんなに渋いクラシックをかけているのか!」って。「B面の美学」っていうか。
SHUNSUKE:
超わかります。
SHINYA:
その時にDJ KOYAさんから「ヒップホップのDJをやるなら『Ultimate Breaks & Beats』はマストだから」って言われて、翌日から必死に買い集めました。ブレイクビーツを深く掘り下げることで、「USのトップDJたちもこの太いルーツがあるからこそ、新譜をかけても説得力があるんだ」と腑に落ちた。その経験が今の自分の芯になっていますね。
ニューヨークで学んだ「急がない勇気」
SHUNSUKE:
SHINYAさんは新譜も理解しつつ、埋もれた名曲だけでなく、大定番と言われるクラシックも大事にしてプレイしているイメージがあるんですが、その感覚はどこから来ているものですか?
SHINYA:
やっぱりニューヨークに通った経験が大きいですね。Serato Scratch Liveが出始めた頃から毎年現地へ行っていたんだけど、現地のクラブは日本とは鳴りも盛り上がり方も全然違った。当時の東京は「誰が一番早く新譜をかけるか」というスピード勝負の空気感があったけれど、ニューヨークのクラブはクラシックをずっと大切にしていて、何年経ってもみんなが同じアンセムで大合唱して踊っている。「全然急いでないんだな」って痛感したんです。日本人の方が新譜を掛ける速度は全然早いんじゃないかって思ったことを覚えてます。
SHUNSUKE:
トレンドの消費スピードに追われるんじゃなく、パーティーの空気そのものをじっくり楽しんでいる。
SHINYA:
そう。DJ Goldfingerをオープンから観に行った時なんて、ヒップホップのDJなのにオープンからずっと上質なハウスクラシックを気持ちよく紡いでいて、ピークタイムに向けてじっくり持っていく姿に喰らって。そこから新譜を血眼で追うだけのスタイルから一歩引いて、過去の名盤や12インチシングルのロングバージョン(Extended Mix)を深く掘るようになりました。今でもベッドサイドにガイドブックを置いて、寝る前に毎晩チェックしては探すような毎日です。
SHUNSUKE:
近年、SHINYAさんは渋谷の「DJ Bar Bridge」や青山の「TUNNEL」など、音質や音楽通が集まる現場でも長くプレイされていますよね。選曲やフロアビルドで最も意識していることは何ですか?
SHINYA:
一番はお店のコンセプトと、その日のフロアの空気を理解すること。自分がかけたいエゴを押し通すんじゃなくて、まずはお店がどんな雰囲気を求めているのか、お客さんが何を求めて階段を上がってきたのかを観察します。インバウンドのお客さんが多ければ、客層を見て80sのニューウェイヴを挿したり、ガラージクラシックからハウスへ展開したり。
SHUNSUKE:
曲の繋ぎ方や構成面でのこだわりはありますか?
SHINYA:
自分の中に「この2〜3曲の流れ」という鉄板のコンビネーションがいくつもあって、フロアの熱量に合わせてそれをパズルのように組み立てていきます。ピークでフロアが沸騰している時はクイックでテンポよく展開するし、じっくり聴かせたい時やロングセットの時は、あえてイントロが長い12インチバージョンをじっくり引っ張ってグルーヴを作る。音質にもこだわりたいから、現場に応じてWAVやAIFFの非圧縮音源を選んだり、レコードから丁寧に録り直した音源を使うようにしています。
プロとしての「準備」と、カルチャーを次世代へ繋ぐ責任
SHUNSUKE:
誰でもストリーミングであらゆる音楽にアクセスできる今の時代だからこそ、現場で音を鳴らし続けるDJの大切にすべき事とは何だと思いますか?
SHINYA:
最も大切にすべき事は「準備」と「プロとしての覚悟」に尽きると思います。現場でPCトラブルがあってもすぐ対応できるようにUSBを常に準備しておくこと。お店に着いたらしっかりサウンドチェックをして、出音のバランスや照明の明るさを確認すること。フロアに落ちているゴミや空いたグラスがあれば片付けるような細かな気配りも含めてね。どんな仕事でも仕込みが一番大事なのと全く同じです。特別なテクニック以前に、当たり前の準備や誠実な姿勢というか。
SHUNSUKE:
最後に、27年のキャリアを経て、今後挑戦したいことや、次世代へ伝えていきたいメッセージはありますか?
SHINYA:
お説教とかではないんですが、若い子たちには「週末に現場でDJをする重み」を大切にしてほしいなと思っています。僕らの時代は渋谷などのクラブで週末に回すハードルがすごく高かった。今は時代が違うとはいえ、お客さんにとって週末は仕事を終えて心から楽しみにやって来る特別な夜。だからこそ、迎える側もスペシャルな日として気合を入れてフロアに向き合ってほしいんです。
平日と週末でアプローチを変えてみるのも面白いですよね。平日から週末並みにアッパーに振り切るパーティーもいいけれど、平日だからこそ癖のある曲や味のある選曲を試してみる。そうした現場での実験や挑戦の積み重ねが、確実に自分自身の引き出しになっていきますから。
僕らの世代が培ってきた音楽の歴史やレコードの面白さも、そうやって下の世代に伝えていきたい。今はヒップホップをやっている若い子たちも、ぜひ一度フロアの外や別のジャンルに目を向けてみてほしいですね。ルーツはヒップホップ、でも、ハウスやインディーロック、クラシックまで縦横無尽に紡げるような、一晩をまるごと任せられるロングプレイ型のDJが増えてほしいって思います。音楽は、知れば知るほど、DJも選曲も何倍も面白くなるはずだから。
編集後記
実は、DJ SHINYAさんは私DJ SHUNSUKEがクラブでプレイし始める前からお世話になっている大先輩です。今も現役でDJをしている関係者の中で、最も長いお付き合いのある先輩になります。
出会いは、かつて渋谷にあった「Simoon」というお店でした。当時、月に一度開催されていたイベント「BIG TIME」のラウンジフロアでDJをされていたのがSHINYAさんです。そのイベントの最終回、オーガナイザーの先輩からラウンジで回す機会をいただいた際、私のプレイを聴いたSHINYAさんが「しゅんすけ、できるじゃん!DJやってみなよ!」と声をかけてくださったのを今でも鮮明に覚えています。あの言葉こそが、間違いなく「クラブでDJを本気で頑張ってみよう」と思えた大きなきっかけの一つでした。
あれから20数年。今でもお会いすればいつも温かく接してくださり、色々なことを惜しみなく教えていただけることに、心から感謝しています。今回、こうしてインタビューをさせていただけたことは本当に光栄でした。
SHINYAさんのプレイは本当に奥深く、聴いていると自然とお酒が進みます。ぜひ皆さんも、現場でそのグルーヴを体感してみてください!