ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月は昨年初の著書『はじめての近現代短歌史』をリリースされた、歌人で文芸評論家の髙良真実(たから・まみ)さんにお話をお伺いしました。Vol.3の今回は、東京に上京した理由や大学時代の短歌活動、そして思い出深い日本語ラップについて語っていただきました。
前回の記事はこちら→ “在原業平”と“フリースタイル”──平安時代のリリシストはモテモテ!?
猛烈なバイト生活の末、早稲田大学進学。
名門・早稲田大学短歌会へ
レペゼン:
今回は高校卒業後の進路について教えてください。早稲田大学に進学されたということですが、なぜ東京、そして早稲田だったのですか?
髙良真実:
元々沖縄から外に出たいとは思っていて。私は短歌も好きでしたし、大学で文系の学部に行きたいと考えていたんです。ただ親からは「医学部以外の学部はダメ」って言われていて。それで大揉めした結果、「東大だったら文系の学部でも良いよ」という話になって、東大受験を頑張ったんですよ。で、失敗して滑り止めの早稲田に合格しました。
レペゼン:
すごいレベルの高い話ですね。
髙良真実:
親も最終的には早稲田に行くことは認めてくれて。それで東京に出てきたのですが、実はバイトと勉強で忙しくなって体調を崩してしまい、半年くらいで一度大学を辞めて沖縄に戻ったんです。ただやはり「東京で勉強がしたい」という気持ちが強く、地元でバイトして、半期分の学費を自分で貯めました。それで親に「自分で学費を稼ぐからもう一度早稲田に行かせてくれ」と言って説得して再び早稲田に入り直したんです。それが本当の意味での東京生活のスタートって感じですね。
レペゼン:
それもまたすごい努力ですね。
ではそこから本格的に大学生活をスタートしていくと?
学生時代、短歌とヒップホップに沼る日々
【早稲田大学】
髙良真実:
そうですね。より深く早稲田の短歌会に関わらせてもらうようになります。
レペゼン:
短歌会っていまいちわかってないのですが、大学の短歌好きが集まったサークルや、同好会みたいなものですか?
髙良真実:
そうです。最初はなんとなく入ったのですが、早稲田の短歌会はプロも多く輩出しているようなバリバリの強豪で。そこで先輩に「まず和歌と短歌は違うんだよ。君は現代短歌というものを知らないといけない」と指摘されて。穂村弘さんや、枡野浩一さん、笹井宏之さんといった現代短歌の基礎を作った人について教えてもらいました。もともと高校時代は「〜なり」みたいな大和言葉で歌を詠んでいたんですが、現代の書き言葉で短歌を読むことを大学に入ってから始めて覚えましたね。
レペゼン:
高校時代に大和言葉で詠んでいたのもすごいです!
短歌会って顧問とかっているんですか?
髙良真実:
顧問の先生はいましたが、短歌会に深く関わる感じではありませんでした。個人的に大きな影響を受けたのは、当時早稲田で助教授をされていた、歴史社会学・思想史研究をされてるマニュエル・ヤン先生でした。の方から大きな影響を受けましたね。ヤン先生から短歌が好きなら、短歌の評論の賞にも応募してみたら?と言われて。それで賞に応募し始めたのが歌人に向けてレールが切り替わった瞬間でした。音楽の趣味もそっくりそのまま受け継ぐほど、多大な影響を受けた方です。
レペゼン:
ヤン先生もヒップホップがお好きだったんですか?
髙良真実:
ヤン先生はどちらかというと、フォークロックで。The Doorsだったり、ボブ・ディラン、あとウディ・ガスリーだとかですね。今でもそのあたりも大好きで普段から聴いてます。
ヒップホップにより深くハマるきっかけはヤン先生のお知り合いの山下壮起(そうき)先生という大阪で牧師をされている方です。山下さんが書かれた『ヒップホップ・レザレクション』(2019年/新教出版社)というアメリカのヒップホップの現状についての本のトークイベントがあって。そこでヒップホップに関する知見が深い方が集まる空間でいろいろなことを知り、私も沼に引きずり込まれていきました。
レペゼン:
素晴らしいですね。そんな学生時代に特に印象に残っているラップソングはありますか?
唾奇『KIKUZATO』『道 -tao-』との邂逅
髙良真実:
恥ずかしい話なんですが、親に「自分で学費を稼ぐから早稲田に行かせてくれ」と啖呵を切ったのはいいものの、バイトと授業の繰り返しの毎日で、また体調を崩しまして。当時、バイトで20万近く稼いで、自分の生活費は全て工面していたので、このままだと水道と電気の料金が払えないということになり、やむをえず風俗嬢の門を叩いたんです。結局半年くらいで辞めたんですけど。その時のお客さんに「沖縄出身なんだ、沖縄のラッパーで唾奇っていうのがいるんだよね」って教えてもらって聞いたのが『KIKUZATO』と『道 -tao-』でした。それが2019年くらいですね。
【 Kikuzato 】
【道 -tao-】
レペゼン:
唾奇さんの曲を聞いてどんな感想を持ちましたか?
髙良真実:
唾奇のバースの中にも、「陰口頭にきたって深夜ドア叩く15, 16の風俗嬢」という箇所があって。自分も頑張って上京したけど、やってることは沖縄にいようが、東京にいようが変わらないんじゃないかという気持ちになって、聴いてるうちに大泣きしました。「私は地元から逃れられないのかな」と思いましたね。リリックがしっとりしているところも気持ちいいし、はらはら涙を流す感じで。地元に帰った方がいいのかなとか、いろんなことを考えてしまいました。
レペゼン:
でも共感する部分があったからこそ救われる部分もあったんじゃないでしょうか?
髙良真実:
その通りですね。「こういう境遇をラップにしている人がいるんだ」と思って。そこで自分も「自分の体験も短歌になるんじゃないか」って思ったんです。一応、風俗嬢をやってた時の体験で短歌を作ったことはあるんですよ。ただ、今見返すと作品的にはあんまり良くなかったなとは思って。当時の学生短歌会の機関誌に出したんですけど、あれは歌集には入れられないなと思います。
レペゼン:
なるほど。ヒップホップだとハードな体験を生々しく、そして詩的にリリックにする美学がありますが。リアルなことを歌う歌人はいらっしゃるんですか?
髙良真実:
あまりいないです。良い子ちゃんの文学だし「万引きした」っていうと間に受けて怒られる世界なので。ストリートの思想が入ってきたのは本当に最近ですね。
ゲットー的なもので言えば、山田航(わたる)さんという就職氷河期時代の歌人がいるんですけど、当時「たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく」という歌が、有名になって。おそらくコンビニや自販機の補充の仕事をしている自身の目線ですよね。そういうリアルな短歌は読まれていますが、そこでも道を踏み外さずに真面目のままでいるのは歌人の特徴かもしれません。
ハード大学生活を経て、歌人としての道を歩み始めた髙良さん。次回は現在のお仕事内容や今後の展望について聞いていくよ!お楽しみに!