『8 Mile』に衝撃を受けTSUTAYAへ直行!バスケットボール選手・平良彰吾がヒップホップと出会った日

バスケ漬けの日々のなか、ラップも大好きになった平良少年

ライター:ほりさげ

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストはプロバスケットボール選手の平良彰吾選手
vol.2は、平良選手の少年〜青年時代について。バスケとヒップホップに夢中になった10代の日々を振り返っていただきました。「高校生RAP選手権」や「フリースタイルダンジョン」といった番組が全国的に盛り上がりを見せていた時代を、リアルタイムで過ごしてきた“B-BOY”平良彰吾の一面とは!?

前回の記事はこちら → 試合前には日本語ラップで熱さをブースト!琉球ゴールデンキングス平良彰吾が語るヒップホップ愛

バスケにハマったきっかけは
クラブチーム時代の恩師

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レペゼン :
平良選手の幼少期からの思い出についてもお聞きしていきたいと思います。地元は千葉県だそうですね。

平良彰吾 :
そうですね。両親は沖縄の人なんですけど、僕が生まれた時は千葉に住んでいたんです。なので僕にとっては千葉が1番長く育った場所ですね。

レペゼン :
今、沖縄を拠点にされているのも不思議な巡り合わせですね。そしてお父様の平良勝利(かつとし)さんも元バスケットボールプレーヤーなんだとか?

平良彰吾 :
そうなんです。父はもともと沖縄でバスケをやっていて。当時は沖縄にプロのチームはなかったんですけど、実業団のチームでバスケをしていて、日本代表にも選ばれたりしていました。

レペゼン :
すごいですね!小さい頃からお父さんとバスケをして遊んだりしていたんですか?

平良彰吾 :
いや、実は僕はバスケを始めたのがそんなに早くなかったんです。10歳くらいからバスケに興味を持って習い始めて、そのくらいからお父さんにも教わったりするようになりましたね。

レペゼン :
なるほど。平良選手はどんな子ども時代を過ごされたんですか?

平良彰吾 :
どんなだったかな……。けっこうわんぱくだったけど、一方でテレビゲームとかも好きな子どもだったと思います。水泳を習ったり、野球をやったりしている時期もありましたが、バスケに出会ってからはもう「バスケだけ!」っていう感じになりましたね。

レペゼン :
そのまま今に至るというわけですね。それほどまでにバスケ一筋になるきっかけは何かあったんですか?

平良彰吾 :
最初に出会った地域のクラブチームのコーチがすごく優しくて、バスケの面白いところをいっぱい教えてくれたのがハマったきっかけですね。そこからもうバスケ三昧の毎日でした。

レペゼン :
へー!やっぱり楽しいと思えることが大事なんですね。

中学時代は県選抜メンバー。
そして高校では全国3位に!

レペゼン :
小学校時代は地域のクラブチームに所属していたということですが、中学からは学校のバスケ部に入られるんですか?

平良彰吾 :
はい。それが千葉の船橋の中学ですね。でもその中学校はバスケがめっちゃ弱かったんです。頑張ってはいたんですけど、チームとして結果は全然出なかったですね。

レペゼン :
平良選手はそのチームの中ではどういう立ち位置だったんですか?みんなを引っ張ったりという感じですか?

平良彰吾 :
そうですね。個人として県選抜に選ばれたりもしたので、そのチームの中では一応目立つ選手だったのかなとは思います。でも学校としては全然勝てず、悔しい思いをしていましたね。

レペゼン :
チームの成績は振るわないけど、個人としては高い実力を持っていたと。なんだか漫画の世界みたいですね。
そこから高校はどういったところに進まれるんですか?

平良彰吾 :
高校は家から近いということや、あとは兄(*)が通っていたということもあって市立船橋高校に進みました。

※ … 平良彰大(しょうだい)選手。2010年のウインターカップではベスト5に選ばれるほどの実力も。

レペゼン :
市立船橋ですか!サッカーの名門校としてよく名前が挙がりますが、バスケも強豪なんですか?

平良彰吾 :
有名ですね。当時は全国大会にもほぼ毎年出るような高校で、兄が3年の時には全国でベスト4まで行ったんです。

レペゼン :
超強豪ですね!平良選手が所属している間、成績はいかがでしたか?

平良彰吾 :
自分が2年生の時には、冬に行われるウインターカップ(全国の高校バスケの選手権大会)では全国3位でした。

レペゼン :
すごい!もうそのあたりまで行くと、プロへの道を意識し出したりするんじゃないですか?

平良彰吾 :
もともとバスケでずっとやりたいと思っていましたね。小さい頃から「プロになる」とは言ってました

レペゼン :
既に子どもの頃からその気持ちがあったとは!

『8 Mile』に高ラにNBA!
ヒップホップが身近だった10代

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レペゼン :
学生時代からヒップホップも聴かれていたそうですが、そもそもどういう出合いだったんですか?

平良彰吾 :
中学生くらいの時に、映画『8 Mile』を観て「かっけー!」ってなったのが最初だと思います。そこで、とりあえずヒップホップを何か借りたいと思ってTSUTAYAに行ったら、一番目立つところに置いてあったのがまさにエミネムで。そういう流れではじめはUSのヒップホップやR&Bが好きでした。

レペゼン :
『8 Mile』から入ったんですね!

平良彰吾 :
はい。それと当時アメリカにも憧れていたというのもあると思います。NBA選手とかやっぱりかっこいいなって思ってましたし。自分もNBA選手を真似て、Beatsのヘッドフォンをつけて音楽を聴いてました

レペゼン :
めっちゃ良いですね笑
しかもバスケとヒップホップもファッション含め密接に繋がっていますよね。日本のヒップホップにハマったのは何かきっかけがあったんですか?

平良彰吾 :
僕が高校生の時に「高校生RAP選手権」(以下 : 高ラ)が大流行りしてたこともあって、高2~3くらいから日本のラッパーも聴くようになりましたね。

レペゼン :
なるほど。高校の時にリアルタイムで高ラを見ていた世代なんですね。じゃあ同世代でもヒップホップを聴いている人が多かったんじゃないですか?

平良彰吾 :
多かったですね。しかもその後、「フリースタイルダンジョン」が始まったくらいの時に大学生だったので、周りの友達もかなり観ていました。

レペゼン :
当時、ラップブーム真っ只中でしたもんね!当時、特に好きなラッパーは誰かいましたか?

平良彰吾 :
やっぱりT-Pablow(当時 : K-九)は好きで、今もずっとチェックしています。東京ドームで開催されたBAD HOPのラストライブも観に行きました。

【BAD HOP THE FINAL at 東京ドーム】

エミネムに憧れた結果
坊主&白Teeスタイルに

レペゼン :
人生で初めて聴いたヒップホップは覚えていますか?

平良彰吾 :
やっぱりエミネムの『Curtain Call: The Hits』をTSUTAYAで借りたのが最初ですね。「Lose Yourself」とか好きでした。

【Eminem – Lose Yourself】

レペゼン :
イントロからテンション上がるヒップホップの名曲ですね。平良選手は、エミネムのどのあたりに衝撃を受けましたか?

平良彰吾 :
もうシンプルに「見た目がかっこいい!」と思っていました。僕も坊主にしてラインを入れて、白Tに革ジャンを着たりしていました笑

レペゼン :
はは笑
ビジュアル的にも、めちゃくちゃ影響されていたんですね!

次回、大学バスケ時代の話へ。中学、高校とチームの主力として活躍してきた平良選手にとって、初めてレギュラーの座から遠ざかってしまった大学時代。そこで平良選手は何を考えたのか。彼のマインドに大きく影響を与えたラップソングと合わせて振り返っていきます。お楽しみに!

プロフィール

  • 平良 彰吾(たいら しょうご)

    平良 彰吾(たいら しょうご)

    B.LEAGUE所属のプロバスケットボール選手。試合の流れを変える強気のディフェンス力と、3Pシュートを軸とした高いオフェンス力を持ち合わせる名ポイントガード。10歳からバスケ漬けの日々を過ごし、中学時代は千葉県ベスト5に選ばれ、高校ではウインターカップで全国3位に輝くなど、その実力は若い頃から開花した。2019年からはB.LEAGUEの世界に飛び込み、福岡、東京、神奈川のチームを経験した後、2024年にB1の強豪、琉球ゴールデンキングスに期限付き移籍。翌年から完全移籍を果たした。逆境の中でも挫けないタフな精神力や、ムードメーカーとしてチームを盛り上げる姿勢はファンからの人気も高く、徐々に重要なポジションを確立しつつある。

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