やるべきことを貫き、ついにB1の大舞台へ!琉球ゴールデンキングスに移籍を果たした平良彰吾のドラマ

負けた日や苦しい時に聴きたくなるのは、AKLOの名曲!!

ライター:ほりさげ

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストはプロバスケットボール選手の平良彰吾選手。大学での活躍が認められプロ生活がスタートしたものの、順風満帆とは程遠い時もあったんだとか….。しかし逆境にも負けずに自身のバスケを貫いた結果、Bリーグ界屈指の強豪・琉球ゴールデンキングスに移籍。最終回となる今回は、そんな平良選手のヒップホップマインドに迫ります。

前回の記事はこちら → 繰り返しの生活でも……。スタメンから遠ざかった大学時代の平良彰吾を勇気づけたZORNのパンチライン

Bリーグ1年目は
早くも山あり谷あり

©️RYUKYU GOLDEN KINGS

レペゼン :
プロに進んでからのお話もお聞きしたいと思います。最初に所属されたのは、B2のライジングゼファー福岡とお聞きしました。大学時代にチームから声がかかったんですか?

平良彰吾 :
そうです。周りの選手が進路が決まっていくなか自分はしばらくどこからも声がかからず、どうなるか分からなかったんですけど、ライジングゼファー福岡からオファーをいただき、そこからBリーグの生活が始まりました。

レペゼン :
大学を卒業された後に入団されたんですか?

平良彰吾 :
いや、卒業の前ですね。特別指定選手制度(*)というのがあって。大学のシーズンが11月後半~12月くらいに終わった後にすぐチームに入って、大学を卒業する前の期間でもBリーグでプレーできるんです。自分も1月くらいに声がかかり、チームに合流しました。

※ … 16~22歳の大学生・高校生が大学(または高校)に所属したままBリーグ公式戦に出場できる制度。

レペゼン :
なるほど。大学生でもありプロ選手でもあるという期間があるんですね。プロバスケ選手としての生活はいかがでしたか?

平良彰吾 :
監督が僕の武器であるディフェンスを気に入って呼んでくれたので、まずはそれを活かしたプレーを意識しました。シーズン序盤はちょっと活躍できたこともあって、自信を持ってやっていけるぞと感じましたね。でも、そこから徐々に自分の足りないところが見えてくるようにもなり。ポイントガードは味方の持ち味を生かしながらゲームの流れを作るポジションなんですが、そこに苦戦して試合に出れない時期もあったりしました。しかもシーズン後半で怪我をしてしまい、最後の3ヶ月くらいは試合にも出られず終わってしまったんです。

レペゼン :
それは辛いですね……!

バイトとバスケの掛け持ち!?
B3時代のハードな試練

(本人提供)

レペゼン :
そんな初シーズンを終えた後、プロ2年目はどんなキャリアを辿っていったんですか?

平良彰吾 :
なかなか試合に出られなかったこともあってどこからもオファーがなかったんですが、B3のしながわシティに拾っていただけました。ただ、B2からB3に変わるだけで環境や待遇が変わってくるんです。例えば年俸もかなり少なく、その期間はバイトしながらバスケをしていましたね。

レペゼン :
え!バイトしないといけないくらいだったんですか。

平良彰吾 :
はい。昼間練習して、夕方からバイトして、土日は試合をして……って感じでした。その時期の生活は、それこそ平日働いて週末はラップする生活について歌っているZORNの「My Life」に重なるものがありましたね。

【 ZORN – My Life 】

レペゼン :
バイトもやって、練習や試合もやって……となると、体力的にも大変だったんじゃないですか?

平良彰吾 :
たしかに大変な時もありました。でもバスケできる人生を生かせてもらえてるだけでもありがたいですし、バイトに関してもとても良い環境のところを紹介してもらえたんです。なのでめっちゃしんどいというわけでもなかったですね。

レペゼン :
プロに入ったばかりで苦労が続いたわけですが、当時はどんな心境でしたか?

平良彰吾 :
バスケだけやってるプロの選手もいるなかで、正直、「なんで自分はこんな環境なんだろう」って考えてしまう時もあったんですけど、だからこそ今の状況を跳ね返してやろうと思いながらやっていましたね。

レペゼン :
なるほど。平良選手のお話を聞いていると、うまくいかない時でも不貞腐れることがない芯の強さを感じます。

平良彰吾 :
まあ、そこだけは自分の強みだと思っています笑
うまくいかなくてもやれることをやり続けるのが自分のヒップホップじゃないかなと思っているし、どんな時でも自分のやれることを探して全力を尽くしていくってことだと思うので。これからもそれは変わらないですね。

レペゼン :
本当に素晴らしいです!聞いているこちらも力をもらえます。

ひたむきな姿勢が実を結んで
ついに掴んだB1移籍のチャンス!

©️RYUKYU GOLDEN KINGS

レペゼン :
その後、湘南ユナイテッドBC横浜エクセレンスでそれぞれ1年ずつプレーされ、いよいよ現在所属されている琉球ゴールデンキングスですね。B1への移籍という点も含め大きな転換点だと思うのですが、移籍までの流れをお聞かせください。

平良彰吾 :
横浜エクセレンスで1シーズン終えたあと、次のシーズンの契約ももらえたものの、2年目はまた試合に出れない期間が続くんです。

横浜エクセレンス在籍時代の平良選手(本人提供)

レペゼン :
そこでもまた我慢の時期が続いていたんですね。

平良彰吾 :
はい。でもちょうどその頃、琉球ゴールデンキングスに怪我人が出てポイントガードが必要になったんですが、そこでたまたま自分に声をかけてもらったんです。最初は1ヶ月だけのレンタルの予定だったんですけど、その期間の試合でインパクトを残せたこともあり、そのままキングスに完全移籍することになりました。

レペゼン :
すごい!貴重なチャンスをものにして、B1移籍を果たされたんですね。そしてその後もチームを活気づける存在として活躍され、天皇杯(*)優勝も経験されたとうかがいました。

※ … 日本バスケットボール協会(JBA)が主催する、実力日本一を決める国内最高峰の大会。Bリーグのプロチーム、大学、高校、社会人など様々なカテゴリーが参加する。

平良彰吾 :
自分がメインの選手という訳ではないんですが、繋ぎとして試合に出させてもらうなかで少しずつチームの為にプレーできたことを評価してもらい、今もキングスでプレーさせてもらえているという状態です。

レペゼン :
おそらく平良選手のこれまでのプロキャリアの中で、今が一番良い位置にいらっしゃると思うのですが、いかがですか?

平良彰吾 :
その通りですね。良いチームの良い時期にいさせてもらえています。これまでは思った通りにはいかないことも多かったので。

レペゼン :
今回のインタビューでも一貫しておっしゃってきた「うまく行かない時でも自分のやれることをやる」という姿勢が、ついに実を結んだ感じがしますね。

平良彰吾 :
期限付きでキングスに来た時に「やれることをやる」というのを貫いた結果、ここにいさせてもらうことになったと思います。自分が憧れていたB1の舞台でやらせてもらえてありがたいですね。

「悔しい思いを糧にカマせ」
苦しい時に沁みるAKLOのリリック

©️RYUKYU GOLDEN KINGS

レペゼン :
B2、B3に在籍していた頃のメンタル的にもハードだった時期に励まされたラップソングを教えていただけますか?

平良彰吾 :
AKLOの「LOSER」という曲は、まさに試合に負けた時とか苦しい時によく聴いていました。

【AKLO – LOSER】

レペゼン :
ドラマのエンディングのような雰囲気の曲ですね!特にどのリリックが気に入ってますか?

平良彰吾 :

誰かが作ったチャンスなんてアテにならねえ
この悔しい思いを糧にカマせ

ここが好きですね。「アテにならねえ / 糧にカマせ」と、韻を踏みながら自分を奮い立たせるリリックが気に入っています。

レペゼン :
まさに平良選手が自分で道を切り拓いてきた姿にも重なりますね。
最後に、平良選手がヒップホップやラップミュージックから学んだものはなんでしょう?

平良彰吾 :
やっぱりバスケをしているといろんなことがあるし、いろんな感情が湧き上がってくるんですけど、それってラップしてる人も同じだと思うんです。
ラッパーもみんな辛い経験をしているなか、歌を通していろんな自分の感情や思いを形にしていると感じます。そういう曲を聴いていると、僕は僕で、自分の思いや勝利への執念を形にするためにコートに立つのが与えられた仕事だと改めて思えました。

レペゼン :
表現のアプローチが違うだけで、「気持ちを表現する」というところはラップもバスケも共通しているんですね。平良選手の活躍を拝見するのがさらに楽しみになりました。本日は、素晴らしいお話をありがとうございました!

平良彰吾 :
ありがとうございました!

プロフィール

  • 平良 彰吾(たいら しょうご)

    平良 彰吾(たいら しょうご)

    B.LEAGUE所属のプロバスケットボール選手。試合の流れを変える強気のディフェンス力と、3Pシュートを軸とした高いオフェンス力を持ち合わせる名ポイントガード。10歳からバスケ漬けの日々を過ごし、中学時代は千葉県ベスト5に選ばれ、高校ではウインターカップで全国3位に輝くなど、その実力は若い頃から開花した。2019年からはB.LEAGUEの世界に飛び込み、福岡、東京、神奈川のチームを経験した後、2024年にB1の強豪、琉球ゴールデンキングスに期限付き移籍。翌年から完全移籍を果たした。逆境の中でも挫けないタフな精神力や、ムードメーカーとしてチームを盛り上げる姿勢はファンからの人気も高く、徐々に重要なポジションを確立しつつある。

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