『クラック: コカインをめぐる腐敗と陰謀』を観るべき理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.164

ヒップホップやラップの世界にも大きな影響を与えた“クラック・エピデミック”の背景にある複雑な歴史とは?

ライター:TARO

「ストリートヘッズのバイブル」では音楽や文化の知識を知ることができる映画や本を紹介していくよ!今回取り上げるのはNetflixドキュメンタリー『クラック: コカインをめぐる腐敗と陰謀』を観るべき理由。

『クラック: コカインをめぐる腐敗と陰謀』とは?

1980年代前半、米国史上最悪レベルの不況の真っ只中で、貧困地域で出回り始めた安価で非常に強い依存性を持つドラッグ “クラック”。特に貧困層に甚大な被害を与え、ヒップホップやラップの世界にも大きな影響を与えた“クラック・エピデミック”の背景にある複雑な歴史に迫るドキュメンタリー。

①ラップミュージックに多く登場する “クラック” とは?

“The thief’s theme, play me at night, they won’t act right, the fiend of hip-hop has got me stuck like a crack pipe”
泥棒のテーマ、夜に流せば、正気じゃいられない。ヒップホップの悪魔がオレを虜にする、まるでクラックのパイプ
Nas – The World Is Yours(1994)

“No question I would speed for cracks and weed. The combination made my eyes bleed ”
オレはクラックやウィードを攻めた。その組み合わせはオレの目を血走らせた
Wu-Tang Clan – C.R.E.A.M.(1993)

90年代にデビューしたラッパーたちのリリックに多く登場するドラッグ “クラック”。

コカインを加工した薬物であり、1980年代〜90年代にかけて全米で大流行、特に貧困地域において深刻な影響を与えた非常に依存性の高いドラッグだ。

『クラック: コカインをめぐる腐敗と陰謀』ではクラックがアメリカに広まった背景、そしてそれに伴うブラック・コミュニティへの影響を元ドラッグ使用者やディーラー、そして研究者などの専門家への徹底した聞き取りから紐解いているんだ。

② 高い失業率と貧困。
その中で始まったクラック・エピデミック

1980年代後半〜90年代初頭にかけてアメリカの貧困地域を中心に起きたCrack epidemic(クラック・エピデミック)と呼ばれるクラックの大流行。その背景には当時のアメリカのレーガン政権(1981-1989)の政策が密接に関わっている。まず根本要因として紹介されるのが、当時のレーガン政権が行なった貧困層対象の生活保護などの支援予算の削減。その影響が直撃したのが貧困地区に住む黒人の人々だったんだ。特に80年代前半はアメリカの歴史上最も失業率が高かった時期のひとつでもあったことから、生活支援を打ち切られたことで多くの人々が過酷な困窮状態に置かれることになってしまっていた。そんな時代に徐々にアメリカ全土で広まり始めていたのが、南米から流入してきたコカインだ。実はこのコカインのアメリカへの大量流入の背景にあったとされるのが、当時のアメリカ政府が極秘に行っていたとされる”外交活動”なんだ。

③政府が麻薬密輸を黙認した!?

事の始まりは中米のニカラグアという国がアメリカに対抗する社会主義政権を樹立したこと。ニカラグアはメキシコとコロンビアの真ん中あたりに位置する国で、アメリカにとってはご近所さん。そんな国が自分たちに対抗する政権を作ったとなっては、”世界の警察”アメリカさんとしては面白くない状況だよね。そこでアメリカ側が考えたのがニカラグアの政府に対抗する反政府ゲリラ”コントラ”の支援だ。

「コントラに武器をたくさん与えてニカラグアの政府をやっつけさせよう。」そう考えたアメリカは大量の武器を飛行機でニカラグアに輸送する。ただそこに目をつけたのが南米の密売人たち「アメリカから武器を積んでニカラグアに降ろした後、飛行機はカラになるやん。ほな、そこにコカイン積んでアメリカに持って帰ったらええやん!」という密輸方法だ。密輸作戦にはコントラも協力、アメリカへ麻薬を密輸して自分たちの活動資金を得ることになる。このコカイン流入の動きをレーガン政権は知っていたが、アメリカにとってはコントラを支援し、社会主義政権を倒すこと優先だったので黙認していたのでは?と言われているんだ。

そしてその結果として生まれたのが、コカインを加工した安価なドラッグ、クラックの大流行。レーガン政権の政策で生活に困窮した貧困地域の若者は次第にクラックの売買に手を染めはじめ、街は中毒者で溢れかえることになってしまう。さらにドラッグの取引によるトラブルでギャング同士の抗争が激化。若者たちは仕事もなく、ドラッグディーラーとして成り上がるか、抗争に巻き込まれて死ぬかという究極の状況の中で生きるという絶望的な状況が生まれてしまったんだ。

④ 矛盾だらけの報道や法改正

80年代後半にはクラックの大流行は大きな社会問題となり、次第に大手メディアも取り上げ始めることに。1986年には法改正が行われ、より厳しい刑罰を盛り込んだ新たな薬物乱用防止法が成立する。ただそこでフォーカスされたのは、クラックが広まった根本原因や、なぜ貧困地域の人々が手を出してしまうのかという点ではなく、“黒人コミュニティで広まっている危険薬物”という認識だった。クラックのユーザーには白人も多くいたのにも関わらずだ。そして次第にその取締りの矛先は主に黒人コミニティに向かっていくことになる。本作では、いかに政府やマスコミが人種的偏見に基づいたミスリードをしてきたかを様々な識者のインタビューを通して知ることができる。

⑤ 現代まで続くアメリカの薬物と差別の問題

「クラック使用者の大半は白人。88年の薬物乱用防止法成立から94年の犯罪法成立までクラックの連邦法違反で有罪になった白人はロサンゼルスで1人もいない」
ドキュメンタリーの中で歴史家のドンナ・マーチ氏が言及するアメリカの司法の現実だ。

アメリカでは長きに渡り、有色人種への「取締りの口実」として薬物の取締りが利用されてきた背景がある。アメリカ国内における薬物での逮捕や収監率は白人よりも黒人の方が圧倒的に多く、あきらかな“レイシャル・プロファイリング(人種を理由にした差別的な取締り)”によって多くの黒人が逮捕され、人生を台無しにされるケースが今でも日々起きているんだ。

ヒップホップやラップミュージックの背景にあるアメリカが抱える最大の社会問題、人種差別。『クラック: コカインをめぐる腐敗と陰謀』を観ることはきっとその背景について考えるきっかけになるはずだ。

画像出展元:Netflix

配信先:Netflix

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