映画 『ヘイト・ユー・ギブ』を観るべき5つの理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.42

無実の罪で射殺された友人のために立ち上がった少女の物語

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。

今回取り上げるのは『ヘイト・ユー・ギブ』。アフリカ系アメリカ人の少女が、白人警察官に無抵抗の友人を射殺されたのをきっかけに自分のルーツに目を向け、人種差別問題に立ち上がる青春物語だ。人種差別抗議運動であるBlack Lives Matter(黒人の命は大切だ)の流れもあり、原作小説はアメリカで大ヒットを記録している。

『ヘイト・ユー・ギブ』ってどんな映画?

ギャングが牛耳るアフリカ系アメリカ人のスラム街、ガーデン・ハイツで育った少女スター。両親の意向で裕福な白人が多く通う私立学校ウィルソン高校に通っていた彼女は、地元での顔と高校での顔を使い分け、白人の友人やボーイフレンドもいる生活を送っている。

ある日、地元のパーティーで久しぶりに再会した幼馴染のカリルが、帰宅途中に白人警察官に射殺されてしまう。無抵抗なカリルを撃ったにも関わらず、警察官が逮捕されるどころかカリルの悪い素行ばかりが広まっていく。目撃者のスターは悩みながらも、人種差別問題に立ち向かうために、証人として法廷で真実を話すことを決意する。

『ヘイト・ユー・ギブ』を観るべき5つの理由

①2pacインスパイアのタイトル

劇中では多くのヒップホップが流れるが、特にフューチャーされているのが伝説のヒップホップアーティスト、2Pac。アメリカ系の人々が抱える貧困問題や警察官による残虐行為などの社会問題を歌った彼のスピリットが宿った作品が重要な場面で使われているんだ。

原題の『The Hate U Give』も2Pacがお腹に入れていたタトゥー「Thug Life」からの引用。実は「Thug Life」は「The Hate U Give Little Infants, Fuck Everybody(憎まれて育った子供が大人になって社会に牙をむく)」の頭文字をとった言葉であり、劇中でもセリフとして登場する。

いかにしてスラム街の悪循環を断ち切り、子供たちを犯罪から守れるか。それがこの作品のテーマのひとつであり、主人公スターの両親が子供たちを私立高校に入学させたのも、その想いからだ。

カリルが亡くなった事件への証言を決心したスターは、街を牛耳るギャングのキングから余計なことを話すなと脅されるが、カリルが貧しい生活のためにキングの元でドラッグディーラーをやっていたことを話す。ストリートには警察に捕まった奴は絶対に仲間のことを売らないという暗黙の掟があるが、それは美徳でもありながら犯罪の根源を覆い隠してしまう。スターはそのいびつな構造を真っ向から壊したんだ。

②原作小説の著者の実体験

原作小説の著者は元ヒップホップアーティストでもあるアンジー・トーマス。自身もアフリカ系アメリカ人であり、実際に貧困地区で育ったというバックグラウンドを持つ女性だ。

隣近所で日常的に銃犯罪が起きる地域で生まれ育った彼女が本を読んだり、執筆することに興味を持ったのは、母親の影響。実はアンジーは6歳の時に公園で銃撃戦を目撃するという日本ではなかなか考えられない経験をしており、それによって大きな精神的ショックを受けたことがある。その事件の翌日、お母さんが打ちひしがれたアンジーを連れて行ったのが図書館なんだ。そこでお母さんは「あなたが見た以上のものが世界にはある」ということを彼女に伝えた。つまり本に触れて広い世界や様々な価値観を知ることで過酷な現実に打ち勝とうということを教えたんだね。

さらにこの物語は、2009年にカルフォルニアの地下鉄で丸腰の黒人青年が殺された「オスカー・グランド事件」が基になっている。この事件はアンジーが白人が多数を占める大学に通っていた頃に起きていて、友人たちは殺されたオスカーについて彼の過去に言及し、射殺されても仕方がなかったのではないかと話していたそうだ。この出来事は、劇中にスターが体験し大きな怒りを抱くことになったシーンと重なり合う。

そして在学中に小説も声を上げる活動のひとつだとして執筆活動を始めたアンジーは「真実を示し、固定概念を打ち破る」ことを掲げ、現在も小説を書き続けている。

③白黒つけがたい、複雑な人種差別問題

物語は幼いスターが警察官に呼び止められた時の対処法を、父から教わるシーンから始まる。手を見えるところに置き、何を言われても一切抵抗しないこと。
そうしないと命を奪われる可能性が高くなるから。白人として生まれていたら気にしなくてもいい命の危険について、アフリカ系アメリカ人は幼い頃から叩きこまれるということだ。

一方でラッパーのコモンが演じるスターの叔父であり、黒人警察官のカルロスは警官側の肩を持つような発言をする。警察官たちが抱えるストレスについて言及し、日常的な交通違反の取締で命を落とす警察官も少なくなく、特にスラム街を担当していた白人警察官は、常に緊張を強いられる状況だったと。

しかしスターは「カリルがもし裕福な土地に住む白人であれば、武器を手にしたように見えてもまずは、“手をあげろ”と警告したのではないか」という反論をする。スターの反論に対して、確かにそうかもしれないと同意する叔父のリアクションは一筋縄では行かない人種に対しての偏見が人々の心に根付いていることを物語っているんだ。

 

④リベラルの仮面を被った“理解者”に対する批判

スターが通うウィリアムソン高校はリベラル(個人の自由や多様性を尊重する自由主義)な校風で、黒人であるスターも差別を受けることなく、白人の友人やボーイフレンドにも恵まれていた。

白人の友人たちとうまく付き合うために、地元にいる時のような言葉遣いやキャラを変えて溶け込んでいたスターだったが、カリルが殺されたことを機に自分が黒人であることを強く意識するようになる。

カリルが白人警察官に射殺されたニュースはたちまち街中に広がり、ウィリアムソン高校でもBlack Lives Matter運動の一環として学校のボイコットが行われた。しかし、それは心からの抗議ではなく、学校をサボるための口実だったんだ。カリルの死が利用されたことに憤慨したスターは、人種差別と戦うことを決意する。

友人たちは仲間のために抗議をしているというが、生まれた時から持っている特権に無自覚なまま、弱者の寄りそうポーズを見せても、それは流行りへの便乗にしか見えない。その態度がスターを傷つけていることに友人たちが気付けないのは、彼女の境遇に身を置いたことがないからだ。

善意であっても無自覚な差別が当事者を傷つけることはいくらでもある。人種問題に関わる時に最優先されるべきは当事者の気持ちであり、自身の立ち振る舞いについても常に考え続けなければいけない。

⑤主演は若い世代のアイコンであるアクティビスト

主人公のスターを演じたのは、アフリカ系アメリカ人の母親とデンマーク人の父親を持つアマンドラ・ステンバーグ。彼女は次世代を牽引するアクティビストで、Black Lives Matter運動でも率先して声を上げ続けていた。ルーツにおいても、自身の活動においても、スターを演じるのにぴったりな人物だ。劇中でも愛らしい笑顔が弾けていて、とても魅力的な演技を魅せていた。

彼女の有名な活動のひとつに、17歳の時にクラスメイトと一緒に制作した「Don’t Cash Crop My Cornrows(私のコーンロウを金儲けの道具に使わないで)」という動画がある。

ブラックカルチャーの盗用問題について言及し、コーンロウ(編み上げたヘアスタイル)をはじめ、なぜ黒人女性がその髪型にしているのかといった文化に対する深い理解がないまま、「イケてる」という理由から大物白人アーティストたちが上部だけを真似る傲慢さを指摘している。

劇中でもヒップホップを聴き、エアジョーダンのスニーカーを履き、わざとギャングのような口の悪さで会話する友人たちが「イケてる」要素としてブラックカルチャーをまとっている姿が描かれている。

動画の最後で、アマンドラはこう締めくくっている。
「アメリカの人たちが、ブラックカルチャーと同じくらい、黒人の人たちを愛するようになったら、この国はどんな姿になるだろう?」

ヒップホップカルチャーを愛する人にこそ観て欲しい 『ヘイト・ユー・ギブ』。
人種差別とは?そして文化への敬意とは?この映画を観て感じて欲しい。

 

画像出典元:20th Century Studios

配信先:Amazon prime

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