映画 『SR サイタマノラッパー』を観るべき5つの理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.52

痛いからこそ胸を打つ!? サイタマラッパーたちのくすぶり青春記。

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。

今回取り上げるのは『SR サイタマノラッパー』。埼玉のド田舎でラッパーを目指す青年たちを描いた、爽やかとは程遠い泥臭い青春映画だ。

『SR サイタマノラッパー』ってどんな映画?

 

レコード屋もライブハウスもない埼玉の田舎町で、世界的なラッパーになることを夢見るニートのIKKU。所属するクルー“SHO-GUNG”の仲間達と、初ライブを実現しようとするが、仲間内での音楽に向ける情熱の温度差を感じるように。そんな時、東京でAV女優をやっていた同級生と地元のスーパーで再会したことをきっかけに、グループ内ですれ違いが起きるようになり…。

『SR サイタマノラッパー』を観るべき5つの理由

①地元でくすぶる君のための映画

ヒップホップ映画なのにライブシーンなし。スカッと相手を言い負かすシーンなし。成り上がりももちろんなし、というカタルシス皆無なこの作品。なのに観る人の胸を打ってくるのは、誰でも抱えたことがある鬱屈とした気持ち、何者かになりたい気持ちを、ダサくても実直に表現しているからだ。

飢えるほどの貧困やギャングの抗争というわかりやすい境遇もなければ、夢も希望もレコード屋もない架空の都市サイタマ県フクヤ市。息が詰まる閉鎖的な環境で暮らすIKKUにとっては、ラップしている時だけが何者かになれるかもしれないと夢を抱ける瞬間だった。

しかしニートの彼は家族にはぞんざいに扱われるし、仲間たちはなかなかラップに本腰を入れてくれない。ラップで有名になりたいけど、仕事をしないといけない現実も迫ってくる。一直線にラップにのめり込むほど自分の才能にも自信がなく、夢と現実の折り合いをつけようとしてしまう。

しかし、どんな状況になろうともIKKUはラップを諦めなかった。この先、成功する保証はどこにもない。だけど、自分の言葉でラップをする彼の姿は、何者かになりたいと願う人たちの背中を押してくれる。

②日本語ラップ=ダサい時代の話!?

「高校生RAP選手権」を皮切りにフリースタイルバトルが大流行し、今や日本においてラップミュージックはメジャーシーンで確固たる市民権を得ているが、本作は今から10年以上前の「日本語ラップ冬の時代」が舞台の話。

ラッパーになりたいと言うものなら笑われ、夢じゃなくて現実を見ろと説教される。IKKUも気になる女の子にバカにされ、仲間にも見下され、本当にラップで食っていけるのかと思い悩む。ラップを披露するものなら嘲笑され、場をしらけさせてしまう。

それでも最後まで諦めない”B-Boyイズム”を見せたIKKUの姿は、日本でヒップホップが見向きもされていなかった時代から日本語ラップを聴き続けてきたヘッズたちに刺さること間違いない。

③崖っぷちの監督を救った作品

『SR サイタマノラッパー』は入江悠監督の人生を切り拓いた作品。今でこそ『22年目の告白-私が殺人犯です-』や『AI崩壊』などのメジャー作品を手がける彼は、自主映画出身の映画監督だ。

当時、入江監督は29歳。まだこれといったヒット作に恵まれておらず、多くの有名監督が29歳までに代表作を撮っていることからかなり焦りを感じていたそうだ。本作は、これでダメだったら映画監督を辞めようという覚悟で挑んだ作品だった。せっかくなら自分にしか撮れないもので世間にまだないものを撮ろうと、地元である埼玉を舞台に10代頃から好きだったヒップホップをテーマに映画を撮ったのが『SR サイタマノラッパー』だったんだ。

映画監督として鳴かず飛ばずの苦しみをラッパーに重ね、自身の恥ずかしい心の内もすべてさらけだした本作は多く人の心に突き刺さることに。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門のグランプリ獲得を皮切りに、日本全国をはじめ海外でも公開へ。のちにシリーズ3作まで制作され、10年越しにドラマ化するほどの大ヒット作品となった。

好きなヒップホップを題材に、人に見せづらい鬱屈とした気持ちや焦りを表現したからこそ、そんな気持ちを抱いたことのある人たちに響いたんだ。

 

④音楽映画へのアンチテーゼ

音楽をテーマにした映画に欠かせない「カッコよくて、スタイリッシュで、イケてる」という要素が良い意味で抜け落ちているこの作品には、入江監督のこだわりが随所につまっている。その特徴のひとつが、ワンシーンワンカットの撮影手法。イケてる音楽映画はカットを細かく切ることで躍動感を出しているが、入江監督は「カッコいい音楽映画」にしたくないと、この手法を貫いた。ワンカットで撮ることで、自分がその場面にいるかのような感覚になるし、だらっと間延びする場面も映画が描きたいダサさとマッチしている。

さらに、日本の音楽映画が日常生活を否定することで音楽を表現していることにムカついていたという監督。苦しくても必死こいて生きて、地道に積み上げてきた日常生活があるからこそ、音楽での表現も輝くはずだ。

『SR サイタマノラッパー』で出てくるラップの歌詞は、「国語算数理科社会が、俺の人生理解しがたいぜ」「英文法必要ねえ!因数分解必要ねえ!」「ATMかかってこい!時間外手数料かかってこい!」「市民税払ってねえ!コンビニ募金おれにくれ!」など、大きな夢を語るわけでもなく、悪さ自慢するわけでもなく、日常のちっちゃいことを歌っている。

彼らの世界の狭さを表した歌詞でもあるんだけど、必死に歌う彼らの姿とラップのダサさの塩梅が笑えるように作られている。フィクションならではのカッコよさと逆走して、等身大のカッコ悪さを追求していった結果、入江監督にしか撮れない映画が完成したんだ。

⑤ヒップホップドリーム達成!?

本作には「アメリカまで8000Mils」という、エミネムの『8Mils』をサンプリングしたキャッチコピーがつけられていたが、シリーズを重ねてなんと最終的にはアメリカのニューヨークでも上映されることに。ほんとに8000マイルを飛び越えていったんだ。日本の田舎でくすぶっているラッパーの姿を、本場のラッパーたちも観たと思うとめちゃくちゃアツいよね。

それだけ、多くの人の個人的な体験と重なった本作。何者かになりたいけどくすぶっている人は、ぜひ観て食らってほしい!

画像出典元:ロサ映画社

配信先:U-NEXT