映画 『オン・ザ・カム・アップ』を観るべき5つの理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.57

伝説のラッパーの才能を受け継ぐ少女のシンデレラストーリー。

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。

今回取り上げるのは『オン・ザ・カム・アップ』。過酷な環境から這い上がり、ラップスターを目指す女の子の物語だ。

『オン・ザ・カム・アップ』ってどんな映画?

 

地元で伝説のラッパーだった亡き父の能を受け継ぐ主人公の少女ブリ。ラップバトルで腕を磨き、ラッパーとしての成功を夢見るが、リアルな自分と世間が求める自分とのギャップに苦しむことになり…。

『オン・ザ・カム・アップ』を観るべき5つの理由

①ハンデが強いパンチラインに

主人公のブリは、あらゆるハンデを抱えていた。母子家庭で家は電気を止められるほどの超貧乏。学校では警備員に不当な暴行を受けたり教師に目の敵にされたりと、不良のレッテルを張られていた。

ブリの才能にいち早く目をつけたのが、父親の親友だった音楽プロデューサーのシュプリーム。ラップバトルで相手を打ちのめすブリのフロウと韻の才能を利用して、彼女をスターに仕立て上げようとそそのかす。彼はブリに言う。「君の中にある怒りを歌え、みんなが求める役割を演じろ」と。

学校での不当な扱い、殺された父親、ヘロイン中毒だった母親、貧しい生活。ブリが抱える怒りとフラストレーションを言葉を通じて爆発させたことで、イケてるデビュー曲が誕生した。ハンデがあるからこそ、ブリは曲をつくることができたんだ。辛い現実があればあるほど、強い言葉を生むことができるのが、ヒップホップの醍醐味でもあるよね。

でも強く発した言葉たちはこの後、ブリを苦しめていくことにもなる…。

②ラッパーが背負うリアルと虚像のギャップ

デビュー曲「オン・ザ・カム・アップ」が瞬く間にヒットしたブリ。しかし、そのリリックは銃や警察への反抗を歌っており、16歳の少女が歌うには過激すぎるものだった。等身大のブリはギャングでもなく、銃も撃ったことがない貧困家庭の少女。しかし世間は歌詞を真に受け、ブリに対する誤解が広まっていく。

実生活と世間の印象とのギャップに、徐々に苦しめられていくブリ。いくら歌詞に深い意味はないと伝えても、周りに勝手に解釈されてラッパー・ブリの虚像が作り上げられていく。伝説のラッパーだったブリの父親もその虚像によって、ギャングとは無縁の生活を送っていたにもかかわらず、ギャングに頭を撃たれて殺されていた。

世間が求めるスターの虚像になりきって成功を目指すのもひとつのルートだが、自分と家族を守るためにブリは等身大で戦うことを決意する。最後のラップバトルで、はじめて自分の言葉を掴みとったブリのパフォーマンスは最高なので、英語の歌詞にも注目しながら観てほしい。

③ありのままを肯定する親子関係

『オン・ザ・カム・アップ』は、母と子の物語でもある。夫が殺された辛い現実から逃れるために、母親のジェイはヘロイン中毒となり、一時期ブリと離れて暮らしていた。幼かったブリは、早くから自立するしかなかったんだ。

二人の距離感を表すのが、作中での呼び名。ブリは母親のことを「ジェイ」と呼び、親ではなく、対等な関係として、母親に接しているんだ。自分を置いていかれたわだかまりが、ずっと残っているブリは自分を子供扱いする母親にキツくあたってしまう。

ふたりが和解することになったのは、世間とのギャップに苦しむブリを、「あなたは無価値じゃない。私の子供よ」と、母が全力の愛で受け止めたときだった。虚勢を張らなくても、有名にならなくても、ありのままを受け止めてくれるのは母親だからこそだ。辛い時にもブリを見放さずに味方でいてくれたことで、親子はふたたび心を通わすことができたんだ。

 

④若い黒人が直面する言葉の問題

この映画は、ヤングアダルト小説『オン・ザ・カム・アップ いま、這いあがるとき』が原作になっている。世界的に売れて映画化もされた『ヘイト・ユー・ギブ』を書いたアンジー・トーマスの、デビュー2作目だ。

黒人への人種差別問題を描いた『ヘイト・ユー・ギブ』と同じ世界線での物語であり、若い黒人が世間に正しく言葉を届ける難しさを描いている。彼らが声をあげると、まず話し方にイチャモンをつけられたり、良くないイメージが先行してまともに相手にされなかったりすることに、アンジーは問題意識を抱えていたからだ。ブリが歌った曲が世間に批判を受けたのは、彼女が黒人で若い女性だったことも、無関係ではないはずだ。

アンジーも元ラッパーで、音楽では花開かずだったが、今は同じ言葉で表現をする作家として大成功を納めている。もしも彼女がラッパーでスターを目指していたらという物語なのかもしれないね。

⑤オールアフリカ系キャストの映画

本作はオールアフリカ系キャストの映画だ。主人公の母親を演じるのはサナ・レイサンで、なんと今作で初の長編監督も務めている。

ラッパーのリル・ヨッティも、地元のスターとして登場するし、音楽プロデューサーを演じるウータン・クランのメソッドマンは佇まいから只者じゃない雰囲気がビンビンで超かっこいい。

中でも存在感抜群だったのは、ブリのおば役プーを演じるダヴァイン・ジョイ・ランドルフ。ブロードウェイ作品『ゴースト:ザ・ミュージカル』で有名になった女優兼歌手で、時に疎まれながらもブリを守る女ギャングをチャーミングに演じていた。

成功を夢見る少女の苦悩と葛藤を描いた王道ストーリーを、ぜひ楽しんでみてね!

画像出典元:パラマウント・ピクチャーズ

配信先:Netflix