映画 『行き止まりの世界に生まれて』を観るべき5つの理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.46

どん底の町でもがく3人の若者を描いたドキュメンタリー。

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。

今回取り上げるのは『行き止まりの世界に生まれて』。スケートボードを通して出会った3人の若者の12年間を追った傑作ドキュメンタリー映画だ。

『行き止まりの世界に生まれて』ってどんな映画?

 

アメリカで最も惨めな町と言われるロックフォードで暮らすキアー、ザック、ビンは荒んだ家庭から逃げ出すようにスケートボードにのめり込んでいた。スケートボードを通して家族のような関係を築く彼らだったが、大人になるにつれてさまざまな現実と直面し、それぞれの道を歩んでいくことに。

貧富の差や家庭内の問題など、葛藤を抱える彼らの内面を映し出すことでアメリカが抱える問題を描いた本作は、オバマ元大統領が「年間ベストムービー」に選出するなど高い評価を受けている。

『行き止まりの世界に生まれて』を観るべき5つの理由

①アメリカから忘れ去られた街で生きる子供たち

舞台はアメリカのラストベルト(錆びた地帯)の一部であるロックフォード。かつては重工業で栄え世界の中心のような都市だったが、いまではアメリカで最も惨めな町となり貧困層で溢れかえっている。ロックフォードに住む大人たちはみんなプライドをへし折られ、街は廃れてきっていた。

そんな希望を失った町で幼少期を過ごしたのがキアー、ザック、ビンの3人だ。産業の衰退によって親が職を失い、家庭内は荒れて未来に希望もない町で、キアーとザックがもがきながら生きようとする姿を、監督で友人のビンがカメラに捉えている。

カメラを通して3人は過去を振り返り、今の自分を見つめなおす。子供は生まれてくる親と環境を選べない。それでも前に進むために自分自身と向き合うことの大切さを教えてくれる。

②人種が異なる3人の登場人物

監督のビンは中国系アメリカ人、明るくオープンなキアーはアフリカ系アメリカ人、唯一息子を持つザックは白人と、スケボーを通して出会った3人は異なるバックグラウンドを持っている。同じ環境で家族のように育った彼らだが、成長するうちにそれぞれの違いが浮き彫りになっていく。

仲間内の兄貴分だったザックは早くから子供を持ち、低賃金労働に悩まされパートナーのニナと衝突を繰り返しては酒に溺れていく。白人として生まれたがどん底の生活をしていて、誰も手を差し伸べてくれない行き詰まりを抱きながら生活している。

反対に黒人であるキアーは、ずっと父親から黒人の生き方を教わっていた。「黒人はいつでも問題に立ち向かっているから、白人が文句を言う様々なことが気にもならない」と、どんな環境でも這い上がるしかないことを教えられていた。

同じ環境にいるふたりだけど、白人のザックはここが人生の終わりだと感じて、黒人のキアーはいくらでも這い上がれると感じられる。それぞれのマインドの違いがはっきりと現れていく。

ビンは暴力を振るう継父のようにはならないと、はやくから町を飛び出して大学に進学したのち映像の職を手に入れていた。そんな彼も、過去を清算するためにロックフォードに戻ってきた。カメラを通して語られる、三者三様の「家族」、そして「地域」の問題は、一見個人的なものに見えて、実はアメリカ全体が抱える問題にもつながっている。

③DVの連鎖をどう断ち切るか

物語が進むにつれて、本作のテーマが家庭内DVにあることが明らかになっていく。キアーとザックは父親から、ビンは継父から暴力を受けていた。スケートボードを通して集まった少年たちはどこかで家庭の問題を抱えていたんだ。

さらに子供を持つザックは、パートナーのニナに暴力を振るっていた。まともなロールモデルがいないために父親としての義務をどう果たしていけばいいのかわからないザックは、お酒に逃げ、街からも出ていってしまう。

監督のビンはニナがザックに暴力を受けていることを知り、自身の問題について向き合うことを決めた。継父はすでに亡くなっていたが、トラウマと向き合うために同じくDVを受けていた母親にインタビューを申し込んだんだ。

自分がDVを受けていることを、母親は知っていたのか。ずっと蓋をしていた気持ちに彼が向き合った時、観ているこちら側の心も大きく動かされる。幼少期の親との問題は、大人になっても自分の問題として降りかかってくるものだ。

ザックが映画の終盤で自分の気持ちを吐き出す場面がある。彼は今の現状は自分が招いたものだとよく理解していた。そして息子には自分のようになってほしくないと願う。自分から逃げずに問題に真正面から向き合えた時、人はやっと前に進めるのかもしれない。

 

④スケートボードに見つける居場所

スケートボードの世界は平等だ。練習した分だけ応えてくれるし、自分でコントロールができる。家庭に問題を抱えて、家が平穏に過ごせる場所じゃない子供たちは、スケートボードに居場所を求めたんだ。

スケートボードを通して出会った少年たちは、長い時間を一緒に過ごして家族のような関係を築いていく。スケートボードに乗りながら街を颯爽と駆け抜ける姿はとても気持ちよくて、この瞬間がずっと続けばいいのに、そのまま街からも飛び出せたらいいのにと願わずにはいられない。

原題は「Minding the Gap」は「電車に乗車する時に段差に気をつけて」というアナウンスだ。貧富の差、家庭内問題、人種間の差など、さまざまな溝をスケートボードに乗っている時だけは軽々と乗り越えることができるということを伝えているんだ。

⑤セラピーとしてのドキュメンタリー

人に話を聞いてもらったり自分の話を公にすることは癒しとして作用する。人と話しているうちに、自分の本当の気持ちにたどり着くのはよくあることだ。キアーがビンに、父親からの暴力を告白したことをきっかけに映画制作がはじまった。同じく継父から暴力を受けていたビンは、彼に自分自身を重ねたんだ。

ビンはこの映画がザックやキアーにとってセラピーの役割を果たしているという。ビン自身も母親と対峙したことで、心を癒していた。それはこの映画を観る、3人と同じ境遇にいる人たちにもあてはまるかもしれない。彼らはみんな過去を清算することで、前に進もうとする。

90分という短い時間の中に、必死に生きる少年たちの人生が凝縮されている。そんな彼らを通して自分をみつめるきっかけを受け取ってほしい。

 

画像出典元:ビターズ・エンド

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