みんな文化ディグってる?
『ストリートヘッズのバイブル』では音楽や文化の知識を知ることができる映画や本を紹介していくよ!今回取り上げるのは大ヒットSF映画『マトリックス』。1999年公開の第1作目だ。実は『マトリックス』には多くのヒップホップ的要素が落とし込まれており、USのラッパーたちから愛されているんだ。今回は『マトリックス』をヒップホップ的に解説していくよ!
『マトリックス』とはどんな映画?
仮想現実空間を舞台に人類とコンピュータとの戦いを描いたサイバーパンクSF映画。
ソフトウェア会社でプログラマーとして働くトーマス・アンダーソン(キアヌ・リーヴス)に、実はネオという名前の凄腕ハッカーとして活動する男。彼は起きているのに夢を見ているような不思議な感覚に悩まされており、「今生きているこの世界は、もしかしたら現実ではなのではないか」という自分でも上手く説明できない違和感を抱いていた。
そんなある日、トーマスのパソコンの画面に「起きろ、ネオ(Wake up, Neo.)」「マトリックスが見ている(The Matrix has you.)」「白ウサギについて行け(Follow the white rabbit.)」という謎のメッセージが表示される。
その後トリニティ(キャリー=アン・モス)と名乗る女性から接触を受けたネオは、ネオが探し求めていた答えを知る人物、モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)と出会う。モーフィアスは、人類が現実だと思っている世界が実はコンピュータにより作り出された「マトリックス」と呼ばれる仮想世界であるという驚きの真実をネオに明かす。
現実の世界で目を覚ましたネオは、モーフィアスやトリニティとともに、コンピュータが支配する世界から人類を解放するために戦いに乗り出す。
『マトリックス』を観るべき5つの理由
①USラッパーに大人気の映画
実は『マトリックス』はUSラッパーたちに大人気の映画。ケンドリック・ラマー、コモン、ジェイ・Z、エイサップ・ロッキーなど名だたるラッパーたちがリリックで『マトリックス』について触れているんだ。
ではなぜそんなに『マトリックス』はラッパーたちに人気なのだろうか?実はその理由はこの映画に落とし込まれているヒップホップ要素にあるんだ。
②搾取と解放がテーマ
『マトリックス』の基本設定は近未来の地球では人類はコンピューターに支配されており、主人公である“ネオ”は囚われた人々を解放するためにコンピューターに戦いを挑むというもの。
実はこの設定こそがUSラップにおいて最も多く語られているテーマの一つである「搾取と解放」なんだ。アメリカにおけるアフリカ系の人々は数百年に渡り、アメリカ社会の中での搾取に苦しんできた。ヒップホップにはその搾取から抜け出して人間としての誇りを持って自由に生きていくという精神性が強く息づいている。
80年代のヒップホップ草創期にはパブリック・エネミーが「Fight The Power」で、そして90年以降はコモンやケンドリック・ラマー、そしてMFドゥームなどがこの「搾取と解放」について歌ってきた。だからこそこの『マトリックス』の設定はUSヒップホップシーンの中で広く受け入れられているんだ。
③アフリカ系の人々がキーパーソンとなっている
『マトリックス』の第1作目をヒップホップ的に読み解くもう1つの重要なポイントは、キアヌ・リーヴス演じる主人公のネオを導く役をアフリカ系の人々が演じているという点だ。
シリーズ屈指の人気キャラであり、ネオのメンター的役割を果たす“モーフィアス”を演じているのは『キング・オブ・ニューヨーク』『ボーイズ’ン・ザ・フッド』などの出演でも知られる名優ローレンス・フィッシュバーン。そして預言者 “オラクル”を演じるのは、アフリカ系の舞台俳優のパイオニアとして活躍してきたグロリア・フォスターだ。
実はこの「未来世界においてアフリカ系の人々が重要な役割を担う」という設定は、音楽的にもヒップホップと強い親和性を持っている。それが「アフロフューチャリズム」という思想だ。
④アフロフューチャリズム
「アフロフューチャリズム」とは1930年台から90年代にかけて活動したジャズ・ミュージシャンのサン・ラーが提唱し始めた思想で、おおまかにまとめると「欧米からの侵略や植民地支配によって世界各地に奴隷として連れて行かれたアフリカの人々が自分たちのルーツであるアフリカの文化をベースにした未来世界で理想郷を作り上げる」という思想のことだ。
ファンク音楽の大御所ジョージ・クリントンやヒップホップのオリジネーターの一人、アフリカ・バンバータなどはこの思想に強い影響を受けており、彼らのビジュアルや音楽の宇宙感は「アフロフューチャリズム」の世界観を表したものなんだ。
『マトリックス』で描かれる世界観はまさにこのアフロフューチャリズムの思想とリンクするもの。コンピューターに囚われた人々を救うためのキーパーソンがアフリカ系であり、また2作目以降で登場する現実世界の人類に最後に残された居住区“ザイオン”はレゲェ文化で「理想郷」を意味する言葉だ。
つまり『マトリックス』のストーリーの根底にはアフリカ系の人々の文化思想があるんだ。
ちなみに「じゃあなんで主人公のネオは白人のキアヌ・リーヴスがやってんだよ」という意見があるかもしれないが、実は監督であるウォシャウスキー兄弟(現在性転換し姉妹)が最初にネオ役をオファーしたのはキアヌ・リーヴスではなく、ウィル・スミス。
これは単なる噂話ではなく、ウィル自身も認めている話だ。当時ウィルは他の映画撮影で多忙だったことに加えて、まだ新人だったウォシャウスキー兄弟の「君が戦いの途中でジャンプして空中で止まって、それを360度からカメラで撮るんだ」みたいな話が理解できずにオファーを断ったらしいんだ。
もしウィルが主役をやっていたら全く違うものになっていたかもしれないね。
⑤他に類を見ないパンチラインの多さ
『マトリックス』を唯一無二の名画たらしめているのは、VFXの革新性やストーリーの深淵さもさることながら、やはり名台詞の多さだ。特にネオのメンターであるモーフィアスはコンシャスラッパーばりのパンチラインを毎回のようにかましてくる。
シリーズ随一の名場面であるモーフィアスがネオに初めて出会うシーンでの、
This is your last chance. After this, there is no turning back.
これは君の最後のチャンスだ。このあとは、もう戻れない。
You take the blue pill – the story ends,
青い薬を飲めば、お話は終わる。
you wake up in your bed and believe whatever you want to believe.
君はベッドで目を覚ます。そして信じたいものを信じればいい。
You take the red pill – you stay in Wonderland
赤い薬を飲めば、君は不思議の国にとどまる。
and I show you how deep the rabbit-hole goes.
このウサギ穴がどれだけ深いか見せてあげよう。
のセリフは映画史に残る名言。現状に留まるのか、勇気を出して今まで見たこともない世界に飛び込むのか。人生の岐路に立たされた人には響く言葉だよね。
サイバー・パンクの名作として知られる『マトリックス』だけど、実はアフリカ系の人々の文化思想が深く取り入れられている作品。公開当時に観た人も今観ればまた違う感覚を得ること間違いなしだ。現在第1作目から最新作の『マトリックス・レザレクションズ』まで動画配信サービスで視聴することができるので、ぜひこの機会にシリーズを通して『マトリックス』の深淵なる世界観を体感してみてほしい。
画像出典元:WarnerBros.com
配信サービス:Netflix