映画 『キックス』を観るべき5つの理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.43

命懸けでスニーカーを奪い返す少年の成長譚。

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。

今回取り上げるのは少年が大人になる通過儀礼を描いた『キックス』。命よりも大切なスニーカーを奪われた少年が、あらゆる手段を使ってスニーカーを取り戻そうとする物語だ。

『キックス』ってどんな映画?

主人公のブランドンはチビでボロボロのスニーカーを履いた15歳の少年。同級生からはいじめられ、女子からも相手にされないのはイケてるスニーカーを持っていないせいだと、鬱屈とした日々を過ごしていた。

そんな生活から脱するべく、なけなしのお小遣いとバイトで貯めたお金でついに「エアジョーダン1」を手に入れる。友人から賞賛を浴び、女子からもパーティーに誘われたりと人気者になったブランドン。だが有頂天になっていたのも束の間、帰り道にギャングに絡まれ、なんとスニーカーを奪われてしまう。

命を懸けてもスニーカーを取り戻したいブラントンは、友人ふたりと一緒にスニーカーを探しにいくことに。しかしスニーカーを奪った相手は、街で一番ワルのギャングだった。

 

『キックス』を観るべき5つの理由

①ヒップホップの楽曲とともに展開していくストーリー

劇中ではウータン・クラン、Nas、Jay-Z、2pacなどのヒップホップの名曲が全編にわたって流れている。ストーリーが展開していくごとに曲のタイトルが差し込まれ、曲とともにリリックも映し出される。その演出がバチっとハマっていてとてもかっこいい。

例えば主人公であるブランドンがスニーカーを買うために、小遣いだけでは足りずにストリートでお菓子を売る場面では、ウータン・クランの名曲「C.R.E.A.M」が流れている。このタイトルはフックにも登場するCash Rules Everything Around Me(金は自分の周りの全てを支配する)の頭文字をとっていて、金がなきゃ何も始まらない!とにかく稼げ!と歌うこの曲と、スニーカーのために自分ができる方法でお金を稼ぐブラントンが見事にリンクしている。

他にもワルの従兄弟の協力を得てスニーカーを取り戻しに行く車内や、若者の溜まり場でもヒップホップの曲が印象的に使われているからチェックしてみてね。

②スニーカーに対する狂気

靴が男の価値を決めるとも言われるように、この映画でもスニーカーが男のステータスを表している。「イケてるスニーカーさえあれば…」とスニーカーに恋焦がれたブランドンが手に入れたのは社会現象を起こしたほど大ヒットしたエアジョーダンシリーズの「エアジョーダン1」。NIKEがバスケの神様であるマイケル・ジョーダンのために作ったシューズの第1作目だ。それを履いた途端に女子からアプローチを受けたほど、思春期にとってスニーカーは大切なステータスなんだ。

ヒップホップカルチャーにおいても、スニーカーは重要なアイテムだ。1980年代にRun-D.M.C.(ラン・ディーエムシー)がライブでアディダスのセットアップに、アディダスの紐なしスーパースターというスタイルで登場した時から、ストリートでスニーカー旋風が巻き起こっている。今では超レアなスニーカーを履くことがラッパーにとって成功の証のひとつになっているほどだ。

劇中ではスニーカーが汚れるという理由で主人公がバスケを断っていたり、スニーカーを奪われる時にあわや殺されそうになっていたりと、スニーカーが持つ魔力を垣間見ることができる。

③ヒップホップと関係が深い登場人物たち

音楽だけではなく、役者たちもヒップホップと関わりのある人物が演じている。

主人公ブランドンを演じたのは撮影当時13歳だったジャギング・ギロリー。ラッパーとしての顔も持つ彼は、スヌープ・ドッグが設立したジュニア・フットボール・チームのランニングバックとしても活躍していた経歴を持つ。

さらに友人役のアルバートを演じたクリストファー・ジョーダン・ウォーレスは、ヒップホップ界のレジェンドであるノートリアス・B.I.Gとフェイス・エバンスを両親に持つんだからすごいよね。

まだ無名な若い才能たちの中で、ずっしりとした存在感を放っていたのは、叔父を演じたマーシャラ・アリ。「ムーンライト」や「グリーンブック」でアカデミー賞を受賞した名俳優で、画面に出た時の安心感は半端ない。

監督も主演も今作が長編デビュー作で、フレッシュな才能に溢れているから、音楽とともに、役者たちの演技にも注目してみて。

 

④暴力に対する投げかけ

奪われたスニーカーを取り戻すというシンプルなストーリーは、監督の16歳の時の実体験が基になっている。ブランドンと同じく新しいスニーカーを履いた日に襲われてボコボコにされた彼は、兄から「これでお前も男だ」という言葉を投げかけられたという。通過儀礼を受けたと喜んだ反満、暴力が持つ男らしさに疑問を持ったんだ。

劇中でも人の命がスニーカーよりも軽い街で、やられたらやり返すという暴力の応酬が描かれている。いつまで続くのか、何人の犠牲を払えば終わるのか、底がしれない恐ろしさがあるが、これが彼らの現実なんだ。

ブランドンもスニーカーを取り返そうとすることで、逆に奪う立場になってしまう。自分にとっては正義でも、暴力が発生した途端に相手にとっては悪になってしまう。ブランドンがスニーカーを奪い返したギャングの息子のある行動で、スニーカーの奪い合いは幕を閉じる。

暴力を暴力で返す負の連鎖を止めるためにはどうすべきなのか、大切なものを守るためにはどうすべきなのか。それを考えるきっかけを与えてくれる。

⑤子供から大人への通過儀礼

主人公であるブランドンはたびたび宇宙船に乗ることを夢見る。宇宙は静かだし、誰にもバカにされないからだ。そしてブランドンの目の前には、彼がひどい目に逢う度に“宇宙飛行士”が姿を見せる。これは彼にしか見えていない人物で、現実逃避の拠り所として登場しているんだ。

でも物語の最後で、宇宙飛行士はブランドンの代わりに銃弾を受けて顔から血を流して倒れてしまう。もうこの宇宙飛行士が、彼の前に現れることはないだろう。ブランドンが自分が起こした行動に、自分で責任をとったからだ。夢見がちな子供ではなく、“自分のケツを自分で拭く”ことができる大人になったからだ。宇宙を夢見るのではなく、取り戻したスニーカーを履いて、地に足をつけて生きていくことを彼は決めたんだ。

ブランドンにとってのスニーカーのように、思春期に命より大切なものに出会った人も多いはず。この映画をみてぜひあの頃の気持ちを思い出してみて。

 

画像出典元:SPACE SHOWER FILMS

配信先:U-NEXT