パンチラインで見る映画『GO』|ストリートヘッズのバイブル Vol.21

アイデンティティに悩む、思春期在日コリアンの葛藤を描いた行定勲監督の名作。

ライター:Lee

みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きならマストチェックの映画を、作中に登場するパンチラインを通して紹介していくよ!

今回取り上げるのは、日本アカデミー賞を総ナメした行定勲監督の『GO』。
在日コリアンとして生きる高校生の杉原が、日本人の恋人や家族、在日の友人たちと接する中で「自分は何者なのか」を悩みながら、自分なりにアイデンティティを獲得していく物語だ。

今回は『GO』から、君のマインドをインスパイアする“パンチライン”を見ていくよ!

『GO』ってどんな映画?

主人公の杉原は、高校から日本学校に通いだした在日コリアン3世。中学生まで通っていた民族学校では民族学校開校以来のバカとして「クルパー」と呼ばれ、日本の高校では「在日」だと周りから差別と偏見を受けていた。

喧嘩に明け暮れていた杉原だったが、友人の誕生日パーティーで女子高生の桜井と出会い、自分が在日だと伝えられないまま仲を深めていくふたり。

朝鮮人とも韓国人とも日本人とも言えない自分はいったい何者なのか。家族との関係、親友の死、桜井の拒絶を経験し、自分のアイデンティティに対してひとつの答えにたどりつく。

20年前の映画だけど、色褪せることのない普遍的な「思春期」を描いた映画だ。

『GO』のパンチライン

監督は行定勲、脚本は宮藤官九郎、主要人物からチョイ役の人まで、あの役者さんじゃん!!と、今観ると豪華すぎるメンバーが登場する「GO」。

窪塚洋介が演じる杉原の周りには、父役の山﨑努、母役の大竹しのぶを筆頭に個性的な登場人物がたくさん。揺らぐアイデンティティのただなかにいる杉原にとって、周りからもらう言葉は自分が何者かを考えるきっかけになっていく。

そんな、杉原の世界をひろげていったパンチラインを3つ紹介していくよ!

①「広い世界をみろ。そして自分で決めろ」

杉原は父と母を持つ3人家族。父は過去にボクシング選手として活躍していて、警察のお世話になった杉原をボコボコにしたりと気性が荒い。でも、お母さんにベタ惚れで時々喧嘩しながらも夫婦仲はラブラブという微笑ましい側面も。

ある日、杉原の父は突然「ハワイに行きたい」と言い出す。でも、朝鮮籍である杉原一家がアメリカ領土であるハワイに行くのは夢のまた夢。そこで父は家族を連れて朝鮮籍から韓国籍に変えられるか確認するために役所に向かう。

その帰りみち、杉原を海に連れ出した父は、「どうすんだ?」と、杉原自身が国籍を変える意思があるのかを問う。そして立ち去る前に言い残したパンチラインがこちら。

広い世界をみろ

そして自分で決めろ

かっこいい〜〜!!

拳で語ることが多く、言葉数が少ない父なだけに、その言葉の威力は絶大。
ハワイに行くためだと言っているが、在日コリアン1世の杉原の父が、国籍を朝鮮籍から韓国籍に変えようとするのは、相当な決断だったはず。朝鮮という祖国を捨てた裏切り者という見方もできるからだ。現に、北朝鮮へと帰った弟との交流は、韓国籍へと変えた途端に途絶えたという。

でも、幼い頃に日本に渡ってきて日本での生活を根付かせるために、想像もできないほどの苦労をしてきたはずの父は、杉原には広い選択肢を持ってほしかったんだ。
杉原は韓国籍へと変える決断をし、自分を縛る鎖のひとつをはずすことになる。

②「僕らは国なんて持ったことありません!」

韓国籍へと変えることを決めた杉原は、「広い世界みるのだ!」と、日本の高校へと進むことを父親に宣言する。でも、朝鮮の民族教育を受けていた民族学校の生徒が、日本学校に行くなんて、まだまだ言語道断の時代だった。

民族学校のホームルームで、日本学校に行こうとしていると友人にチクられた杉原は、案の定、先生からの怒号をあびる。
「民族反逆者!売国奴!」とぶたれ、罵られる杉原。そんな彼を救ったのは、民族学校開校以来の秀才だと言われていたジョンイルだった。

ジョンイルが杉本を助けるために、先生に言い放ったパンチラインがこちら。

僕らは国なんて持ったことありません!

ジョンイル、お前ってやつは…!
民族教育を受けているとは言え、北朝鮮には縁もゆかりもない。よく在日を罵る言葉で「朝鮮帰れ!」があるが、あの国には帰る場所なんてない。だけど日本人ではないから、日本が母国だとも思えないという曖昧さを、在日は抱えているのだ。

その宙ぶらりんな状態の学生が、自分の世界を広げたいと、日本学校に行く選択をすることの何がいけないのか。この言葉には、そんな反抗心がみてとれる。

しかもこのセリフ、日本語で言ったことが余計すごい。民族学校では朝鮮語を話すことを義務づけられていて、日本語を使うとホームルームでの制裁が待っているからだ。

この事件をきっかけに、杉原はジョンイルと仲を深めていく。

③「そんな朝鮮人の魂なんか、二十円で売ってやるよ」

落語のおもしろさを教わったり、シェイクスピアの本を借りたりと、ジョンイルは杉原の世界を広げてくれるかけがえのない存在になっていた。お互いの将来の話をしたりと、思い悩む杉原のよき理解者でもあった。

でも物語の中盤、痛ましい事件が起きる。電車のホームでチマチョゴリを着た民族学校の女学生に、日本学校の男子高生がちょっかいをかけている現場に居合わせたジョンイル。彼は、女学生を助けようと仲裁にはいるが、なんと抵抗する男子高生に刺されて死んでしまう。

頭も切れ、正義感に溢れ、在日の未来を少しでも広げたいと将来は民族学校の教員を目指していたジョンイルが、なぜ殺されなければいけなかったのか。葬式に参列した杉原はじめ、まわりの人たちは悲しみに暮れていた。

そんな杉原に民族学校時代の悪友が、報復にいこうと誘ってくる。ジョンイルはそんなことは望んでいないという杉原に、「日本学校に行って魂まで売っちまったのか!?」と凄む悪友。

それに応えた杉原のパンチラインがこちら。

俺がそんな朝鮮人の魂なんか持ってたら

二十円で売ってやるよ

お前、買うか?

そんな魂クソ喰らえって感じだ。
「朝鮮人だから」「日本人だから」で、憎しみを発散したところで、それはまた憎しみしか生まない。

ジョンイルとろくに話したこともなく、ただただ暴れる理由が欲しかっただけの悪友に、ガツンと言った杉原。親友として本当に尊敬していたからこそ、朝鮮人としての魂ではなく杉原自身としての魂をもって、ジョンイルの意志を尊重したのだ。

ジョンイルが杉原に貸してくれたシェイクスピアの本には、こんな一節があった。
「名前ってなに?バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま」
日本人、朝鮮人、日本名、朝鮮名。その人が持つ属性だけで、その人をわかることなんてありえない。どんな名前を持とうと、どんな属性を持とうと、その人自身の価値が揺らぐことなんてないのだ。

俺は俺として生きるべきだというひとつの答えに、杉原はたどりつく。
物語の最後「ジョンイルの遺言なのだ!」と、大学に進学することを決める。杉原の世界は、さらに広がっていくことになる。

と、男同士の友情をもとに「GO」を紹介していったけど、映画でも何度か繰り返される通りこれは「恋愛映画」。柴咲コウ演じる日本人の彼女・桜井の関係は、映画の大きな軸のひとつだから、ぜひぜひ映画を観てほしい。

 

画像出典元:東映

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