目 次
パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜこの世界に飛び込んだのか?どんな出会いを経験してきたのか?何が彼らを突き動かすのか…!このコーナーでは、パーティーというカルチャーに関わる演出家たちのキャリアを紐解いていきます。
今回のゲストは、静岡県浜松市を中心に活動をするDJ KITTAさんにじっくりとお話しを伺ってきました。

熱中出来る事、それがDJだった
SHUNSUKE:
今日はよろしくお願いいたします!HIP HOP/DJカルチャーに足を踏み入れることになったのっていつだったんですか?
KITTA:
幼馴染みがバスケをしていて、ジョーダン11が欲しいと言って自転車で一緒に買いに行ったんですよね。小5ぐらいだったと思います。その辺からスニーカーとかNBAのカードとかにも興味を持ち出したのかなと思います。
SHUNSUKE:
小5でジョーダン!カルチャーの入り口って感じですね!ではヒップホップに出会ったのはいつ頃だったんですか?
KITTA:
中学に入ってからです。先輩から2PACのCalifornia Loveを教えてもらってヒップホップを聴きだしました。そのときの衝撃が強すぎて興味を持った感じです。
SHUNSUKE:
中学でCalifornia Loveと出会ったあとは、何歳くらいの時に、どういうキッカケでDJをしてみようとおもったんでしょうか??
KITTA:
高校3年の夏まで野球をやっていたのですが、野球を引退して、何か熱中できることはないかと考えました。音楽も好きだし、なんかカッコいいからDJでもやってみようかなという軽い気持ちで18歳の頃にバイト代でターンテーブルを購入したのがキッカケです。
様々な派閥が切磋琢磨してシーンを作り上げていた
SHUNSUKE:
では、DJとしてのキャリアをスタートされた当時、浜松のナイトクラブやストリートのシーンはどのような空気感だったんですか?
KITTA:
2002、2003年ぐらいがクラブでDJとしてデビューした年だったと思うのですが、当時から浜松のナイトクラブは盛り上がっていました。同じメインストリームのヒップホップシーンの中でも派閥的な物もあって、各派閥が切磋琢磨し合ってシーン全体を底上げしていたと思います。皆んなどこよりも自分たちが1番だ、そんな気持ちが溢れ出ていてギラギラしていました。ナイトクラブやストリートでも少し怖いぐらいの雰囲気があった記憶があります。
SHUNSUKE:
派閥っていうのは日本全国どこにでも結構出来てしまうものなんですね。東京もそういうのは昔ありました。少し怖さもあるっていうのもやっぱり全国共通ですね。

心に残った先輩からの言葉
SHUNSUKE:
デビュー当時、先輩DJやローカルの先輩たちから受け取った「現場での教え」や「DJとしての美学」で、今でも大切にしている言葉やマインドみたいなものってありますか?
KITTA:
あります。「人のプレイで楽しめないDJは自分のプレイでお客さんを楽しませることは出来ない」というのは心に残っている言葉ですね。自分は今でもナイトクラブで遊ぶことが好きなので、その辺はクリアしているのかなと思います笑
SHUNSUKE:
自分もそういうタイプです笑
今でも遊ぶの楽しいですよね!
では、長年、浜松のクラブやイベントの最前線に立ち続けていく中で、自分のプレイスタイルや「選曲の軸」が確立されたと感じる時期やキッカケはありましたか?
KITTA:
間違いなくScratchLiveが出たタイミングが一番大きなキッカケになったと思います。その辺りの時代から海外の情報もリアルタイムで入手しやすくなったという事もあり、USのDJを中心に追いかけるようになりました。中でもDJ AMのスタイルに大きな影響を受けてきました。そんな中、2011年にレッドブルの大会で中部エリアで優勝をしました。その辺りで自分のスタイルの基盤が出来ていった感じですね。

忘れられない夜
SHUNSUKE:
これまでのキャリアの中で数多くの夜をメイクしてきたKITTAさんにとって、長年のDJ人生の中で「あれは忘れられない」という特にドラマチックだった夜やフロアの景色はありますか?
KITTA:
ドラマチックな夜というワケではないですが、先ほども話したレッドブルの大会のときかもしれません。
名古屋のID Cafeが会場だったのですが、そのときアウェー感が凄くて笑
でも実際にプレイが終わった後は拍手と歓声、沢山のお声がけをいただいたことは印象に残っています。あと忘れられないのは、自分がGENRE BNDRのパーティー等で東京や大阪へDJで呼んでいただいたときに、一緒について来てくれる仲間たちと過ごす夜は忘れないですね。わざわざ遠方まで遊びに来てくれるって、時間もお金もかかる事だし、簡単なことではないので。そういった夜は忘れることはないですね。

ゲストDJを招いたときにレジデント、ローカルのDJとして心がけている事とは?
SHUNSUKE:
では、少し視点を変えた質問をするんですが、浜松という街は結構大きな町な訳じゃないですか、だからこそ国内の色々な場所からゲストDJを迎えるパーティも多いかと思うんです。そういう時、レジデントやローカルDJとして「その日のフロアの温め方」や「空間作り」において、いつも意識しているポイントは何ですか?
KITTA:
やはりゲストDJには一番いい状態で渡したいと思っているので、ゲスト前にプレイをするときはゲストがプレイをしそうな曲は極力使わないでフロアの温度を調整していくことを意識しています。盛り上げすぎず、引かせないというイメージですかね。これも当時の先輩DJからの教えを守っている感じです。
あとはDJをしていないときの時間の使い方も重視しているかもしれません。遊びに来てくれた人たちとフロアで全力で遊ぶようにしています。お店やDJが空間作りをするのは当然ですが、やはり最高の空気感はお客さんが作ってくれると思っています。そこを一緒に作るために自分も積極的に遊ぶように意識をしています。

浜松の街のシーン、コロナを経て変わった事とは?
SHUNSUKE:
これまで浜松の様々なベニューやパーティを経験されてきた中で、時代ごとに「フロアの遊び方」や「客層の変化」を感じる瞬間はありましたか?
KITTA:
やはりCOVIDの以前、以降では大きく変わったと思います。シンプルに日本人のお客さんが減ったという印象ですね。ただ浜松という街は全国的に見ても南米系の人口がかなり多い街です。近年はそういった人種の方々も沢山遊びに来てくれる影響もあり、週末はとてもいい雰囲気になっていると思います。日本人も負けないようにナイトクラブで遊んでほしいですね。
SHUNSUKE:
コロナの影響もあり、近年はSNSや配信文化も一般的になりましたよね。DJの形も多様化していますが、現場叩き上げの視点から今のDJシーンをどう感じていますか?
KITTA:
色々なスタイルがあるのは悪い事ではないと思うので全然いいと思います。2000年代はナイトクラブでDJをするためには先輩のレコ持ちをして、Mix配って、たくさん遊んで名前を売るぐらいしか手段がなかったと思うのですが、今はSNSや配信も含めて色々なプロモーションの手段があると思います。自分という存在を知ってもらうということが大切なのは今も昔も変わらないと思うので、手段は多く持っていた方がいいかと思います。ただナイトクラブでお客さんの前でDJをするのと、配信でDJをするのとでは空気感や温度感は違うと思うので、そこは分けてプレイしたいですね。

何故、浜松という街にこだわるのか?
SHUNSUKE:
地方都市から東京などの大都市へ拠点を移すDJも多い中、あえて「浜松・静岡」という地に根を張り、第一線でプレイし続けることには、KITTAさんにとってどんな「意味」や「こだわり」がありますか?
KITTA:
20代前半の頃は東京に出ようかなと思ったときもありました。ただ割と堅い人間なので、将来的な部分も同時に考えてしまい、行動に移す勇気がなかったんですよね。でもそのとき自分に言い聞かせたのは、「ヒップホップは地元をレップするカルチャーなんだから自分の地元がイケてなかったらダメだ、先ずは浜松のシーンが胸を張ってカッコいいと言えるようにしたい。」と思ったんですよね。それが未だにあって地元でずっと続けているんだと思います。
SHUNSUKE:
名古屋と東京に挟まれた静岡・浜松エリアですが、KITTAさんが考える「浜松のクラブカルチャー独特の面白さ・強み」や、この街のナイトシーンに対する熱い想いを教えてください。
KITTA:
先ほど言った通り、浜松は南米系の人口が多い影響もありヒップホップやTOP100だけでなく、バイレファンキやレゲトンといった南米系の音楽も多くかかります。人種が多様ということもあり自然とオープンフォーマットになったという感じです。これは浜松特有というか、自分が最近メインでやらせてもらっているEL GLOBALというナイトクラブ特有のスタイルかと思います。是非体感してもらいたいです。勿論同じ浜松でも有名なラッパーが来てライブを見ることが出来るZENやSECONDのようなナイトクラブもありますし、地方都市でありながらも選択肢が色々あってとてもいい街だと思っています。最近では浜松が地元のチャリやカンジの影響もあって、若手が沢山出てきていると聞いています。どんどん浜松を盛り上げていってほしいです。

浜松のシーンを底上げする為に必要だと思う事
SHUNSUKE:
今後の浜松・静岡の音楽シーンがよりアツく、面白くなっていくために、必要だと感じている課題や期待はありますか?
KITTA:
浜松のDJに関して言えば、シンプルに探究心が必要かと。これは自分自身にも言えることですけど。あとはただDJをこなすという感じになっていないかな?と思いますね。もっと1回1回のギグを大切にして欲しいです。
地方都市では割とDJ=オーガナイザーとなっていることが多いと思います。オーガナイザーが出てきてくれることが嬉しいことですが、待っていても何も変わらないので、DJも積極的にパーティーを企画して行動してほしいです。1人でも多く自分の名刺代わりのパーティーを持ってもらえれば、浜松のシーンは今以上に良くなっていくと思っています。
SHUNSUKE:
最後に、浜松や静岡の現場で背中を追いかけている若手DJや、これからクラブでDJを目指す世代に向けてメッセージをお願いします。
KITTA:
DJで一番大切な事だと思うのは音楽を好きでいることだと思います。いい音楽をとにかく沢山聴いて欲しいです。それと同時にカルチャーについても深掘りしていったら、DJというものがより楽しくなっていくと思います。一緒に楽しんでいきましょう。
SHUNSUKE:
今日はありがとうございました!

プロフィール
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HIP HOP, R&Bを軸にしつつもHOUSE, ROCK, 80's etc...卓越したスキルでジャンルの壁も違和感なく飛び越えるOPEN FORMAT STYLE DJ。「意味のある繋ぎ」を随所に見せ、そのアイディアたるや同業者をも唸らせている。 NO.1 PARTY ROCK DJを決める世界規模の大会「RED BULL THRE3STYLE 2011」において、中部地区予選大会で優勝。同全国大会でも各地から勝ち上がった強豪を相手に優勝者選考に残る程、その存在感を魅せつけた。2013年にはCROSS FIELD INC.よりMIX CD【#WiLD SUMMiT】を全国リリースし瞬く間にSOLD OUT、その名を全国に拡めた。 現在は地元浜松のELでのレギュラーイベント、地方でのゲスト出演等、首都圏、東海地方を中心に勢力的に活動をしている。 DJ以外にもVintage T-Shirts Collectorとしても全国に名を轟かせており、Rocnation, S.K.A.M. Artistに所属するDJ ROSS ONE監修のVintage T-Shirts Book “RAPTEES”にも衣装提供する。 間違いなく東海エリアを代表するDJである。

