目 次
パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜこの世界に飛び込んだのか?どんな出会いを経験してきたのか?何が彼らを突き動かすのか…!このコーナーでは、パーティーというカルチャーに関わる演出家たちのキャリアを紐解いていきます。
今回のゲストは、海軍の街横須賀をベースに活動をするDJ OKUさんにお話しを伺いました。異国情緒漂う街でどのようなスタイルが形成されたのか、じっくりと伺ってきました。

文化祭での出会いが、世界観を大きく変えた
SHUNSUKE:
音楽として最初に強く印象に残っている曲やアーティストって覚えてたりしますか?
OKU:
小学生の頃、両親の車内で流れていたCDに収録されていた、ボブ・マーリーの『No Woman, No Cry』やカーペンターズの『Top of the World』が強く印象に残っています。中学生の頃はジャンルを問わずカジュアルに聴いていましたね。

SHUNSUKE:
ブラックミュージックに出会ったのはいつ頃なんですか?
OKU:
高校生になってからです。友人が文化祭でMighty CrownのMIX CD『CROWN JUGGLAZ』を流していたのをきっかけに、レゲエミュージックへの興味が深まりました。世界観が大きく変わりました。
SHUNSUKE:
文化祭でのその出会いが、そのまま世界観を変えちゃったんですね。そこから音楽を聴く側だったOKUが、自分でDJをやってみようと思ったきっかけは何だったんですか?
OKU:
高校を卒業した頃から横須賀のクラブへ通うようになり、現場の盛り上がりを肌で感じるなかで「自分もあちら側(DJブース)に立ったら楽しそうだな」と、ごく自然に興味が湧いたのがきっかけです。その純粋なワクワク感から、自分でもDJを始めてみようと決意しました。

当時の横須賀は夜になると少し緊張感漂う、独特の危うさを持った街
SHUNSUKE:
DJを始めた頃の横須賀って、どんな街で、どんな音楽やクラブカルチャーがあったか覚えてますか?
OKU:
当時の横須賀は、夜になると少し緊張感漂う、独特の危うさを持った街という印象でした。場所によっては「選曲を間違えるとビール瓶が飛んでくる」といった真偽不明の噂が囁かれるほど、フロアの熱気とシビアさが共存するエネルギッシュなクラブカルチャーがあったと記憶しています。
SHUNSUKE:
外国人の多い街ならではのシビアさですね。六本木でもそういう話をよく聞きました。横須賀は米軍基地のある街として知られていますが、若い頃からその独特な環境や文化を意識することはありましたか?
OKU:
子どもの頃から日常的に横須賀の街へ遊びに行っていたため、私にとっては米軍基地のある風景や独特の文化が「当たり前の日常」でした。そのため、若い頃にそれをあえて特別に意識したり、異文化として構えたりすることは不思議となかったです。
SHUNSUKE:
生活の一部として自然にあったわけですね。そういうのは凄くうらやましく思います。

先輩方から貰った言葉を今も大切にしている
SHUNSUKE:
DJを始めて長年プレイを続けてきた中で、ご自身のDJスタイルや大切にしている考え方はどんなふうに形作られていったんですか?
OKU:
私のキャリアは、もともとレゲエのセレクター(DJ)からスタートしました。ターニングポイントとなったのは2015年頃です。海外での長期修行を終えた先輩や地元で活躍する先輩方と共に、インターナショナルパーティー『Hennessy Saturdayz』を立ち上げました。そこで最前線の現場を目にし、得た経験が今の私の原点となっています。その後、2019年頃から本格的にヒップホップのパーティーに出演させていただくようになったのですが、自分の実力がまだまだ足りていないと痛感し、ヒップホップDJへのシフトチェンジを決意しました。当時、先輩方からいただいた「中途半端(適当)にやるなら家でやれ」「お客様はエントランス料金を払うために何時間も働いて来てくれているのだから、それ以上にとことん楽しませる努力を全員がしなければいけない」という厳しい教えは、今でも私のDJとしての肝に銘じています。
SHUNSUKE:
重みのある言葉ですね。そうやって自分の軸を築いていく中で、アメリカ人のお客さんの前で本格的にプレイするようになったきっかけって何だったんですか?プレイし始めた当初はどんな印象を持ちましたか?
OKU:
先輩からのご紹介で、現在もよく出演させていただいているBARでプレイするようになったのが大きなきっかけです(2021年頃)。当初は白人のお客様が多く、自分の目指す音楽性やスタイルがこの場所に浸透するまでには、少し時間がかかるかもしれないなという印象を抱いていました。
SHUNSUKE:
最初から手応えがあったわけじゃなかったんですね。結構意外だなと感じました。

日本人のお客さんと外国人のお客さんの楽しみ方の違い
SHUNSUKE:
実際にプレイを重ねる中で、日本人のお客さんとアメリカ人のお客さんとでは、音楽への反応やクラブの楽しみ方に違いを感じることはありますか?
OKU:
はい、非常に大きな違いを感じています。まず、アメリカ人のお客さんはDJブースをじっと見つめるのではなく、ブースに背を向けてお互いの顔を見合わせながらフロア全体で楽しまれる点が、圧倒的な違いだと感じます。また、とにかくテキーラなどのショットをよく飲まれますね。ほかにも、ラインダンスを全員で自然に踊り出したり、大好きな曲が流れた瞬間には誰よりも全力で熱唱したりと、音楽を全身で表現して楽しむ姿勢がとても印象的です。
SHUNSUKE:
DJが誰か、ということ以上に、DJが何を掛けるかの方を大事にしてフロアで爆発するようなスタイルですよね。これはネームバリューみたいなものを大切にする日本とは圧倒的に違う部分かもしれませんね。

一瞬の隙も許されない環境
SHUNSUKE:
シビアな現場に立つ中で、横須賀だからこそ環境で鍛えられたと感じる部分はありますか?
OKU:
どぶ板通り(米軍の人はハンチと呼びます。)エリアには50店舗ほどのBARやクラブがあり、そのほとんどが入場無料(ノーチャージ)です。そのため、お客さんは少しでも選曲が合わないと感じると、すぐに別のお店へ移動してしまいます。そうした、一瞬の隙も許されない非常にシビアな環境でプレイを続けさせていただいたことで、フロアの空気を瞬時に読む力が鍛えられたと感じています。
SHUNSUKE:
ニーズがあれば即対応、みたいな感覚は外国人の多いクラブでは当たり前だったりしますけど、早い時間は静かに立ち上げて……みたいな形式を重視するようなところとは全く違うってことですよね。簡単に身につく感覚じゃないと思います。そうやって長年アメリカ人のお客さんを相手にDJを続けてきた中で、「音楽は国境や言葉を越える」と実感した印象的な出来事があれば教えてください。
OKU:
プレイ後に、お客様から熱いハイタッチや握手を求められたときに強く実感します。以前、わざわざ翻訳アプリを使って「お前はMy Ni$$aだ!」「今まで出会ってきた中で一番良いDJだ!」ストリートならではの最大級の褒め言葉を直接伝えてくれたことがありました。言葉や文化の壁を越えて、自分の音楽が心に届いたのだと本当に嬉しかったです。
SHUNSUKE:
文化の違う国の人からそこまでの言葉をかけられるって、素晴らしいことですね。

横須賀という街を選んだ理由
SHUNSUKE:
横須賀の現場で叩き上げられてきた中で、隣の東京で活動するという選択肢もあったと思うんですが、それでも横須賀を拠点に活動し続けてきた理由を教えてください。
OKU:
実は1年ほど東京で活動していた時期もあります。ただ、当時の東京の現場はとにかく「集客」を最優先する印象が強く、メンバー全員で必死に集客に励む日々に少し違和感を覚えていました。また、音楽面でも予定調和な演出や、どこか定型化されたプレイ(playback)が多く感じられたんです。それなら、自分が本当に良いと思える音楽にダイレクトな反応が返ってくる地元でプレイした方が、DJとして健全でいられるのではないかと考え、横須賀を拠点に活動するようになりました。
SHUNSUKE:
実際に東京を経験したからこそ、自分らしくいられる場所を選べたんですね。逆に、横須賀という街だったからこそ得られた経験や財産があれば教えてください。
OKU:
横須賀の現場は「ロングセット(長時間のプレイ)」が基本であるため、一人で一晩のストーリーを作り上げたり、フロアに火をつけるタイミングを自分でコントロールできたりする点が大きな魅力です。また、米軍の門限(curfew)があるため、早い時間からどうフロアを展開させていくかなど、様々なアプローチを試せる環境も貴重な経験になっています。例えば、一般的なクラブのようにクローズ間際ではなく、あえて一番盛り上がるピークタイムにR&Bを流して全員で大合唱させるなど、自分の理想の空間作りができるのも横須賀だからこそです。たまに六本木の『IBEX TOKYO』でもプレイさせていただく機会がありますが、横須賀で培ったこの構成力や独特の選曲の引き出しは、他のDJとの差別化としても確実に活きていると実感しています。
SHUNSUKE:
僕も定期的にDJさせてもらっていますが、IBEXのような外国人メインの都内の現場でも、そのままハマるイメージが湧きますね。


横須賀のシーンをもっと良くしていきたい
SHUNSUKE:
現在の横須賀のクラブカルチャーや音楽シーンをどのように見ていますか?これからの横須賀に期待していることがあれば教えてください。
OKU:
昨年、横須賀を母港とする米海軍の原子力空母が9年ぶりに入れ替わったことで、街の客層やフロアの雰囲気もガラリと変化しました。ただ、現在の横須賀のクラブカルチャー自体は、正直なところ都内と比べると少し低迷しているのが現状です。そうした状況を変えたく、ここ1〜2年は都内で活躍しているDJの先輩や仲間を横須賀に招き、この街ならではの独特なシーンを実際に体感してもらう試みを続けています。今後は、さらに若い世代の方々にもこの熱量を体感してもらえる環境を作っていきたいです。特に今の横須賀は若い世代のDJが少ないため、「本気で現場に立ちたい」と考えている若い方にとっては、むしろ自分をアピールして活躍できる大きなチャンスの舞台だと思っています。
SHUNSUKE:
若い世代のDJが少ない今だからこそのチャンス、というのは希望が持てる話ですね。最後に、これからDJを目指す若い世代へ伝えたいことがあればお願いします。
OKU:
今は何でもすぐに情報が手に入る、非常に便利な時代です。だからこそ知識だけで頭でっかちにならず、まずは現場(フロア)に足を運んで、純粋に音楽を楽しむことから始めてほしいと思います。そこでのリアルな経験を通じて少しずつ学びを深め、自分なりの音楽観やブレない軸を形作っていってください。また「十人十色」という言葉の通り、人の考え方や好み、大切にしているものは一人ひとり全く異なります。自分のスタイルに誇りを持つことは大切ですが、決して「自分の考えだけが正解だ」と固執せず、多様な価値観を柔軟に受け入れられるオープンな心を持って、表現を楽しんでほしいです。
SHUNSUKE:
今日は色々と訊かせていただいてありがとうございました!

