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パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜこの世界に飛び込んだのか?どんな出会いを経験してきたのか?何が彼らを突き動かすのか…!このコーナーでは、パーティーというカルチャーに関わる演出家たちのキャリアを紐解いていきます。
今回のゲストは、大阪・心斎橋エリアを拠点に活動し続ける重鎮・DJ IMAI(イマイ)さん。現場でのプレイやミックス制作に加え、ここ数年はトラックメイクも行うなど、キャリア30年を数える現在もなおクラブシーンでの存在感を放っています。時代の移り変わりやクラブシーンのアップダウンを目の当たりにしてきた大ベテランの貴重なトークをチェック!
コピーバンドから始まった
音楽との長い付き合い

レペゼン :
自己紹介として、生年月日とご出身、そして音楽との出会いから教えていただけますか?
IMAI :
DJ IMAIです。生年月日は1975年2月13日で、出身は大阪の枚方です。音楽に興味を持ったのは小学校から中学校くらいの頃ですね。バンドがめっちゃ流行っていた時代で。
レペゼン :
1975年生まれということは、小~中学校の時が80年代後半とかになりますね。
IMAI :
そうそう。BOØWYとかブルーハーツとかが流行っていて、高校の時は友達とそういうバンドのコピーバンドとかをやったりもしていました。当時はヒップホップというジャンルは全然知らなかったんですけど、バンドの音楽を聴いていくうちに出会ったレッド・ホット・チリ・ペッパーズが、ちょっとラップみたいな歌い方だったんですよ。「他と違って、メロディじゃない歌い方やな」って思ったのを覚えています。
レペゼン :
たしかに韻も踏んでいたりと、歌とラップの間のような感じですね!
初めて買ったレコードは
拾ったタンテで聴いた!?

レペゼン :
ヒップホップに触れたのは、もう少し後だったんですか?
IMAI :
高校卒業してちょっと経っていたので20歳とかですかね。高校を卒業した頃くらいに、今度はスケート文化が流行ったんです。自分もスケボーをやりだすんですけど、スケートのビデオに使われてる曲の中で初めてヒップホップに触れました。当時、東京とか大阪の有名なスケーターのチームが作ってるビデオが出回っていたんですけど、そこで使われてる曲とかを調べてCDを買ったりしていました。今でも覚えているのは、Black Moon(ブラック・ムーン)の「Who Got Da Props」ですね。
【 Black Moon – Who Got Da Props 】
レペゼン :
今聴いても本当にかっこいいですよね!そのCDを買ったんですか?
IMAI :
いや、そういう曲って、街のCD屋だと売ってなかったんですよ。なのでレコードで買いました。でも、聴く装置を持ってなかったんですけどね笑
タンテもやっぱり新品を買うには20歳くらいの若者には高すぎましたからね。
レペゼン :
そうだったんですか笑
どうやってゲットしたんですか?
IMAI :
これも時代なんですけど、当時、粗大ゴミを捨ててる人がすごく多くて。中にはレコードプレイヤーを捨ててる人もいたんですよ。なので捨ててあるところに行って、1台だけレコードプレイヤーを拾って、しばらくの間はそれを使っていましたね。
レペゼン :
粗大ゴミで捨ててあるタンテでレコードを聴く……。今では考えられないですね!
レコードを初めて買ったところから、DJ自体に興味を持ったのはどんな経緯だったんですか?
IMAI :
一番最初は、映画『Juice』(*)ですね。DJバトルのシーンに惹かれて、何回も観ていました。それから、当時自分は京都の洋服屋でアルバイトしていたんですけど、その服屋が入ってる建物の一角にDJブースがあったんです。そこで週末になったらDJしに来てる人がいてたんですよ。
※1992年に公開されたアメリカの青春バイオレンスムービー。ハーレムを舞台に、4人の黒人ティーンエイジャーが悪の道へと引きずり込まれていく様子を描いている。ラッパー・2パックが俳優デビューを果たした作品としても知られる。
レペゼン :
なるほど。映画で繰り返し観ていたDJプレイを生で目撃したわけですね。
IMAI :
そうです。「めっちゃかっこいい!」って思って、思わずその子に話しかけていました。そしたら「今度クラブでイベントやるから遊びに来てや」って誘ってもらったんです。そういうパーティに遊びに行って、DJの手元を見ているうちに「やってみたい」と自然に思っていましたね。お金も貯めて、DJ用のターンテーブルをちゃんと買って。
レペゼン :
実際にDJに会うことがトリガーになったんですね。DJのやり方は独学で習得されたんですか?
IMAI :
いや、それも同じ子に頼んで、家にお邪魔してDJを教わりました。
レペゼン :
すごい!かなり行動派ですね笑
IMAI :
意外とね笑
でも、その子もそれこそバトル系のDJだったせいか、とりあえず僕の目の前でスクラッチをばーってやってから、「こうやんねん」みたいな説明でしたね笑
「そんなん分かるわけないやん!」っていう笑
でもとにかくその子きっかけで、ミックスのやり方を教えてもらったり、京都のレコ屋を教えてもらったりと、一気にのめり込んでいきました。
レペゼン :
現場でやり出したのも早かったんですか?
IMAI :
そうですね。レコードもある程度の枚数まで増えてきて、曲の繋ぎも慣れてきたら、自分がミックスした音源をテープにダビングするようになるんですけど、それがすごい楽しくて。自分が作ったミックステープを通勤中に聴いたり、友達に聴いてもらったりしていたら、DJを教えてくれた人とか、その周りの5~6人くらいのDJとイベントをやることになったんです。それも京都にあるこぢんまりしたクラブでしたけど、一回やってみたらめっちゃ楽しく。「またやりたい!」ってなって。気づけばそのメンバーで毎週のように遊ぶようになっていきました。
ダンスイベントを通して
惹かれ始めた00年代の新譜

レペゼン :
レコード時代からキャリアを重ねられてきたIMAIさんですが、最も印象深いレコードを1枚あげるとしたらなんでしょう?
IMAI :
今もレコードって高いけど、僕が始めた頃って良いレコードは本当に高くて「欲しいけど買えない!」ってなることも多かったんですよね。でもどうしても欲しい1枚があったんです。それがCommon(コモン)の「Resurrection」です。ピアノのイントロから入る感じが渋くて、スクラッチも入っててかっこいいし。
【Common – Resurrection】
レペゼン :
イントロが鳴った途端、「イエーイ!」ってなる曲の1つですよね笑
こちらはレコード店で購入したんですか?
IMAI :
いや、働いてた服屋のスタッフでDJをやってた先輩が、たまたまこのレコードを持ってたんですよ。普通に買ったら1万円くらいなんですけど、7,800円くらいで売ってくれて。そのレコードは今も宝物として大事に持っています。そのあたりから中古のレコードを本格的にディグるようになっていき、DJの機会も増えていきました。
レペゼン :
良いですね。キャリア初期は京都が拠点だったんですか?
IMAI :
そうです。逆に大阪のミナミで盛り上がってたイベントは全然知らなかったし、そういうところでかかるようなパーティアンセムもよく知らなかったです。どっちかというと、自分の好きなレコードをかけるタイプのDJでしたね。
レペゼン :
そうなんですか!今のIMAIさんは、最新のトレンドも抑えたプレイを得意とされています。どこかのタイミングで意識が変わったんですか?
IMAI :
ダンサーが関わるイベントにも少し参加するようになったのが大きいですね。いわゆる「今の音」がかかる場所で、00年代のヒップホップとかを聴くうちに「こういうのもかっこいいな」って感じ始めたんです。たしかEve(イヴ)とか、そういうアーティストにも興味が出始めましたね。
【Eve – Let Me Blow Ya Mind ft. Gwen Stefani】
レペゼン :
心斎橋のクラブで回し始めたのは、そうやって新譜もチェックするようになってからだったんですか?
IMAI :
そうですね。枚方の小さいクラブで繋がった年下のDJが心斎橋でもイベントをやっていて、自分をオファーしてくれたのがきっかけです。
曲を聴いた時の感覚も
曲にまつわる知識も大切に

レペゼン :
アナログDJ時代、IMAIさんにとってレコードを買う基準はどういうところにあったんですか?
IMAI :
自分の場合は、とにかく「この曲好きやなー!」っていう感覚でレコードを選ぶことが多かったですね。もちろん「この曲のプロデューサーは」みたいなことも興味があるし、ある程度学んだりもしたけど、他のDJよりも、その音楽を聴いた時の感触を優先していたかもしれないです。
レペゼン :
意外です。というのも、IMAIさんと親しい方から
「R&BオンリーのイベントでIMAIさんに『SZAとかサマーウォーカーとかかけて!』」って言ったら、『あの子らは、元彼の悪口と愚痴の曲が多いから、このイベントの色じゃないんよな』って言われて、そこまで深く主旨を考えてることに感動した」
とお聞きしたことがあるんです。曲の知識がないとできないことですよね。
IMAI :
ええ、俺そんなん言ったっけな……?笑
普段からめっちゃ気にするわけじゃないんですけど、例えばそういうR&B縛りのイベントだと、「これは浮気された曲やな」みたいな知識も知っておきたいし、そういうことを知っていると、自分自身の楽しさも変わると思います。
レペゼン :
なるほど!そういう感覚と理論のバランス感覚が、IMAIさんがヘッズやプレイヤーから支持される所以かもしれません。
DJ B=BALL直伝!
1から学び始めたトラックメイク術

レペゼン :
それからIMAIさんはトラックメイクやエディットの制作でも知られています。何かやり始めるきっかけがあったんですか?
IMAI :
コロナ禍にDJ B=BALLが、あるクラブの企画でオンラインサロンをやっていて、自分も誘われたんですよ。レギュラーのイベントもなくなって時間もあるし、おもろいかもなと思って参加しました。もちろん音楽理論とかも全然分かってなかったし、最初はうまくできなかったんですけど、教わるうちにある程度「こういうことかも」っていうのが分かってきて。
レペゼン :
どれくらいの期間、受講されたんですか?
IMAI :
3ヶ月くらいやってたと思います。そこで最後に、「ソフトを使って曲を1曲仕上げる」という課題が出たんです。それに取り組んでるうちに、「これめっちゃ良いかも!」っていう手応えを感じたんです。そこで、その後も好きな曲をリメイクしてみたりするようになりました。
レペゼン :
5年前に1から始めて、今では音源を配信するところまでいっているとは……。すごすぎます。
IMAI :
でも「この曲アレンジしてみたいな」から始まるので、そこまで数は作れてないですね。逆に制作に追われてしまったらやらなくなるかもしれないです。最初のレコードを買ってる時と同じで「分からんけど楽しそうやからとりあえずやってみよう」みたいな感じです笑
レペゼン :
たしかに、始められた頃から姿勢が一貫していますよね!
自分のスタイルとこだわりをもって
楽しんでいくということ

レペゼン :
DJやトラックメイクの今後のビジョンだったり、やってみたいことはありますか?
IMAI :
明確に「これに向けて頑張る」とかはないけど、とりあえずはDJを続けていきたいですね。毎回が「楽しい」ってなるわけじゃなく、浮き沈みももちろんあるけど、やっぱりこれが好きだからこそやり続けたいです。特に今頑張ってる若い子たちにも、「続けることだけは大事」って言いたいですね。やめてしまったらもうそれで終わりやし。
レペゼン :
IMAIさん自身も、周りのDJが現れては辞めるのを間近で見てこられたからこそ、そう思われるんじゃないですか?
IMAI :
そうですね。今まで辞めたり、どっか行っちゃったDJ達も「もったいないなぁ」っていう人ばっかりでしたからね。やからこそ、時代や環境が変わって自分の理解できないことに出会った時も、それを楽しくするための意識が大事だと思います。やっぱり「楽しくない」は「辞める」に繋がりますから。大阪の若い世代も頑張っているDJは多いので、自分のスタイルとこだわりをしっかりもって、DJingを楽しんでいってほしいですね。
レペゼン :
DJ以外のプレイヤーにも当てはまる話かもしれませんね。というわけで、今回は貴重なお話をありがとうございました!
IMAI :
ありがとうございました。

