『WAVES/ウェイブス』を観るべき理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.169

気鋭の映画制作会社「A24」の地位をたしかなものにした“プレイリストムービー”

ライター:ほりさげ

「ストリートヘッズのバイブル」では音楽や文化の知識を知ることができる映画や本を紹介していくよ!今回取り上げるのは『WAVES/ウェイブス』
日本では2020年に公開された映画で、『ムーンライト(2016)』『mid90s(2018)』『ミッドサマー(2019)』など、ユニークで芸術性の高い作品を手がけてきた気鋭の制作・配給会社「A24」が、その地位を確かなものにした名作だ。あとでも紹介する通り、全31曲からなるプレイリストから脚本を膨らませるという独自の制作プロセスが最大の特徴で、ヒップホップ/R&B好きにとってはまさに必聴の映画なんだ。

『WAVES/ウェイブス』とは?

高校生タイラーは、成績優秀なレスリング部のエリート選手。厳格な父親の教育にうんざりしつつも、充実した高校生活を送っていた。しかし肩の怪我や恋人の妊娠などによって人生の歯車が狂い始め、徐々に自暴自棄になっていく。そして取り返しのつかない過ちを犯してしまい、それは友人や家族を巻き込む事態に……。

『WAVES/ウェイブス』を見るべき
5つの理由

①音楽好き必見!
「プレイリストムービー」という
斬新な制作プロセス

監督のトレイ・エドワード・シュルツは、映画制作を始めるにあたって、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマー、タイラー・ザ・クリエイターなど、錚々たる顔ぶれによる曲を集めたプレイリストを作成し、それぞれの曲の内容や空気感にリンクしたシーンを撮るという手法で物語を紡いでいった。そんな全31曲からなるプレイリストはこちら。

 

こちらを見ると、年代もジャンルもかなり幅広いことが分かるけど、そんなバリエーション豊かな音楽に引っ張られることのないナチュラルなストーリー展開も見事!
例えば、恋人に対して「もっと私に関心を持ってほしい」と、切なく訴えかける曲、H.E.R「Focus」が流れるシーンでは、まさにこのリリックの内容にリンクした、恋人同士のすれ違いのシーンが描かれている。

Me (Me, me, me) / Can you focus on me? (Me, me) / Baby, can you focus on me? (Focus on me) / Babe
(私を見て / 私に集中してくれる? / ベイビー、私に集中してほしいの / ベイビー)

曲の意味を知ったうえで鑑賞すると、より登場人物に感情移入できるだろうし、逆に、ここで使用される音楽も特別なものとして見る人の胸に刻まれる。そうやって音楽に比重を置いた鑑賞を可能にしているのが『WAVES/ウェイブス』の最大の魅力なんだ。
音楽を映画の重要な要素として位置付けた今作は「ミュージカルを超えたプレイリストムービー」と称され、公開時には多くの音楽ライターやアーティストが「すごい映画が出てきた!!」と反応を見せた。

②兄妹の対比を通して
人生の浮き沈みを描く

この映画には2人の主人公が登場する。父親によるマッチョな教育にストレスを抱える兄・タイラーと、その兄の過ちのせいで周りから差別され一時期は心を閉ざしてしまうものの、徐々に自分を取り戻していく妹・エミリーだ。

この2人には、社交的/内向的、男/女、自堕落/再生など、対照的な要素がいくつか見られる。

エドワード監督はインタビューの中で、この2人の主人公を登場させるにあたって陰と陽の思想(半分ずつに分かれた2つの心が合わさって1つになる考え)からヒントを受けたと話している。つまり、「妹の人生が善くて兄の人生はダメだ」という対比ではなく、誰しも生きていれば希望と絶望の両方を経験するし、時に乱暴にもなる時もあれば、逆に引っ込み思案になってしまう時もあるよねというメッセージが隠されている。

人生の浮き沈みや、あなた自身の二面性とどう向き合っていくかというのは、とても難しいテーマだね。

③フロリダの豊かな自然を
ダイナミックに映した映像美

『WAVES/ウェイブス』の舞台はフロリダ。制作が始まる数年前に、地元・テキサスからフロリダに移住したエドワード監督は、そのあまりの美しさに「インスピレーションを刺激される魅力的な場所」と称賛し、フロリダをそのまま今作の舞台にすることを決めたんだ。

作中には、美しい海や空が効果的に映されるし、建物や道路さえもなんだかクールだ。そこに加え、朝焼けやマジックアワーを彷彿とさせるスペクトル(光色を意図的に操作し、感情的な効果を演出する照明技法)を用いることで、登場人物たちの心境を巧みに表現している。
音楽の演出やキャストの名演もさることながら、抜群の映像美もまた、この映画を繰り返し見たくなる要素の1つ。フロリダにも行きたくなる!

④監督は31歳という若さ!
自身の実体験を落としこんだ意欲作

トレイ・エドワード・シュルツ監督は公開当時、31歳(なんと高校生の頃からこの映画の構想をあたためてきたそうだ)。キャリア3作目とのことだが、これでこの完成度だからその才能の高さがうかがえる。
さらに驚くべきポイントは、主人公・タイラーの「父親による厳しい教育のものレスリングに励み、ついには怪我をした」という部分が、エドワード監督の実体験だったということ。インタビューの中でも「僕が育ったアメリカ南部、テキサスの文化は、”男は泣くな”という考えを重んじ、脆さというものを受け入れなかった」と語っている。
それにしても、過去の挫折の体験に向き合い、壮大な映画作品で再現するとは……。ある種のトラウマと向き合うハードな制作期間だったに違いない。

見どころ①でプレイリストムービーの話をしたけど、もしかすると今作のプレイリストに選ばれた曲は、エドワード監督が自身の人生を振り返った時に、印象深い曲として浮かんだのかもしれないね。

⑤家族愛という言葉だけでは
語れない複雑さと“赦し”

父親の教育に反発するタイラー。兄のせいで心を閉ざしてしまうエミリー。夫の家父長制ぶりに辟易する母・キャサリン。そして大黒柱の役割をまっとうしてきたはずが、家族との距離を感じて戸惑う父・ロナルド。
絆はあるはずなのに、みんなが何を考えているのかが分からず途方に暮れる彼ら。それでも徐々に対話を試み、相手を理解しようと努める。そんな家族の関係性の“浮き沈み”もこの映画の1つのテーマと言える。特に、終盤でエミリーと父親が2人で本音を語り合って赦しあうシーンは、静かなシーンながら、否、静かなシーンだからこそ強く胸を打たれる。

トレイ・エドワード・シュルツ監督の経験がどれくらい再現されているかは分からないけど、彼が人生を振り返りながら制作したからこそ、リアリティが宿った作品として多くの人の心を掴んだに違いない。観たことがない人もある人も、ぜひチェックしてみて!

画像出展元:『WAVES/ウェイブス』公式サイト

配信先:Netflix