『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』を観るべき理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.136

ヒップホップ史上最高のリリシストの生い立ちに迫ったドキュメンタリー

ライター:TARO

「ストリートヘッズのバイブル」では音楽や文化の知識を知ることができる映画や本を紹介していくよ!今回取り上げるのはドキュメンタリー映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』。

『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』とは?

ヒップホップ史上最高のリリシストとされるNas(ナズ)の伝説的デビューアルバム『Illmatic』の制作背景を中心に、ナズの生い立ちに迫ったドキュメンタリー映画。ニューヨークのクイーンズブリッジ・プロジェクトでの過酷な少年時代、両親や友人との関わり、そしてアルバムに参加したDJ Premier(DJプレミア)、Q‑Tip(Q・ティップ)、Large Professor(ラージ・プロフェッサー)らが語る制作秘話などを収めた貴重なドキュメンタリーだ。

①ヒップホップ史上最も偉大な40分間。
屈指のクラシック『Illmatic』誕生秘話

90年代の東海岸を代表するプロデューサー陣が総力を上げて作り上げたサウンドと、当時まだ若干20歳の青年だったナズの卓越したリリシズムが融合した名盤『Illmatic』。Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)やAlicia Keys(アリシア・キーズ)、Erykah Badu(エリカ・バドゥ)など、後に登場する多くのアーティストに多大な影響を与えた作品であり、1994年のリリースから30年以上経った現在でも世代を超えて多くのファンから愛されている。『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』では、ナズの生い立ちや家族、当時の関係者などの証言を振り返りながら、ナズというラッパーが形成される課程、そして『Illmatic』に込めた思いに触れていく。幼少期の両親との関わり、親友のウィルの存在、そしてあの伝説のジャケット写真の撮影秘話などこの作品でしか知ることができないエピソード、ナレッジが盛りだくさんであり、作品時間の1時間15分があっという間に感じるヘッズなら必見のドキュメンタリーだ。

② 神の子ナズ。
世界を変えたリリシズムとは?

他のラッパーたちと一線を画す深遠な詩的世界観を持つナズ。『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』では“God’s Son(神の子)”と称される所以のそのリリシズムがいかに当時のシーンで衝撃を与えたかについても触れている。特にナズが『Illmatic』をリリースしたレコード会社、「コロムビア・レコード」で当時新人発掘担当だったフェイス・ニューマンのエピソードはナズのリリシズムがいかに別格だったかを物語るもの。彼女はナズが参加したMain Source(メイン・ソース)の「Live At The Barbeque(1991)」でのナズのヴァース、「When I was twelve, I went to Hell for snuffin’ Jesus(12歳、ジーザス吸って地獄行き)」を聴いて衝撃を受けて「この子を見つけ出そう」と思ったんだって。

一発のパンチラインでレコード会社に契約させたいと思わせるってヤバすぎだよね。

③薬物、貧困、犯罪…
― アメリカ社会の差別と病理

ラップというアートの面だけでなく、社会学の側面からもヒップホップ文化を学べるのがこのドキュメンタリーの見所の一つ。特にアフリカ系アメリカ人の文化史研究の第一人者であり、大学教授・社会活動家のCornel West(コーネル・ウェスト)博士が解説する1940年代から1960年代のアメリカにおける住宅環境の歴史と人種問題は1970年代以降のニューヨークにおけるヒップホップカルチャーの誕生に大きく関連するものであり、ヒップホップ好き、ブラック・ミュージック好きなら必聴だ。またナズ本人が振り返る1980年代〜90年代のクラック(吸引しやすくしたコカインの塊)の流行や、A Tribe Called Questの(ア・トライブ・コールド・クエスト)のQティップが語る黒人の若者が直面している様々な課題などヒップホップという文化を理解する上でとても大切な内容を学ぶことができる。

④ 母、父、そして次の世代へ。家族の物語

『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』が取り上げているのは、ナズのアーティストとしての部分だけではない。父や弟など家族のインタビューを通して見えてくる彼のパーソナルな部分を知ることができるのもこのドキュメンタリーの大きな魅力。特にナズに大きな影響を与えた両親とのエピソードを知ることができるのはこの『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』ならではだ。ナズの父であるオル・ダラは全米やヨーロッパを巡業するジャズ・ミュージシャンであり、大の本好き。オル・ダラが買ってきた本には、聖書に始まり、エジプトや中国の哲学、そしてアフリカの歴史など様々な書物があり、書籍を通して幅広い知識に触れたことが後のナズのリリックの唯一無二の世界観、ワーディングに繋がっているんだ。ちなみにオル・ダラは『Illmatic』収録の「Life is a bitch」でコルネットの演奏で参加しているよ。

そして料理上手で明るい性格だった母アンはナズと弟にとって本当に大きな存在。オル・ダラとの離婚後、実質的にナズと弟のジャバリを育てた存在であり、彼女の存在なくしてはラッパー・ナズの誕生はありえない。両親の存在がいかにナズにとって大きなものだったか、ぜひこのドキュメンタリーを通して感じてみて欲しい。

⑤ハーバードに刻まれたナズの名

アメリカの最高学府の一つ、ハーバード大学。ドキュメンタリーの後半ではハーバードににあるヒップホップ資料室にてナズの本名、ナジーア・ジョーンズの名を冠した奨学金、“ナジーア・ジョーンズ・ヒップホップ・フェローシップが設立される様子にフィーチャーする。

ナズ自身、ドキュメンタリーの中で「自分の周りに、大卒のやつなんていなかった。友達はみんな死んでるか、ストリートで生きてるか、行方不明かだ。あのアルバムを出した時にハーバードに招かれるなんて予想できるか?」と発言しているように、アメリカ社会で黒人の貧困層の若者が成り上がるのは非常に難しいというのが現実だ。それをラップというアートフォームで成し遂げたナズだからこそ、この“ナジーア・ジョーンズ・ヒップホップ・フェローシップ”は経済的に、そして環境的に苦しくても、将来に目標を持って取り組む学生にとって、より意味合いの深い、価値のある支援制度なんだ。

ヒップホップというアートフォームの可能性を示してくれる間違いなくリアルなドキュメンタリー、『Nas/タイム・イズ・イルマティック 』。まだ観たことがない人はぜひチェックしてみてね!

画像出典元:Tribeca Films

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