みんな文化ディグってる?
「ストリートヘッズのバイブル」ではヒップホップ好きにオススメの映画を紹介していくよ。
今回取り上げるのは90年代のロサンゼルスを舞台にしたスケートボード映画『mid90s ミッドナインティーズ』。家庭に居場所がない少年がスケートボードを通して信頼できる仲間と出会い、自分の世界を広げていく青春映画だ。
スケートボードの疾走感とともに、子供から大人への成長がヒリヒリとした痛みをともなって描かれている。
『mid90s ミッドナインティーズ』ってどんな映画?
母子家庭で育つ13歳のスティーヴィーは、種違いの兄から日常的に暴力を受け、鬱屈とした日々を送っていた。
そんなある日、彼はスケートボード・ショップで、自由でクールなスケーターの少年たちと出会う。彼らの仲間に入るためにスケート・ボードの練習に励むスティーヴィーは、自分の居場所を見つけ、思春期特有の痛みを乗り越えながら成長していく。
『mid90s ミッドナインティーズ』を観るべき5つの理由
①圧倒的な90年代カルチャーの再現度
劇中の街並みもファッションも90年代がくまなく再現されていて、懐かしのアイテムも散りばめられている。ストリートファイターのTシャツ、スーファミのコントローラーなど今の30〜40代には刺さるアイテムが盛りだくさんだ
スティーヴィーの兄であるイアンの部屋にはヒップホップ雑誌『ザ・ソース・マガジン』が積み上げられ、ラップのCDがずらりと並べられている。劇中で流れる音楽も90年代にヒットした楽曲が使われており、監督のジョナ・ヒルいわくすべてのシーンを音楽に合わせて書いたというほどのこだわりを見せている。シーンにおける登場人物たちの情景描写を音楽が担っている部分も多い。
例えば、スティーヴィーが初めてスケートボードショップを訪れるシーンで流れているのは90年代のカリフォルニアを代表するヒップホップグループ、Souls Of Mischief(ソウルズ・オブ・ミスチーフ)の「93 ‘Til Infinity(1993年から永遠に)」。この選曲からジョナ・ヒルの「青春時代よ、永遠に」というメッセージが感じとれるよね。
対して、ラストのビデオで流れているのはThe Pharcyd(ファーサイド)の名曲「Passin’ Me By」。タイトルは「通り過ぎていく」ことを意味し、ティーンエイジャーの時の学校での思い出や淡い恋心を歌っている曲だ。少年たちの切ない青春が終わりを迎えつつあることを意味しているのかもしれない。
ヒップホップ好きであれば、ヒップホップ黄金時代と呼ばれる90年代の空気感を存分に味わうことができるね。
②カルチャーに救われたことがある人に響く、普遍的なテーマ
世界のすべてが学校と家になりがちな思春期において、外の世界と自分とを結んでくれたカルチャーの存在に救われた人も多いだろう。
両親との不仲、馴染めないクラスメイト、ソリが合わない先生…ウンザリする現実からの逃避先として出会ったカルチャーは、日常を鮮やかに彩ってくれる。
それは音楽やスポーツ、そして漫画やアートであったり人それぞれだが、スティーヴィーにとってはスケートボードだった。家に男を連れ込む母親や暴力を振るう兄から飛び出し、興味をもった世界へと一歩踏み込んだことで、彼ははじめて自分の居場所を獲得し、思いっきり呼吸する世界を見つけることができたんだ。
自由でクールに見えたスケーター仲間たちも、実はそれぞれ家庭に問題を抱えていることからも、スケートボードが周囲の抑圧からの解放であり、自分らしく在るための拠り所だと伺える。
カルチャーを通して自分を獲得し、世界を広げていった人なら誰もが共感できるテーマだ。
③ジョナ・ヒル監督の半自伝的映画
この作品は、映画「マネー・ボール」や「ウルフ・オブ・ストリート」で名脇役を演じているジョナ・ヒルの初監督作品。顔を見れば、あの人か!と思い出す人も多いはず。
青春時代にいろんなカルチャーに触れていたジョナ・ヒルだったが、初監督作品としてスケートボードを題材にしたのは、自分を形作る12歳〜14歳の頃にハマっていたのがスケートボードだったからだ。
小説のデビュー作や映画の初監督作品には、その人の人生が色濃く映されると言われるが、この映画も彼が過ごした青春時代である、90年代が映し出されている。
さらにコメディな役柄を演じたことで、批判を受けることが多かったジョナ・ヒルの葛藤も生かされ、本作では自分のままであり続けることの大切さを訴えかけている。思春期特有の自己否定を経験し、ヒリヒリとした青春時代を過ごした人なら胸も打たれる傑作に仕上がっている。
④プロスケーターたちのありのままの演技
主人公のステーヴィー演じるサニー・スリッチをはじめ、本物のプロスケーターを起用しているのもこの映画の特徴だ。
Supremeやadidasに所属するナケル・スミスや、モデルとしても活躍するオーラン・プレナットなど、本作が長編デビュー作という者も多いが、演技に違和感はまったくない。プロのスケーターたちが持つ自分らしさを貫く姿勢がそのまま生かされ、リアルで自然な演技が展開されている。それは監督のジョナ・ヒル自身が脚本のセリフも役者たちが普段使う話し言葉にアレンジすることを推奨し、リアルな会話を練り上げていくことにこだわったから。
「自分で在り続けること」の自己肯定を描いたという今作には、そんなスケーターたちの飾らない演技も一役買っている。
もちろん、スケートボードの技を決める姿もすごくかっこいい。16mmフィルムカメラの中でのびのびと滑り、みずみずしい演技をする彼らに興味が湧いたなら、ぜひ本業の映像もチェックしてみては?
⑤マチズモに対する戒め
今でこそ男性の生きづらさにも焦点が当てられているが、90年代に男性が弱音を吐くことは受け入れられず、強い生き物としての役割を求められていた。
集団から排除されることは許されず、居場所を得るために背伸びや無茶をする。仲間に舐められることが一番恥ずかしいことで、わざと露悪的な毒づき方をしたり、異性を腐したりする。あどけない笑顔から、性根は優しいことが伺えるスティーヴィーも、仲間に合わせるために13歳にしてタバコを吸ったりお酒を飲んだり、ドラッグに手を出したりしていて、なんとも痛々しい。
そんな90年代の苦い側面をそのまま描いているのには、ジョナ・ヒル自身が、そんな歪んだ男性性を見つめ直したかったという意図もあったそうだ。
未熟だからこそ痛々しい彼らの行動をみることで、自分の振る舞いを振り返るきっかけにもなるかもしれない。
最後にアメリカのスケートボード会社Girl Skateboardsのビデオ「MOUSE」を紹介しておく。
ジョナ・ヒルが敬愛する監督のひとりであるスパイク・ジョーンズが1996年に製作したスケートボードムービーだ。今もカッコよさが色褪せない、90年代のスケートボードを観てみてほしい。
画像出典元:A24
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