芸人・永野を覚醒させたエミネムの革新性。スリム・シェイディから始まった永野伝説とは?

売れない時期を支えてくれた高円寺のゲオと「My Name Is」のリリック

ライター:TARO

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人にインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月は芸人界随一の音楽通であり、音楽とカルチャー愛を語りまくる『オルタナティブ – 落ちこぼれ芸人・永野に寄り添った人、音楽、映画たち』を出版されたお笑い芸人・永野さんに4回に渡ってお話を伺います。強烈なインパクトで知られる永野さんの芸風を作り上げた、“オルタナティヴ”な音楽たちとは?

前回の記事はこちら→「孤高のオルタナ芸人・永野を作ったレッチリ、ベック、そしてリンプ・ビズキット」

永野に衝撃を与えた99年のファースト・アルバム「The Slim Shady LP」

レペゼン:
今回は売れない時期に勇気をもらったヒップホップを教えてください。

永野:
エミネムですね。もうめちゃくちゃ世代というか。
自分、ロック界が2000年ぐらいに一区切りしたと思ってて。当時、ロックではもう新しいことが一個もないってなってたんすよ。そのタイミングで99年にエミネムが登場するんです。

レペゼン:
メジャー・ファーストアルバムの「The Slim Shady LP」のリリースが1999年ですもんね。

【1999年のメジャー・ファーストアルバム「The Slim Shady LP」】

永野:
そうそう。このポリコレな時代にめっちゃくちゃ怒られること言いますけど、自分は田舎者で、そのときって、映画とかも主人公が白人なんですよ。自分が多感な時って本当に白人ばっか出てくる。黒人やアジア人はあまり出ない。

レペゼン:
確かに90年代から2000年代初頭のハリウッド映画はまだまだそういう風潮がありましたね。

永野:
今は普通に出るじゃないですか。アジア人も黒人も。
音楽もそんな感じでした。
だからエミネムでヒップホップというものを教えてもらうわけですよ。

レペゼン:
わかります、当時はそういう方が多かったと思います。

永野:
残念ながらNasではないみたいな。
今は黒人の人にかっこいいっていうのがあるんですけど。

レペゼン:
でも時代ですよね。
どうしてもUSのメディアや音楽で、白人の方がメジャーに取り上げられることが多かったというか。

永野:
そうなんです。
ただロックも結局は黒人の方がルーツじゃないですか。
チャック・ベリーであったりね。エルヴィスが黒人の歌い方をして、白人が黒人から音楽を奪ったみたいなことなんですよ。

レペゼン:
確かに。

永野:
ヒップホップも黒人が生み出したわけじゃないですか。でもそこを知らなくて。エミネムも自虐的に言ってるんすよ。俺はエルヴィスと一緒だって。

「Without Me」

I am the worst thing since Elvis Presley
To do Black music so selfishly
And use it to get myself wealthy

オレはエルビス以来、最悪の存在
ブラック・ミュージックを自分勝手にやって
金儲けのために使ってる

レペゼン:
「黒人の文化を盗用して儲けてる」ってことですよね。

高円寺のゲオで読んだ「My Name Is」のリリックの衝撃

永野:
で、エミネムが何言ってんのか知りたいなってなって。でもリアル・ゲトーな生活を送っててCD買う金ないから、当時住んでた高円寺のゲオに行って、歌詞カードを立ち読みしたんすよ。

レペゼン:

永野:
パーって「My Name Is」読んだら、びっくりして。

レペゼン:
特に何が衝撃だったんですか?

永野:
僕はそれまで白人はどっちかというと裕福で、黒人の人は大変ってイメージがあったんです。
ただエミネムの歌詞を読んだら、ホワイトトラッシュ(貧しい白人)で。

レペゼン:
すごい自虐のリリックですもんね。

永野:
そう!
「My Name Is」はいきなり授業みたいに「みんな暴力は好きかい?」から始まって。当時人気だったロック・バンドのNine Inch Nailsナイン・インチ・ネイルズ)をモジったりしてて。なんかその辺りもSNSみたいな感じがしたんすよ。

*Nine Inch Nails:1988年結成のアメリカのオルタナティヴ・ロックバンド。ダークで内省的な世界観、そして過激なパフォーマンスで90年代のロックシーンを席巻した。「My Name Is」の冒頭では、Hi, kids, do you like violence?Wanna see me stick nine-inch nails through each one of my eyelids? (みんな、暴力は好きかい?オレがまぶたに9インチの釘を刺してるのを見たいか?)という形でネタとして使われている。

レペゼン:
SNS?

永野:
ロックって結局普遍的なことを言ってるんすね。
100年後も残るような。だけどエミネムの歌詞は逆で時事ニュースみたいだなと。

レペゼン:
確かに当時人気だったナイン・インチ・ネイルズをサンプリングするのはめっちゃタイムリーですよね。

永野:
そうなんです。
それって100年後とか考えない、ロックにはない感覚というか。
パンクっぽいなと思ったんです。

レペゼン:
面白いですね。

永野:
テレビでやってた「My Name Is」のMVの記憶と歌詞をあてはめて、頭で鳴らして。こいつは応援していこうと思いましたね。CD借りてもないんで、1円も払ってないんですけど。

レペゼン:

伝説の始まり “永野シェイディ” の誕生

永野:
あと僕、エミネムの“スリム・シェイディ” のキャラクターに本当に感動したんすよ。

レペゼン:
本来の自分とは違う、スリム・シェイディという別人格が歌っているという設定ですよね?

永野:
そうそう。
それで、近所の図書館で歌詞カードとエミネムの本を読んだんすよ。

レペゼン:
へー!

永野:
もう感銘を受けて。ぶっとんだ人格の設定って、あんまりいないよなと。自己のヤバい部分の増幅というか。

レペゼン:
確かに。

永野:
自分にもそういう人とずれてるヤバい部分があったんですよ。
自分はそれを言われるのが嫌だったんですけど。例えば“ 喉に餅が詰まった新沼謙治 ”っていうネタとか、そんなトリッキーなことをやってる感覚はないけど、いろんな人に「そんなんじゃ売れないよ」って言われてて。

レペゼン:
なるほど。

永野:
実際全然売れないし。でも今更別の方向性の列に並んでもって感じだし。

レペゼン:
確かに。

永野:
それでむしろ自分のヤバさで対抗するしかないんじゃないかなと思って、エミネムをみて、ヤバいのをぶわーって増幅したんすよ。

レペゼン:
まさにスリム・シェイディすね。

永野:
そう。その頃、今LOFT9 Shibuyaの店長やってる石崎さんっていう人が僕のことを応援してくれてて、イベントやってみない?って言ってくれて。それでその増幅させた本当にヤバいネタを披露した。そしたらアングラで話題になって、結構そっから仕事が増えていったんですよね。

レペゼン:
すごい!

永野:
だから僕、石崎さんのことドレーって呼んでるんです。僕がエミネムで。彼がドレー。
気持ち悪いネタやってて全然ダメだった。けどドレーが、ロフトで何かイベントやってくださいって言ってくれて、それで全部変わったんで。

レペゼン:
めっちゃ恩人ですね。

永野:
そうなんです。
石崎さんにはマジで感謝してますね。

 

プロフィール

  • 永野(ながの)

    永野(ながの)

    お笑い芸人。音楽や洋画に造詣が深く、特に10代から聴き始めたロック音楽に関しては芸能界随一の知識を持つ。2014年に「ゴッホより、普通に、ラッセンが好き」というフレーズを叫びながらダンスするという強烈なインパクトのネタでブレイクし、全国区に。また芸人としての活動の傍ら、清水康彦、斎藤工、金子ノブアキらと共に映像制作プロジェクト「チーム万力」を結成し、長編作品「MANRIKI」を発表。2017年からはももいろクローバーZの高城れにとのツーマンライブ「エキセントリックコミックショー 永野と高城。」を開催している。近年はYouTubeチャンネル「永野CHANNEL」にてロックやヒップホップ、そして洋画についてのトークを発信し、今年は音楽や映画に対する熱い想いを綴った書籍「オルタナティブ(リットーミュージック)」を出版するなど多方面で活動の幅を広げている。

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