目 次
ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストはプロ歌人・野口あや子さん。クラブでのバトルライブからウィーンの舞踏会まで……。ラップを始めたことをきっかけとして、いろんな世界にアクセスするようになった野口さん。ついには短歌のスタイルにも変化が…!?
前回の記事はこちら→ TOKONA-Xのリリックに感じたのは……短歌シーンとの共通点!?歌人・野口あや子の怒涛の大学時代
さらに視野を広げるべく
目指すはまだ見ぬ「短歌と◯◯」

レペゼン :
10代から歌人として活動されてきた野口さんですが、今後、短歌を通してやっていきたいことはありますか?
野口 :
なんだろう。短歌の活動っていうと教える仕事と雑誌での活動と歌集と、朗読くらいなので、もっと広げる場所があると良いなと思っています。短歌以外の分野の方と分かり合えるとこちらも視野が広がるので、そういうコラボレーションは引き続きやっていきたいです。
レペゼン :
そういえば第一回目でも、短歌朗読とダンスのコラボレーションについて話されていましたが、ここでのダンスとはどんなジャンルなんでしょう?
野口 :
現代舞踊(*)ですね。私が与謝野晶子の短歌を読みながら、ダンサーさんが紙500枚と共に踊り狂うというものです。
※ … 特定の技術に縛られず、自由な表現と身体の動きを追求する現代のダンス芸術。コンテンポラリー・ダンス。日本の「舞踏」なども含まれる。
レペゼン :
壮大ですね!ヒップホップなど、ストリートダンスと朗読のコラボなどはありますか?
野口 :
これまではやったことなかったんですが、ちょうど今年の8月に名古屋でやる予定です。ストリートダンスとロック系のバンドと私のラップで、「とりあえず即興でなんかやってくれ」って言われて笑
レペゼン :
即興セッションですか!面白そうですが、パフォーマンスする側にとっては難易度が高そうですね。
エッセイに短歌にリリックも!
盛りだくさんの初エッセイ

レペゼン :
野口さん初のエッセイ集『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』についても改めてお聞きしたいと思います。まずは特に注目してほしいポイントについて教えていただけますか?
野口 :
この連載(*)が始まるって決まった後、編集社の担当の方から「野口さん、リリックも書いてくれません?」って話があったんです笑
※ … 小学館のウェブメディア「読書百景」での月一のエッセイ連載が元企画。
レペゼン :
エッセイだけでなくリリックもですか!
野口 :
はじめのうちは「これは大変だ……」と思っていたんですが、自分のリリックを書いているうちにだんだん楽しくなっていきました。なのでその部分もぜひ読んでいただきたいです。
レペゼン :
もちろん短歌も書き下ろしされているそうですが、まさに短歌とラップを扱う野口さんならではの内容ですね。
“かます”ことを会得して…
向かうはウィーンの舞踏会!?

レペゼン :
ラップ活動の経験やその時の感情が綴られているということですが、なかでも印象深い内容はありますか?
野口 :
ラップバトルに出て負けた時に、自分が逆セクハラをしてしまった時のことですね。男性が女性ラッパーにセクハララップをかますことはよくあると思うんですけど、バトル中、かなり混乱した状態でこちらから相手の男性ラッパーに逆セクハラバトルをかましてしまって。そのことをリリックでまとめて「そうじゃない」と書いています。
レペゼン :
なるほど。そのリリックにはタイトルもつけられているんですか?
野口 :
はい。これは「Im in toilet」というタイトルです。というのも、そのバトルの後、ライブハウスのトイレの中で、衣装の着物から私服に着替えながら考えたリリックなんです。
レペゼン :
めちゃくちゃリアルですね。
野口 :
あとはラップでヴァイブスをかますことを覚えた経験から、なぜかウィーンの舞踏会に行くことになったという内容もあります。
レペゼン :
舞踏会!?笑
一体どんな経緯で参加することになったんですか?
野口 :
歌人で小説家の小佐野 彈(おさの だん)さんという方がいて、彼は社交界との繋がりもある方なんですが、以前から「野口を舞踏会に連れていきたいからラップをやれ」って言ってくれていて。
レペゼン :
それはまたどうしてですか?
野口 :
もともと私は、学力もないし、体も弱いし、短歌以外の難しいこともわかんないし……という「私なんて」みたいなものが長年染み付いてて。それを「もっとオラオラさせろ」って言って「オラオラ矯正器具」をつけてくれたのが小佐野彈さんなんです。ラップ以外にも「ハイヒールを履け」とか「英語をやれ」とかいろいろ言われて。
レペゼン :
行動を変えたり新しいことを始めたりすることでメンタルも変わっていくはずだというわけですね。
野口 :
そうです。ラップってやっぱり自分を大きく見せるじゃないですか。
レペゼン :
はい。いわゆるセルフボースティングというものですね。
野口 :
それを意識してサイファーに参加したりするうちに本当に気持ちが前向きになってきたんです。それで「もう舞踏会行けるね」ってなって、小佐野さんと一緒にウィーンに行き、舞踏会のフロアのど真ん中で回転を決めるという経験をしました。そうやって堂々と振る舞う姿勢はラップから学びましたね。
レペゼン :
すごい!ヒップホップのエンパワーメント性を改めて感じます。
「こんなこともできるんだ」
短歌×ヒップホップの相乗効果

レペゼン :
ラップの活動に打ち込んだり、それこそ連載の中でリリックを書いたりすることで短歌に影響が出ることはありましたか?
野口 :
拍の取り方はかなり変わったなと思います。あと、『短歌研究』という短歌誌で「御簾(みす)のうちなるconversation」っていう連作を作ったんですが、それも「ラップの影響を受けてるね」と言われました。
レペゼン :
めちゃくちゃ面白いですね!例えばどんな短歌ですか?
野口 :
例えば、こういう歌です。
あかねさす ルブタンでGet on したいタクシー 気分は朧月夜だ
「あかねさす」「ルブタン」で赤を表現しながら、「Get on」という言葉をラップから引用しています。さらに「朧月夜(おぼろづきよ)」は、『源氏物語』に出てくるヒロインの名前なんですけど、彼女は二股をするような強い女なんです。書いてみて「あ、こんなこともできるんだ」って思いました。
レペゼン :
素敵です。ラップと短歌の世界観がハイブリッド式になっていますね!
人生を救ってくれた
Awich&ANARCHYのラップ
レペゼン :
短歌のスタイルだけでなく、野口さんの生き様にも影響を与えたと言えるヒップホップですが、特に勇気をもらえたラップソングを教えていただけますか?
野口 :
『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』の企画の核にもなったのは、AwichとANARCHYの「やっちまいな」ですね。
【Awich – やっちまいな (feat. ANARCHY)】
レペゼン :
こちらもタイトル通り、アグレッシブな曲ですよね。どこが好きなポイントですか?
野口 :
自分の負の体験というのをなんとか払拭したいと思っていた時にこの曲と出会ったんですが、ANARCHYの
押しちゃいけないボタンを押したの向こうだ
仕方ない消えてもらう
とか
売られた喧嘩はきっちり買うけど
耳を揃えてお釣りは貰う
というリリックに、悲しむだけではない、図々しい喧嘩の買い方や図太い生き方みたいなのが感じられて、とても力をもらったんです。
レペゼン :
良いですね。ちなみに野口さん自身、ラップを通して徐々に獲得してきた「オラオラ感」は、短歌にも表れたりするものなんでしょうか?
野口 :
必要以上に侘しい感じはなくなりましたね。ラップを始める前は内省的な歌が多かったんですけど、「いかにシーンをかっこよく切り取るか」みたいな方に少し寄った感じはあります。例えば最近、クラブにもちょっと行くようになったんですけど、クラブのことを短歌にしたらブルー・オーシャン(競争相手がいない未開拓の領域)なんじゃないかなって。なので取材としてクラブにも通おうと思います笑
レペゼン :
間違いないですね。野口さんの短歌に、これからどんなヒップホップ的描写が出てくるか、とても楽しみです。というわけで、今回は貴重なお話をありがとうございました。
野口 :
ありがとうございました。
プロフィール
-
1987年岐阜生まれ、名古屋在住の歌人。名古屋芸術大学非常勤講師。 2006年、「カシスドロップ」にて短歌研究新人賞受賞。2010年、第一歌集『くびすじの欠片』にて現代歌人協会賞を最年少受賞。ほか歌集『夏にふれる』『かなしき玩具譚』『眠れる海』。岐阜新聞にて月一エッセイ「身にあまるものたちへ」連載中。 近年はラッパーとして、サイファーやラップバトルへの参加も積極的に行うほか、2026年3月にはラップに傾倒するきっかけや活動内容、姿勢、さらに書き下ろしの短歌と歌詞を記した著書『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』を発売。短歌とラップを扱う新しい表現の担い手として注目を集めている。

