とにかく文字に飢えていた。ヒップホップ好き歌人・野口あや子の波乱に満ちた10代

短歌に打ち込みながらヘビロテしていたのは、踊れるあの曲!

ライター:ほりさげ

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストはプロ歌人・野口あや子さん。幼少期から高校時代の思い出に迫ります。17歳で短歌結社の門を叩き、19歳という若さで短歌研究新人賞を受賞した野口さんは、どんな子ども時代を過ごしたのだろう!

前回の記事はこちら→   短歌とラップの二刀流で流麗にスピット!ラップの“沼”に出会ってしまった天才歌人・野口あや子

少女漫画がわりに
愛読した源氏物語

レペゼン :
出身は岐阜県とのことですが、幼少期の思い出を教えていただけますか?

野口 :
地元はバスも通っていないような田舎だったんですが、父親と毎週図書館をはしごして回るのが大好きでした。早い段階から大人向けの本にどんどん手を出していったりもして、ほんとに本の虫でした。

レペゼン :
その頃から既に文芸家としての片鱗が見えますね。

野口 :
ただ集団生活がかなり苦手で、小4か小5の時から不登校になるんです。でも、それも私の中ではあんまり不幸な不登校感はなくて。たぶんいじめられてたんですけど、いじめられていたことを認識せず、「この人たち冷たいけどまあいいや」みたいな感じでした。しかも不登校なのに給食が揚げパンの日は行くみたいな笑

レペゼン :
不登校ながらマイペースでもある感じだったんですね笑
小学校を卒業後、中学時代はいかがでしたか?

野口 :
中学は不登校に加えて摂食障害にもなってしまったんです。その時はとにかく文字に飢えていたので本をたくさん読んでいました。恋にも目覚める頃だったんですが、少女漫画は禁止だったので、一番やばそうな恋の本を探した結果、『源氏物語』(*)にハマるという笑

※ … 平安時代中期に成立した日本の長編小説。主人公・光源氏(ひかるげんじ)の生涯や恋模様と、その息子・薫(かおる)の成長が、約70年分にわたって綴られている。作者とされる紫式部は平安中期における和歌の名手の1人でもある。

レペゼン :
かなり異彩を放っている子ども時代だったんですね。しかもその頃から既に古典文学に親しまれていたとは。

平安歌人、和泉式部の
やんごとなきBad B*tch伝説

レペゼン :
短歌はいつ頃から始められたんですか?

野口 :
ファッション科がある高校に入ったものの3ヶ月で辞めてしまうんですが、その後何か趣味を作ろうと思って、演劇と同時に短歌を始めました。岐阜の「幻桃」という短歌結社(*)に入って自分の祖母くらいの年齢の師匠につき、いつしかそれが生き甲斐になっていました。

※ … 共通の理念のもとに短歌を創作・発表する人々が集まる組織。現代短歌における活動の基盤とされる。ヒップホップで例えるならばレコードレーベル。

レペゼン :
短歌に興味を持ったのも『源氏物語』のような古典文学がきっかけだったんですか?

野口 :
もともと百人一首の暗記が好きだったんです。特に和泉式部(*)が特に好きで。

※ … 平安時代中期の伝説的な女流歌人。

レペゼン :
おお!たしか和泉式部は、それこそ恋愛要素も多い歌人ですよね?

野口 :
はい。実は彼女はすごくバッドビッチなんです笑
というのも、『和泉式部日記』の中にカーセックスをしたという記述があって。

レペゼン :
そうなんですか!?笑
その時代の「カー」ということは……牛車とかですか?

野口 :
はい。当時は男が女のところに通う(夜這い)のがしきたりで、逆に女が男のところに通うのはすごくはしたない行為とされていたんです。そのなかで和泉式部は男と牛車に乗って居候しているいとこの家に行こうとしたんですが、止められるんです。で、その夜、男の方が牛車に乗ってやってきて、いたすという。今で言えば彼氏が居候している家の駐車場で車中泊しているうちにカーセックスに及んだことになります。

レペゼン :
すごい。学校などでは教えられないようなエピソードですね笑

師匠との約束…!
大型ルーキーの執念

レペゼン :
19歳という若さで短歌研究新人賞(*)受賞という快挙を果たされました。こちらはどういう経緯だったんですか?

※ … 短歌総合誌「短歌研究」が主催する、未発表短歌30首を対象とした歴史ある公募の新人賞。

野口 :
実はその前に次席(2位)になっていたんですが、その翌年はもう師匠が取る気満々で、「あなた、今年は(賞を)獲るもんね」って言われ続けて笑
「いやいやそんなことないですよ」とかもあまり言えず、その言葉を吸い込んで頑張りすぎた結果、高校を留年するほどでした笑
周りにも「獲ります」って宣言してびっくりさせていたみたいなんですが、内心は「これで取れなかったら留年するし、ほらふきだし……」とも思っていました。結果的に獲れたので言うことなしでしたが。

レペゼン :
執念で結果に繋げられたんですね。ちなみにこの短歌研究新人賞は、10代の受賞が史上3人目だったとか?

野口 :
これも実はいろいろあって。それまでの10代の受賞者は、1人目が寺山 修司さんで、2人目が久木田真紀さんという方なんですが、この「久木田真紀」が、どうやら成り変わりだったと言われています。というのも、受賞した少女は受賞会に現れず、「親戚」と名乗る方が代わりに来て、その方名義で歌集が出されたんです

レペゼン :
え!ということは……「久木田真紀」という歌人は実在しないということですか?

野口 :
略歴では10代の久木田真紀のプロフィールになっていますが、作品が誰のものかというのは微妙なラインではあるんです。

レペゼン :
やや怖くも感じてしまいますが、ヒップホップにおける「実は本人が書いたリリックではなかった!」という話にも近いかもしれませんね。

制作費で車が買える!?
歌集リリースの裏側

レペゼン :
短歌研究新人賞を取ってからは、歌人の仕事が入って忙しくなったりしたんですか?

野口 :
10代デビューが話題になり、新聞などの取材が入ってバタバタしていた覚えはあるんですが、仕事が詰まるというよりは、「これから頑張りなさいね」と注目されるなかで、歌人としてのアティテュードを決める時期だったのかなと思います。

レペゼン :
なるほど。そのあと発表された第一歌集『くびすじの欠片』では、さらに現代歌人協会賞(*)を受賞されましたが、この歌集がベストセラーになって食べていけるとか、そういうことはあったんですか?

※ … 短歌の世界における芥川賞と言われるほど権威のある賞。当時野口さんは23歳で、最年少受賞記録を更新した。

野口 :
そうでもなかったですね。そもそも歌集を出すのにも新車一台分くらいのお金がかかったんです。なのでマクドナルドでバイトして、収入として入ってくるお金は全部そこに突っ込みました。

レペゼン :
あ、歌集は自費出版なんですか!そうやって苦労をしてでも早くに歌集を出すということは前々から決めていたんですか?

野口 :
そうですね。自分は不登校とか摂食障害とかもあって、将来的にキャリアをバリバリ積めるとも思わなかったので、これを名刺代わりにして早めに出そうと思ったんです。

レペゼン :
なるほど。歌集のリリースこそが歌人としてやっていく為の大事な第一歩だったわけですね。

リリックよりもノリ重視
宇多田ヒカルのタイトな楽曲

レペゼン :
そんな学生時代に好きだった曲をご紹介いただけますか?

野口 :
宇多田ヒカルさんの「タイム・リミット」が好きでした。

【宇多田ヒカル – タイム・リミット】

 

レペゼン :
どんなところに惹かれましたか?

野口 :
ちょっとクラブっぽい空気感で、歌詞というよりノリが好きでした。私は言葉を扱う仕事ですが、音楽に関してはけっこうノリ優先で。軽妙でタイトな感じが自分は好きなんだろうなと思います。

レペゼン :
うんうん。00年代の宇多田ヒカルさんの曲はかっこいいダンスチューン満載ですよね。ありがとうございます。

次回は大学時代、そしてその後のプロ歌人の道を歩み始めた頃のエピソードに迫ります。「短歌雑誌で引用するほどの衝撃を受けた」と話すのは、あの愛知を代表するレジェンドラッパーの名曲!!

プロフィール

  • 野口 あや子(のぐち あやこ)

    野口 あや子(のぐち あやこ)

    1987年岐阜生まれ、名古屋在住の歌人。名古屋芸術大学非常勤講師。 2006年、「カシスドロップ」にて短歌研究新人賞受賞。2010年、第一歌集『くびすじの欠片』にて現代歌人協会賞を最年少受賞。ほか歌集『夏にふれる』『かなしき玩具譚』『眠れる海』。岐阜新聞にて月一エッセイ「身にあまるものたちへ」連載中。 近年はラッパーとして、サイファーやラップバトルへの参加も積極的に行うほか、2026年3月にはラップに傾倒するきっかけや活動内容、姿勢、さらに書き下ろしの短歌と歌詞を記した著書『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』を発売。短歌とラップを扱う新しい表現の担い手として注目を集めている。

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