Interview

2019.10.31 Thu

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ヒップホップと出会ってから、店を立ち上げるまで/デザイナー:金子淳二郎インタビュー②

オープンから16年。さらに躍進を続けるラファイエット金子の根底にある哲学とは。

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金子淳二郎:
あとは、その頃のアルバイト先のみんなも90年代や2000年前半のヒップホップ大好きだったんですよ。

レペゼン:
バイト先はどこだったんですか?

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金子淳二郎:
ギャラリースポーツってとこですね。ギャラリースポーツの人たちがすごいファッションが好きで、当時ASAYAN(あさやん)とかでNo.1になっちゃう人とかがバイトしてたんだよ。笑

裏原とかが流行ってた頃ね。

レペゼン:
ASAYAN懐かしいですね~

金子淳二郎:
そのバイト先の先輩と遊ぶようになって、その人の家に遊びに行ったらスニーカーとかレコードが山の様に積まれてて、気づいたらどんどんそっちにのめり込んで行った感じですね。

レペゼン:
おおー!!教え込まれたって感じですね。

それで19歳で初ニューヨークに行くわけですね。行こうと思ったきっかけはなんだったんですか?

金子淳二郎:
同級生4人で、特に特別な想いはなく行ってみただけなんですよね。

レペゼン:
それは単に旅行としてですか?

金子淳二郎:
そうですね。「Supreme(シュプリーム)」とか「Foot Locker(フットロッカー)」とか行ったり行ったりとかほぼ買い物だけでしたけどね。

レペゼン:
初ニューヨークはどうでしたか?

金子淳二郎:
それが、人生を全て変えちゃったかなってくらいインパクトありました。本当にターニングポイントですね。

レペゼン:
その頃って99年とか2000年ぐらいの時ですよね?一番カルチャーが変わり始めた良い時期ですよね!

それで、ニューヨークから帰ってきてアパレルでバイトをして、アパレルとか販売みたいなところを学んで行ったんでしょうか?

金子淳二郎:
そうなんですけど、どっちかって言うと、もう高校生の頃から渋谷とかでフリーマーケットで売ってたんですよ。

レペゼン:
そうなんですね。渋谷でですか?

金子淳二郎:
東急文化会館ってのがあって、その文化会館の屋上でやってて、自分でピックアップした物が売れるってのが楽しかったんですよね。

レペゼン:
それで商売好きになって行ったんですね?結構売ってたんですか?

金子淳二郎:
一回で10万、20万とか稼いでましたね。

レペゼン:
結構いきますね!

金子淳二郎:
そうそう。自分で仕入れをして売ったりとかもして、そういう事をずっとやってましたね。

レペゼン:
「Lafayette」をオープンする前の原点的なところなのかもしれませんね!

アパレルのバイトというのはどのお店だったんですか?

金子淳二郎:
「DAMAGE DONE(ダメージドーン)」って会社で学生でアルバイトをして、大学卒業後も1年だけ社員で働いてました。

レペゼン:
なるほど。卒業後一度は社員になってるんですね!

金子淳二郎:
そうなんですよ。今原宿にある「RAWDRIP(ロウドリップ、DAMAGE DONEの別業態)」の時も立ち上げ時に一緒に買い付けさせてもらったりしてて、ここでアメリカのノウハウも教えてもらったかな。

レペゼン:
その時の買い付けはニューヨークが多かったんですか?

金子淳二郎:
いやLAが多かったですね。でも、何回かはボストンとか東海岸も回らせてもらいましたね。

最後の1年ぐらいは結構海外に行かせてもらってましたね。

レペゼン:
その社員の時に得た経験が「Lafayette」を立ち上げることに繋がった感じなんですか?それと24歳ってタイミングは何かあるんですか?

金子淳二郎:
だいたい18歳とか20代前半は主に和田の家にみんなで溜まってたんですけど。笑

洋服屋やろう!みたいな話は前々からあって、3~4年その話をずっとしてました。んで、実際に動こうって3人で貯金を始めたんですよ。

それが200万ぐらい貯まって、残りは借りてオープンさせたって感じです。だからそれがその24歳に重なったってことですね。

レペゼン:
最初の藤沢店をオープンさせた時はどんな気持ちでした?

金子淳二郎:
最高でしたね。とにかく藤沢店にいるのが楽しかった。

終わっても友達とかとダベって溜り場みたいになってましたね。

レペゼン:
今の藤沢は当時とお店の場所とかも何も変わらずですか?

金子淳二郎:
場所は変わらずですね。でもバックヤードとかは今みたいな感じじゃなくて、ソファが置いてあって”溜り場”って感じになってって、常に誰かがいて酒飲んでるみたいな感じで自由でした。

レペゼン:
いいですねー!!みんなが溜まれるようなお店にしたかったんですか?

金子淳二郎:
当時のニューヨークがそういうお店が多くて、その感じが好きだったかもしれないです。店の前でたむろしてるみたいな。

今はなかなかそう言うの出来ないですけどね。

レペゼン:
そういうご時世ですからね…。

藤沢店がオープンしてからその2年後に横浜店オープンって展開が結構早いなって思うんですけど、何かきっかけがあったんですか?

金子淳二郎:
藤沢オープンの時に600万円ぐらい借金したんですけど、結構売れてたので、月30万円ぐらいのペースで返してたんですよ。

で、1年半ぐらいで500万円戻したんで、じゃあもう1回借りて次は横浜で攻めようって。その頃、お店に溜まってる子たちを店員に誘って、お店出そうって。

レペゼン:
2店舗目を横浜にしたのは何か考えがあったんですか?

金子淳二郎:
神奈川でこういうお店ってないよねってなって、藤沢店とは少し違ったことやりたかったし、横浜は西海岸系ばかりで東海岸系がなかったからチャンスだって思って。

だから物件とか見に行ってすぐ決めちゃいました。

レペゼン:
即決で横浜だったんですね!

…続く。

金子淳二郎 Instagram:jun_lafayette

Interview by DJ K.DA.Bdjkdab

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