Interview

2019.1.31 Thu

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レペゼンインタビュー:Y’s アンダーグラウンドの楽しみ方

”ツリジャンキー”としても知られるラッパーY'sのクレイジーな半生

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誰だって好きなことやって稼ぎたい。でもそれが難しい。新旧洋邦、老若男女、共通の悩みだ。しかし時にそれを実現する人がいる。レペゼンインタビュー第17回の今回はそんなストリートなライフを実現している男、ラッパーのY’s(ワイズ)にスポットライトを当てる。
ラップはもちろんのこと、ファッションや釣りなど、少なくともヘッズたちの目から見ると理想を実現しているかのように見える彼のトゥルーストーリーはどう展開されてきたのか。背景にあったはずの”苦労”や”リスク”など、ヘッズの目からはあまり見ることのできない彼の真の姿に迫った。

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自己紹介

レペゼン:
ますは自己紹介からお願いします。

Y‘s:
Y‘sです。スガノユキヨシと言います。35歳独身、1983年6月19日生まれのA型。出身地は北区王子です。

レペゼン:
名前の由来はなんですか?

Y‘s:
ユキヨシスガノのイニシャルでY.S。16歳の時にノリでつけたのをそのまんまです。

レペゼン:
今住んでいるのはどちらですか?

Y‘s:
そんなん答えなきゃいけないの?笑
プライベートな質問はやめてくれ!笑・・・池尻に住んでる。

レペゼン:
あ、言うんですね。笑
身長体重、足のサイズ、聞き手を教えてください。

Y‘s:
身長は167cmくらいで、体重はわかんないです。足のサイズってすげー質問だな。初めて聞かれるよ。足は26cm。USの8が多いんだけど、モノによっては8.5とか9とか履きます。利き手は右。マイク持つ手は左だな。

レペゼン:
絶対に左って決めてるんですか?

Y‘s:
右で歌うとなんか変なんですよ。だからマイクは左。

レペゼン:
なるほど。趣味は何ですか?

Y‘s:
釣りです。
あとはゲームが好きで、殺し専門ですPS4のバトルフィールドの新作を買って、今プレイしてます。ちょうど、第二次世界大戦中。笑

レペゼン:
殺し専門ってやばいっす!笑
では、最近お気に入りの楽曲は何ですか?

Y‘s:
Kodak Black(コダック・ブラック)かなー。今日聴いてきたのもKodak Black。

レペゼン:
どうやって新譜チェックしてるんですか?

Y‘s:
iTunesの、USチャートチェックしてます。あとはインスタとかで大体チェックできちゃうよね。

人生グラフ~ラップを始めた頃~

レペゼン:
どんな人生を過ごしてこられたか聞きたいので、人生グラフというのを書いてもらっています。

Y‘s:
俺の絵心のなさがバレるね・・・。

レペゼン:
心電図みたいです。笑

Y‘s:
これで語ることはない。笑

レペゼン:
語ってください!笑
10代は「色々良い感じ」となってますが、そもそもラップをするきっかけは何だったんですか?

Y‘s:
中学校の時にサンピンCAMPのVHSが流行って、それが地元にも広まってきたんすよ。飯島愛の裏ビデオと同等の扱いで「危険なものだ」っていう認識で。笑

レペゼン:
裏ビデオと同じって!笑

Y‘s:
「面白いよ、これ見てみなよ」って言われて、俺と地元のダチで見た時に、もう「やるっしょ、いけるっしょ。」ってビビッとなりました。

レペゼン:
もういきなり始めちゃうんですね!かっこいいです。それまでの将来の夢はなんだったんですか?

Y‘s:
釣りのプロか、16歳くらいまではスタイリストになりたかった。俺が音楽に目覚めてなかったら、スタイリストになってたと思います。そこで音楽に出会っちゃったから、水産高校をやめました。

レペゼン:
やめちゃったんですね!

Y‘s:
そうだね。

レペゼン:
そこまでY’sさんを突き動かしたってことなんですね!
当時よく聞いていたのはどんな楽曲ですか?

Y‘s:
NITRO MICROPHONE UNDERGROUND(ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド)とSHAKKAZOMBIE(シャカゾンビ)ですね。あ、でも何を言ってるかわからなかったけど、フローとか、雰囲気で「かっこいい」って感じてましたね。

レペゼン:
なるほど。

Y‘s:
KGDR(キングギドラ)とか、雷とかも全部聴くんだけど、俺はTHINK TANK(シンク・タンク)、NITRO、千葉だったらDELI(デリ)くんとか、Mr.OMERI(ミスターオメリ)とかがかっこよく思えて。つまり、何言ってるかわからない人たちが好きでした。

レペゼン:
なるほど。当時はどんな風に活動していたんですか?

Y‘s:
当時はヒップホップ好きのDJ、ラッパー、ダンサーとかやってる奴らがみんな繋がっていて、20人くらいのクルーみたいになってました。池袋BED(ベッド)とかで昼間パーティやって400人は入ってたよ。

レペゼン:
まじっすか!?昼間からそんなに人が集まってたんですね。

Y‘s:
で、18~19歳あたりでNITROの前座やったんだよね。

レペゼン:
そうだったんですか!すごい!知りませんでした。

Y‘s:
当時DELIくん、S-WORD(スウォード)くん、DABO(ダボ)くんがソロで動いてる時期で。そのクラブツアーとか、でかいパーティで、俺とサイプレス上野、TARO SOUL(タローソウル)の3人が前座をする時期がありました。その時は3人とも有名になるとは思ってなかったけど。

レペゼン:
ユニットを組んでたわけではないんですよね?

Y‘s:
組んではないよ。呼ばれるのがその3人って感じ。この時期は調子乗ってたね。女にもモテてたし、チャラチャラしてた。

人生グラフ~モテた頃~

レペゼン:
モテそう~!!女性関係で武勇伝あったら教えてください。

Y‘s:
実家でファックしてたら俺んちボロいから、声が丸聞こえで。笑
大抵、家には俺とばあちゃんしかいなかったんだけど、やってる時にベランダで洗濯物干してるばあちゃんと目が合うとかは全然あった。笑

レペゼン:
それはやばすぎる!笑

Y‘s:
あとは、チャリに乗ってヤった話かな。笑
10代の時ってみんな猿みたいにするじゃん?笑 でも、フツーにSEXしてんのがつまんなくなって。

レペゼン:
なんすかそれwww

Y‘s:
ママチャリの前にミニスカート履かせた女を乗せて、俺は二人乗りの後ろに座って。そのまま、俺のとこに乗ってこいって言ってやるんですよ。女がチャリンコ漕いで地元から赤羽向かいながら、後ろでこうやりながら・・・笑
段差があると「トーンッ!」ってなって大変だよね。笑
16歳くらいってそんなノリでしょ?

レペゼン:
wwwネタが強烈すぎます!これ文字に起こせるかな。笑
ちゃんとスカートで隠れてたんですか?

Y‘s:
俺らは隠れてると思ってたけど、多分、隠れてないよね。笑

レペゼン:
発想がすごい。つまんないからって、普通思いつかないっすよ。

Y‘s:
いろんなところでヤったっすよ。公園とかマンションの屋上とかも経て。

レペゼン:
んで、最終的にママチャリ。笑

Y‘s:
イかれてるでしょ。笑

レペゼン:
さすがというしかないです笑

人生グラフ~苦しい時期~

レペゼン:
では気を取り直して…ラッパーとしては10代の頃はどの辺で活動されてたんですか?

Y‘s:
当時、宇田川町がニューヨークみたいな感じでさ、毎日溜まってました。Still Digin’(スティル・ディギン)っていうMURO(ムロ)さんのお店に、スクラッチとかよくやってたDJ VIBLAM(ビブラム)って人がいて。その人のところに遊びにいって「インストかけてください」って頼んで適当にラップしてましたね。

レペゼン:
ニューヨークみたい、っていうのは具体的にどんな感じだったんですか?

Y‘s:
シスコの上に、チェダーっていうお店があって、名古屋のTOKONA-X(トコナエックス)とかThe Ballers(ザ・ボーラーズ)とかが溜まってました。その向かいにはBABY BLUE(ベイビー・ブルー)ていうSCARS(スカーズ)やbay4k(ベイフォーケー)が溜まってたところがあって。さらに、T2K(ティーツーケー)とかが路上でCDやDVDのブートを売っていて。そんなカオスなときがあったんですよ。

レペゼン:
なるほど!めっちゃアンダーグランドっすね!20代でグラフがだいぶ下がってますけど、なんでここ最悪だったんですか?

Y‘s:
借金地獄。金もないし、地獄だったな。家の電気止まった状態で1週間くらい過ごしたことあるよ。

レペゼン:
そんな時代がY‘sさんにあったとは!

Y‘s:
この時くらいに、地元の王子を出るんですよ。実は、一家離散!みたいになって。女と世田谷の代田橋に住み始めるんだけど、そこから3~4年くらいは大変でした。

レペゼン:
そうなんですね…

Y‘s:
でも楽しかった。金はないんだけど、毎日ストリートに行ってて。有名になりたい気持ちはすごくあったから、この頃には「服の好きな洒落てるガキ」って周りの人たちには認知されてたんじゃないかな。

レペゼン:
その頃つるんでいたのはどんな人たちだったんですか?

Y‘s:
STADIUM(スタジアム)のカズくんとかヒロトくんとかにこの頃ストリートで出会って。ヒロトくんは俺がライブやってた二子玉川のpink noise(ピンクノイズ)っていうクラブで出会いました。

レペゼン:
このあと、グラフが上がるタイミングって何があったんですか?

Y‘s:
STADIUMに入ったからじゃないかな。

レペゼン:
そういうことか!

Y‘s:
STADIUM入って、初めてちゃんと仕事するってことを覚えたんです。その前は土方やってたけど、面倒くさかったら仕事行かずにバックレてたし。俺が「音楽やってます」って言っても、周りは「売れるわけない」って思ってるでしょ。「音楽はいいから仕事きてよ」って言われるから「嫌です。俺は土方で食ってくつもりはないです」って答えてました。

レペゼン:
さすがです。それ以外、お仕事は何をされてきたんですか?

Y‘s:
17歳くらいのときに古着屋で働いてるよ。親父が好きで行ってた古着屋で働き出したの。店番って暇だし、お金もないから、服とかパクったりしてました。

レペゼン:
さすがっす笑

Y‘s:
当時、G-SHOCKが流行ってて、これがまた金になるんだよね。アメ横行くとG-SHOCKが路上に売ってて。チェーンが切れる最強のハサミを持って、他の仲間が店員に話しかけてる間に、売ったら2~3万になる時計を何個かパンパン切ってましたね。

レペゼン:
いや、それバレないんですか?

Y‘s:
バレてもいいのよ。もともと、俺は陸上部で超足速いんですよ。バレても、絶対足の速さ負けないから。

レペゼン:
その頃って、今ほど防犯厳しくなかったっすよね。

Y‘s:
もし防犯設備あっても、その電源切る作業から始めてた。

レペゼン:
そこから笑
ていうか、この話記事にしていいんですか?

Y‘s:
書きたきゃ書いていいよ。俺のTRUE STORYだから。

レペゼン:
STADIUMやめて、YSMを始めたのはいつからですか?

Y‘s:
今年で9年目だから、26歳くらいの時からかな。

レペゼン:
なぜ自分のお店をやろうと思ったんですか?

Y‘s:
STADIUMではしっかり働いてたんだけど、時間が長くてさ。

レペゼン:
毎日どれくらい働いてたんですか?

Y‘s:
10時間くらいじゃない?だって、11時~21時勤務だったらそうだよね。働きながら週5でクラブ行ってた時期があって。要はベロベロで朝7時くらいに帰ってきて、11時に出社を繰り返してたら「死ぬわ」と思って。しかもこの時のSTADIUM結構忙しかったから。

レペゼン:
なるほど。それでご自分で始めたんですね。

釣りについて

レペゼン:
趣味の釣りをやり始めたきっかけはなんだったんですか?

Y‘s:
親父も”ツリジャンキー”でさ。物心ついた時から連れてかれてたんです。小1の時にはブラックバス釣ってたから。

レペゼン:
そんなに小さい時から!

Y‘s:
それが地元の遊びでした。チャリンコニケツして、釣竿持って、近くの池にみんなで行く。それで誰かを池に落としたりとか。10代は毎日本当に面白かったなあ。

レペゼン:
釣り楽しさはどこにあるんでしょうか?

Y‘s:
ここで語ることはねーよ。笑

レペゼン:
えー!!笑
では・・・ズバリ、Y‘sさんにとって釣りとは?

Y‘s:
 “人生”

レペゼン:
おおお!!かっこいいっす!!

 

ストレートであり、ポジティブ。そんな彼の話ぶりはインタビューをする我々をこれでもかというほど引きつけた。苦しいことも、クレイジーなことも包み隠さずリリックにする、そんな彼のスタイルにヘッズたちも魅了されるのだろう。やりたいことを叶えるためには、彼の人生がヒントになるのかもしれない。後編は、さらに具体的にストリート生き残るための術を聞いた。アーティストに限らず、一人の男の人生として、これも必読だ。後編もお楽しみに。

後編を読む→

▼Y’s
Instagram:ys_yellowman1983

Interview:ABE HONOKA
Writer:中崎史菜

 

日本のストリートをレペゼンしよう。

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