オジサンと言われた夜

とある現場で「オジサン」と言われた話

ライター:DJ SHUNSUKE

先日、某所のDJを終えた後のことだ。その夜の私は、最新のトラップミュージックから往年のダンスホール、さらには日本語ラップまでを縦横無尽に駆け巡り、珍しくフロアを爆発させるプレイを披露した。週末を謳歌する若者たちをしっかりとロックし、フロアの温度感をかなり引き上げたという手応えがあった。心地よい疲労感に包まれるなか、バーカウンターで緑茶ハイを流し込んでいた時、フロアで踊っていた20代前半とおぼしき女性が、グラスを片手に寄ってきた。若い頃の内田有紀に似ている可愛い女性だった。そして言った。

「オジサンだけどDJ上手いね!」

その言葉は、冷たい緑茶ハイで喉を潤したばかりの私を、一瞬でカラカラに乾かしてしまうような威力を持っていた。悪気のない、一点の曇りもないクリスタルのような笑顔から放たれる意味不明な称賛。大人なので、そんな言葉で腹を立てることはないが、その衝撃に、3秒ほどフリーズした後「ありがとう。オジサン、頑張っちゃったよ」と、自分でも驚くほど乾いた声で返した。

↑可愛い子であったが、その破壊力抜群の言葉には思わず吹き出しそうになった

それにしても、この「〇〇だけど」という接続詞の威力はどうだろう。私たちは無意識のうちに、出会う人すべてに何らかのラベルを貼り、そのラベルに基づいて相手を解釈している。例えば、近所の公園で見かける犬がそうだ。ゴールデンレトリバーには「穏やか」、チワワには「か弱い」といったラベルをあらかじめ用意している。もし、チワワが大型犬を力強く牽引して散歩させている光景を目にしたら、私たちはそのラベルとのギャップに驚愕するはずだ。

あの日、私は彼女にとって「オジサン」というラベルを貼られた存在に過ぎなかった。そのラベルの裏側には、ダンスミュージックとは対極にある「退屈さ」や「説教臭さ」といったイメージがべったりと張り付いていたはずだ。しかし、実際にスピーカーから飛び出してきたのは、彼女たちの腰を揺らす最新のビートだった。彼女にとって、私のDJプレイは「自分たちとは別の生態系に属する生き物が、意外にも自分たちの言語を解した」ことへの純粋な驚きを感じたようなものだったのだろう。言葉を話すシマウマを見つけた時のような、純度の高い好奇心しか伝わってこなかった。

↑こんな顔をしていたと思う(実際はもっとイケオジである。)

私たちはいつから、自分の専門領域において、年齢というラベル付きの評価を許容するようになるのだろうか。20代の頃、私のDJはただの「DJ」だった。そこには年齢も背景も関係なく、音そのものが名刺だった。しかし、40代の足音が聞こえてくる頃から、世界は私という人間に「年齢」というフィルターをかけ始める。
彼女の放った「上手いね」という言葉は、本来なら最高のご馳走だ。しかし、その前に貼られた「オジサンだけど」というラベルが、あまりにも強力すぎて、メインの味がまったく入ってこない。
バーカウンターで二杯目の緑茶ハイを注文しながら、私はふと考えた。もしかすると、彼女のような世代にとって、深夜のクラブで汗をかきながらビートを刻むオジサンは、最新のスマホを完璧に使いこなし、自分たちの知らない裏技まで伝授してくる近所のおじいちゃんのような、得体の知れない頼もしさを持って映ったのかもしれない。かつて、夜の街には「どうやって生計を立てているのか不明だが、異様に音楽に詳しい大人たち」が溢れていた。そんな背中を見て、私たちは「あっち側に行っても、案外楽しそうだ」と安堵したものだ。しかし、今は効率と清潔さが重視される時代だ。そんな世界において、若者に混じって必死に音を鳴らしている私は、今の彼女たちに「完全に異端な存在」に見えたのだろう。そう解釈すれば、少しは胸のつかえも取れるというものだ。その後、一言二言何か話したが、どんなことを話したのか全く記憶がない。覚えているのは彼女が爽やかに手を振ってフロアへと戻っていったことだけだ。

DJ歴が優に20年を超えた今、「オジサン」というラベルを剥がすことは、おそらくもう不可能なのだろう。それは重力に抗えない頬のラインと同じように、確実に私という存在に定着していく。だが、もし次に彼女のような若者に声をかけられたら、私はこう答える準備だけはしておこうと思う。

「ありがとう。君がオバサンになっても、僕はまだどこかでDJをやってると思うよ」

誰かが勝手に貼ったラベルに甘んじることなく、その隙間から別の顔を覗かせ続けること。それが、この不自由な時代を生き抜く私なりの生存戦略だ。明日もまた、何食わぬ顔で「どこにでもいるオジサン」のラベルを背負い、そして夜が来れば、誰かの予想を最高にハッピーな形で裏切るために、再びそのラベルを剥がしてDJブースに立つ。

ラベルなんてものは、剥がした跡が少しベタついているくらいが、人間味があってちょうどいいのだ。

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