目 次
パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜ、この仕事を選んだのか?このコーナーではパーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちの過去から現在まで続くキャリアを紐解いていきます。
今回は、制作からエンジニアリングまでこなす圧倒的なスキルと、独自のキャリア観でシーンに静かな火を灯し続ける、DJ 純さんのキャリア後編をお送りします。

若い頃の情熱が今も自分を突き動かし続けている
SHUNSUKE:
ご飯が食べられなかった頃の話が出たけど、若い頃の主な活動のひとつであったクルー「ネオ字音」について少し振り返りながら聞いていきたいです。僕のイメージでは、とにかく、クルー全体が凄い熱量で取り組んでるなっていうイメージがあるんだけど、実際どうだったの?
純:
そうですね。とにかくRUDEE KIZZをやってた頃っていうのは……SHUNSUKE君も同じ現場にいたからわかると思うんですけど、フロントの二人、OJIBAHと晋平太が、とにかく「かましたるぞ」っていう姿勢でいろんなところに攻め入ってた。ネオ字音のメンバーも、634も、マネージャーのファーファも、TOMOZOも、みんな「どこへ行ってもかましてやる」っていう空気感で。ライブに行くっていうより、どこへ行っても「戦場」っていう気分でしたね。
SHUNSUKE:
思い返してみると、確かにそうだったね。ライブの時はリハの段階から空気がピリついていた。
純:
チャンスを掴んでやろうってみんな必死だったし、特にあのフロント二人の熱量を後ろで見てると、こっちも「やんなきゃマズいな」っていう変な緊張感がいつもありました。今思えば、渋谷のCAMP(キャンプ)だったり、前回話した『HARVEST』だったり、ものすごいメンツの中で切磋琢磨してたんだなって。その後、メンバーが個々に活動するようになっても、あのガチガチにやってた時期の熱量は自分の中にキープし続けていて、それを今も燃やし続けながら活動してる。あの時の延長線上でやってるっていう感覚が強いですね。
SNSでも流れたので知っている人も多いとは思うんですけど、晋平太、昨年亡くなっちゃったんですよね。実は、亡くなる直前まで「RUDEE KIZZもう一回やろうよ」って話が出てたんですよ。チームCとかのユニットで色々動き出してたし、何かしらの形でまたって。あいつは物言いがストレートだから敵も多かったかもしれないけど、亡くなってから改めて思うのは、あいつは色んな角度から物事を考えていたんだな、と思う部分も多いです。今、あいつの遺志を継げる部分があるんじゃないかって感じていて何かしらやれたらいいなと思ってます。一人のアーティストとDJという関係以前の前に、ガキの頃からの友達だったあいつの弔いのためにも、晋平太がやりたかったことを汲み取りながら動きたい。あいつから伝えてもらったことは、今の僕の大きな熱量になってますね。



敢えて「こだわらない」というこだわり
SHUNSUKE:
そこから個人の活動に移っていって。純はコロナ禍である2021年にTracklib×CHILLHOPMUSIC,Tracklib’ BEATBATTLEという二つの
世界大会で2回も世界2位に入賞したでしょ。常にビートメイカーとしてアップデートを繰り返して、トライ&エラーしまくってる印象があるんだけど。時代に合わせて変えてきた部分と、逆に「ここだけは譲れない」っていう芯はどこにあるのかな?
純:
これ、自分でも何度も考えたんですけど、なかなか答えが出なくて。具体的な話をすれば、フェンダー・ローズの音が好きで必ずエッセンスを入れるとか、哀愁のあるメロディが好きとかはあるんですけど……。行き着いた答えは「こだわらないこと」が核かな、と。 もともとZipsies(ジプシーズ)は「サウンドデザインチーム」として始めたんです。当時はそんな言葉もなかったけど。ヒップホップから始まって、「あれできない? これできない?」っていう需要に対して、何でもやって供給していった。ヒップホップって色んな音楽を取り込む文化だし、自分も技術屋、プレイヤーでありたいから、特定のスタイルに固執せずにスキルを上げていきたい。
技術屋として一番大事な事だと思ってるのは「機材のアップデート」を絶対に見逃さないことですね。i-DeAさんも言ってたんですけど、「技術革新の裏には必ず機材の進化がある」っていう。その言葉をすごく大事にしていて、技術があってガチガチにヒップホップやってる人がそれを言うのって、やっぱり真理だと思うんです。今はAIで指示を出せば音ができる時代ですけど、AIにはできない「バグ」や「エラー」を人間がどう見つけて、そこに魂を乗せるか。「こういう経験をした人が作った音なんだ」っていう信憑性や魂みたいなものは、絶対に音に出る。そこはオカルト的かもしれないけど、信じてる部分ですね。


自分をゼロにする「力試し」と『Newtron』の世界
SHUNSUKE:
4/24にシングル『Newtron』がリリースされたよねね。今回でインストシリーズも4作目。あえてラッパーを乗せないスタイルを続けている理由は?
純:
今まではずっと、アーティストへの楽曲提供や企業案件など、「誰かのオーダー」に合わせて作ってきました。でも、コロナ禍で一度立ち止まった時、自分のエゴを100%出した作品をまだ作っていないことに気づいたんです。だから、自分を一度ゼロにして、どれだけ通用するか試したかった。 今回は、架空の素粒子「ニュートロン」が感情に作用するというコンセプトなんです。冷たくも温かくも感じる、不思議な質感を音で表現しました。ジャケットに描かれている猫の「ペテン」がその素粒子に触れた時、どんな表情を見せるのか……そんなイメージを投影しています。 インスト作品って、聴く人のメンタルでイメージが180度変わるのが面白いんです。悲しい時に聴けば悲しく、笑っている時に聴けば明るく聞こえる。あえて7割の完成度で止めて、残りの3割を聴き手のシチュエーションで埋めてもらう。聴く側の想像力に委ねる部分がある一曲なのかな。

プレイヤーであり続けるための「場所作り」
SHUNSUKE:
最近は立川の「妖怪盆踊り」の企画やブッキング、地元のアーティストのプロデュースとか、西東京エリアへの還元にも力を入れてるよね。その理由は?
純:
根本にあるのは「常に自分が現役のプレイヤーでいたい」という想いです。埋もれてしまいたくないというか。でも一人じゃ限界がある。地元で色んな店の人と喋ってると、場所を探している若い子と、企画を求めている店側のミスマッチが多いことに気づいて。そこを繋いでいけば、自分の居場所もできるし、シーンも活性化するんです。自分の場所を確保するための動きが、結果的に地域への貢献になってると。自分のためにやってたことが、意外と周りのためになっていた。あとは若い子たちへの「投資」ですね。「うちのスタジオ使っていいから、売れたら還元してくれよ」って託すのが楽しい。彼らが売れることが僕自身の刺激にもなるし、それが巡り巡って自分に返ってくると信じています。

好きなことを「やり続ける」勇気
SHUNSUKE:
最後に、これからシーンに入ってくる次世代へメッセージをお願いします。
純:
とにかく「好きなことを、まずはとことん突き詰めてほしい」ですね。結局、僕らがここまで生き残ってこれたのは「死ぬほど好きだったから」に尽きると思うんです。でも、続けていくと必ず「食えない時期」や「しんどい時期」が来る。その時に大事なのは、自分の好きなことの「形が変わること」を恐れないことだと思っています。僕もかつては「クラブDJ一本で食う」ことにこだわって、それが上手くいかずに挫折を感じた時期がありました。でも、そこで完全に辞めるんじゃなく、エンジニアや制作、地元のコミュニティ作りへと少しずつ角度を変えて楽しんでみた。そうやってしがみついてでも触れ続けていれば、ある時、自分のスキルが思いがけない形で「仕事」に変わる瞬間が必ず来るんです。必死でしがみついた先にしか見えない事、得られない事がある。今の僕は、あの頃思い描いていた形とは違うかもしれないけど、間違いなく音楽を続けていて一番幸せだと言えます。失敗をすると、その瞬間は辛いかもしれないけど、後になれば全部チャンスに変わる。だからこそ、若い子たちには「生活を安定させるための仕事」も疎かにしないでほしい。これには明確な理由があって、生活の不安は、音楽を楽しむ心を一番に蝕みます。きちんとしたベースを持ちながら、胸を張って「音楽をやってる」と言い続ける。そうして粘り強くトライし続けることが、プロとして、表現者として生き残るための何よりの近道なんじゃないかな。ワクワクするものを見つけて、突き進む。その熱量さえ絶やさなければ、きっと大丈夫です。

プロフィール
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サウンドデザインチームZIPSIES(ジプシーズ)の一人として、SUMINOF(Hirakawa Tomoyuki)と共に多方面へ楽曲提供。関連作品は200タイトル以上になる。 提供先には般若、呂布カルマ、田我流、柊人といった日本を代表するアーティストに加え、三越伊勢丹やKADOKAWA、NTT都市開発、D-LEAGUEやF-LEAGUEなど大手企業や団体に加え民放キー局にも楽曲提供。 2021年CookinSoulやPeteRockといった世界的プロデューサーがジャッジするビートバトルで二度、世界二位に入賞。 現在DJ、レコーディング、ミックス、マスタリングから音響まで幅広い分野で活動するかたわら、自身の培ってきた繋がりや、地元を生かしたイベントを主催している。

