『ブルージャイアント』を観るべき理由|ストリートヘッズのバイブル Vol.154

熱く激しいジャズの魅力が全面に出た音楽映画

ライター:ほりさげ

「ストリートヘッズのバイブル」では音楽や文化の知識を知ることができる映画や本を紹介していくよ!今回取り上げるのは熱く激しいジャズの魅力を描いた映画『ブルージャイアント(2023)』!

ジャズってなんだか敷居高くない?

突然ですが、ジャズはお好きですか?

「ジャズ、なんとなく耳にはするけどあまり詳しくないな」という人も、しばしお付き合いください。
そもそもサンプリングミュージックとしてのヒップホップとジャズは、切っても切れない関係なんだ。例えば90年代のヒップホップを代表するクルー・A Tribe Called Questのメインプロデューサー・Q-tipが、好んでジャズをサンプリングしていることからも分かる通り、実は僕らはヒップホップを通して、ジャズのエッセンスを知らず知らずのうちに享受している。
名曲の元ネタになった音楽を聴くと、なんだかジャズへの興味がムクムク湧いてこない?

 

とはいえ「ジャズを本格的に聴いてみたい」と思っても、どこから手をつけていいか分からない。なかにはこう思っている人も多いんじゃないかな?

ジャズを掘ってみたいけど、なんだか難しいイメージがあるし、ある程度の知識がないといけないんでしょ?

…いやいや、そんなことはない!むしろジャズには、理屈抜きで人を魅了する熱さ・激しさがあるんだ。そんな魅力を存分に味わえて、その世界の入り口に招いてくれるのが、今日紹介する『ブルージャイアント』だ。

映画『ブルージャイアント』とは?

 

地元・仙台でジャズに出会い、独学でテナーサックスを吹き始めた主人公・宮本大が、世界一のジャズプレイヤーになるまでを描いたシリーズ。「音が聞こえる漫画」と大絶賛され、シリーズ累計1100万部を突破した大人気作品だ。
原作では仙台編に始まり、東京編、ドイツ編、ニューヨーク編…と今も続いているが、映画版では「東京編」にクローズアップ。映画オリジナルの展開も含めてドラマチックに描かれていて、もちろん原作を読んだことがない人でも十分楽しめるよう作られている。

①原作ファンの期待を超えた
とにかく熱い音楽映画

タイトルの“ブルージャイアント”とは、温度が高すぎるあまり青く燃える炎を指す。主人公・宮本大のまっすぐな熱さ、そして彼が思うジャズの魅力、「すげえ熱くて激しい」さまを表している。
原作ファンの中には「あの熱さ・激しさをうまく映画に落とし込めるの…?」と不安を抱く方も多かったそうだけど、完成した映画は、そんな不安を見事に吹っ飛ばすほどの熱を帯びているんだ。
一人で上京し、練習に明け暮れる大。その熱さに圧倒され、感化される周りの人々。そしてピアニスト・沢辺雪祈ドラマー・玉田俊二と3人で組んだジャズバンド・「JASS」による演奏シーン。青く燃える炎のごとくプレイする主人公たちの姿は熱く、まぶしい!

では、なぜこの熱さに仕上がったのか、いかにジャズの魅力を伝えているのか、具体的に解説しよう。

②トップピアニスト・上原ひろみなど
著名ジャズプレイヤーによる演奏

なんと今作は上映時間の4分の1がライブシーン。つまり30分近くはジャズバンドの演奏ということになる。
しかも、だいたいの音楽映画は映像に合わせて演奏をするのが一般的だけど、今作では先に演奏のレコーディングを行い、その音源に合わせてアニメーションが制作された。つまり音楽ファーストな作品なんだ。

音楽監修に携わったのは、日本を代表するピアニストで、2021年の東京オリンピックの開会式でも演奏を披露した上原ひろみさん。劇中で演奏される曲はもちろん、劇伴(BGM)の作曲も全て上原さんが書き下ろしたものだ。

ブルージャイアント オリジナルサウンドトラック

ドラム役を務めた石若駿さんは、上原さんから直々にご指名。未経験からドラムを始める玉田の演奏を担当するということで、映画の前半部分(=玉田がドラムを初めて数ヶ月くらい)の演奏シーンでは、あえてドラムスティックの握り方を変えるなど、“つたなく弾く”為の工夫を行ったそう。
そして主人公・大の演奏を担うテナーサックスは、オーディションの結果、馬場智章さんが担当。レコーディングが始まってからも、上原さんからは「上手すぎる!大ちゃん(主人公)はそんな感じじゃない」と荒さを表現するという難しい注文が入ることも。馬場さん曰く、制作期間は、自分の元々の演奏も忘れかけるほど大のサックスの“演技”に入れ込んでしまうなど、大きな挑戦だったことを話している。

そんな日本のトップジャズプレイヤーが試行錯誤を重ねて命を吹き込んだ今作は、第47回日本アカデミー賞で「最優秀音楽賞」を受賞した。もはやライブを見に行く感覚で鑑賞してほしい音楽映画だ!

③メインキャラの声に抜擢されたのは
声優経験が乏しい3名の俳優

主要キャラは、山田裕貴さん(宮本大)、間宮祥太朗さん(沢辺雪祈)、岡山天音さん(玉田俊二)の3名が担当。3人とも俳優として10年以上のキャリアを誇る彼らですが、なんと声優経験はゼロ ! オファーを受けた時は不安を感じたそうだ。しかし彼らが演じたキャラが必死にジャズを演奏したように、体当たりでアフレコに挑戦し、結果的にそれぞれのキャラにぴったりな空気感を作り上げているよ。
主人公役の山田裕貴さんは「原作も知ってたから、話をいただいた時は『俺が大役!?』って思ったけど、まっすぐな性格は自分と似てるのかもと思いました」と、主人公との間に共通点を感じたと話しているよ。

④原作の編集も務める作家
NUMBER 8による激アツ展開

映画化されると、途端に原作の持ち味が失われたり、無理のあるストーリー展開になったりするなんてことはよくあるけど、原作のストーリーディレクターを担当しているNUMBER 8さんが脚本を担当したことで、映画オリジナルの展開の部分を加えても、勢いを損なうことなく仕上がっている。

個人的にグッとくる場面は、3人の中で最も音楽歴が長く、バンドを引っ張る存在のピアニスト・雪祈が、ジャズの聖地とも言われるライブハウス・[SO BLUE]の支配人から「君、全然だめ。小手先の技術の連続。何一つ面白くない演奏」と真っ向から否定されるシーン。ミスを恐れ、無難に弾く癖がついてしまっていたことに気づいた雪祈は、「内臓をひっくり返すくらい、自分をさらけ出せ」という言葉を受け、自分にしかできない演奏をするため、もがきまくる。

ちなみにNUMBER 8さんが書き下ろした雪祈目線の小説『ピアノマン』も発売されているので、このシリーズをもっと立体的に楽しみたい方はぜひチェックしてほしい!

『ピアノマン』著/南波永人

⑤迫力のアニメーションが
演奏の熱さを加速させる!

ライブシーンの音楽の迫力もさることながら、個人的にはその演奏中のアニメーションもめちゃくちゃかっこいい。ドラムスティックはしなり、鍵盤はうねって飛び跳ね、サックスからは炎のようなオーラが舞い上がる。アニメだからこそ可能な演出と言えるよね。
ただ一方で、正直なところ演奏シーンのCGにぎこちなさを感じるのも事実。ネット上にも「CGになると途端にクオリティが下がる」「演奏がかっこいいだけにカクカクな動きが気になる」などの声も上がっている。
…がしかし!むしろそういうラフな部分も、主人公たちの若く熱いプレイに通じると解釈しても良いんじゃないだろうか。

ジャズに馴染みがない方は、今作でジャズの熱さ・激しさに触れて、作中で出てくるアーティストの音源を聴いてみたり、[SO BLUE]のモデルになっている[BLUE NOTE]のライブに足を運んでみてほしい。ヒップホップの親戚とも言えるジャズ。この機会にぜひ。

画像出展元 : 映画『ブルージャイアント』公式HP
配信先:Netflix