「ストリートヘッズのバイブル」では音楽や文化の知識を知ることができる映画や本を紹介していくよ!
今回はラッパーたちに影響を与えた映画やアニメのキャラシリーズ「ダークナイト – ハービー・デント編」。
アメコミのヒーロー、バットマンに敵対するヴィラン“トゥーフェイス”の本来の姿であるハービー・デント。「バットマン」をベースにしたクリストファー・ノーラン監督の大ヒット映画『ダークナイト』において最も印象的な登場人物の一人でもある。またその特異な設定やアイコニックな振る舞いから、Tech N9ne(テック・ナイン)、JPEGMAFIA(ジェイペグマフィア)などのラッパーたちがリリックの中でネームドロップするなど、ヒップホップシーンでも人気の”悪者”だ。ハービーの何がラッパーたちを惹きつけるのか?今回はハービーの魅力をディグっていこう。
『ダークナイト』とは?
2008年に公開されたクリストファー・ノーラン監督のダーク・ファンタジー映画。クリストファー・ノーラン監督の「バットマン三部作」、『バットマン ビギンズ』、『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』の2作目だ。
バットマンとしてゴッサム・シティの平和を守るブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は絶対的な悪、ジョーカー(ヒース・レジャー)と対峙する中、地方検事ハーヴィー・デント(アーロン・エッカート)と出会う。退廃的なゴッサム・シティにおいては稀有な要素であるハーヴィーの高潔な人柄に希望を見出したブルースは、彼こそ真の街のヒーローだと考え、ハーヴィーを支援していくことにするのが、ジョーカーの邪悪な策略によりハーヴィーは顔の左半分に大火傷を負い、悪の道に染まってしまうことになる。
ハービー・デントが象徴する
“オルター・エゴ”
映画序盤、ゴッサム市民の正義のヒーローとして登場するハービーは恋人であるレイチェルをジョーカーの策謀によって失った絶望から、憎しみに支配されたヴィラン “トゥー・フェイス(Two-Face)”となる。
元々は“正義”の側だった人間が、悲しみにより悪の道に進み、より強大な力を手に入れるという展開はスター・ウォーズのダース・ベイダーなどにも見られる展開であり、それは、ラップ界における“オルター・エゴ”の発想ともリンクする。
ハードな経験を超えてきた人間がラップというアートフォームで、別人格を手にすることで超人的なリリカルスキルを表現することができるという発想だ。最も代表的なものはエミネムの“スリム・シェイディ”であり、彼は“スリム・シェイディ”という人格を手にすることで、自己の最深部に抱える絶望を強烈な彩度で表現することに成功した。同様に、タイラー・ザ・クリエイターは“ウルフ・ヘイリー”、Ultramagnetic MCsのクール・キースの“ドクター・オクタゴンなど別人格の設定を持っている。“オルター・エゴ”という設定はラップシーンにおいて脈々と継承されている設定なんだ。ゆえにハービー・デントの二面性というのはラップシーンにおいて受け入れられやすいヴィランの設定であり、リリックの中でもサンプリングされているんだ。例えば、デンゼル・カリーは2013年の楽曲「N64」の中で、
Avenger, but yet I be the Joker and the Riddler
With a mindset that’s switched like Harvey Denture’s dentアベンジャー、それでもオレはジョーカーでありリドラーでもある
ハーヴィー・デントの義歯のように切り替わるマインドセット
とラップしている。同じくアメコミの悪役であるジョーカーやリドラーに自分をなぞらえ、さらにハービーデントのようにマインドが切り替わるという内容だ。ただここでさらにテクニカルなのは本来、”ハーヴィー・デントの義歯”は正しくは“Harvey Dent’s denture”が正しい文法だが、それをあえて“スイッチ”させて、文法的にも“切り替わり”を表現しているんだ。
“悪党の詩”が変える腐りきった世界
デンゼル・カリーは上記のリリックの後に「The Dark Knight, fuck a Clark Kent(ダークナイト、クラーク・ケントはクソくらえ)」と続けている。クラーク・ケントはアメコミを代表するヒーロー、スーパーマンの名前。つまりデンゼルは「スーパーマン」より「ダークナイト」シリーズの方が好きということだね。
ヒップホップやラップミュージックは草創期より社会的に不当に虐げられ、苦しんできた人々が作り上げてきた音楽であり文化。
時に彼らは“ヴィラン(悪者)”としてのレッテルを貼られることもあったが、それでも人生やこの世界の本質を常にその言葉とアートで伝えてきた。そこには表面だけ飾りつけた薄っぺらい偽善はなく、人の心を動かす”リアル”さがいつだって込められている。
だからこそこの文化は多くの人々を救い、世界を変えてきた。
ハービー・デント、そして「ダークナイト」の世界観が見せる“悪党”の姿。
それはラッパーたちの言葉に乗せられて、この世界を変える”悪党の詩”として歌われ続けていく。