DJと言う音楽スタイルが熊本にもっと幅広く受け入れてもらえるように

熊本公認アーティスト、DJ YAMAMOの歩んできたキャリアとは?

ライター:DJ SHUNSUKE

パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人達がいる。
彼らは何故、この仕事を選んだのか?
このコーナーではパーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちの過去から現在まで続くキャリアを紐解いていきます。
今回は熊本県公認アーティストであり、ナイトクラブから観光地まで幅広い活動を行うDJ YAMAMOさんにお話を伺います!

SHUNSUKE:
まずは自己紹介をお願いします。

YAMAMO:
DJ YAMAMOです、出身地は熊本県熊本市、DJ歴は21年になります。

僕にとっての音楽の原点はROCK

SHUNSUKE:
記憶の中で、最も古い音楽体験、覚えている曲はなんですか?

YAMAMO:
矢沢永吉 / 止まらないHa〜Haですね。親父が、そればっかり聴いてました。小さなころ良くタオル投げさせられていたのを覚えてます。笑

SHUNSUKE:
タオル投げの定番曲!お父さんファンキーですね笑

SHUNSUKE:
では、音楽体験とは別に、洋楽邦楽問わず、これまで衝撃を受けた楽曲を教えてください。

YAMAMO:
Hi-Standard / STAY GOLDです。
僕にとっての音楽の原点はROCKなんです。小学校の頃から生意気にTHE CRASHやNIRVANA, RANCID, NOFX…パンクロックばっかり聴いていて中学生になって日本のインディーズバンドで凄いバンドがいるって言うのを耳にして。それがHi-Standerd だったんです。学校終わりにCDショップに駆け込んでCD買いに行ったのを今でも覚えてます。歌詞に「輝き続けろよ!」「金ピカのままでいろ!」て言う意味の歌詞が今、聴いても心に刺さりますね。
ザ•青春って感じです。笑

SHUNSUKE:
分かります笑
僕もその辺は青春の一曲って感じです。カッコいいですよね。
ではROCK少年だったYAMAMO氏がDJを始めるに当たってのきっかけは何だったんでしょうか?

YAMAMO:
高校生ぐらいの頃に僕の地元の仲間達が皆んな遊びでDJする様になって、そこに僕も加わって遊びでDJをやり出したのがきっかけです。

今までの人生の中で唯一DJだけ、投げ出すことなく続ける事が出来てます。

SHUNSUKE:
21年間DJのキャリアを積み重ねてきたと言う事なんですけど、壁だったり困難にぶつかったこともあると思います。これまでにDJを辞めようと思ったことはありますか?

YAMAMO:
一度もないですね。

SHUNSUKE:
同世代では現役を引退した仲間もいると思います。どうして今まで続けられていると思いますか?

YAMAMO:
単純に音楽とDJが好きだからだと思います。
僕自身、正直何かをやり初めても長続きする性格ではないんですよ。しかも、人見知りだから話すのが苦手で。笑
ただ、音楽は小さい頃からずっと聴いていて、それを自分の感性で表現出来るDJと言う音楽の表現スタイルを見つけてしまったんですね。今までリスナー側だった僕がプレイヤーになって、DJプレイで人と会話すると言うか、会話せずともコミュニケーションを取れる。しかも、オーディエンスは凄く楽しんでくれているし、気持ち良く踊ってくれてる。DJブースからフロアを見て楽しんでる人達って皆んな良い顔してるんですよね!それがやっぱりDJをやっていて凄く楽しい瞬間だし、僕自身も気持ちが良い。
今までの人生の中で唯一DJだけ、投げ出すことなく続ける事が出来てます。

僕って、周りからDJプレイを馬鹿にされてた人間なんです

SHUNSUKE:
21年のDJキャリアにおいて、これっていうターニングポイントってありましたか?

YAMAMO:
あります。
僕って、周りからDJプレイを馬鹿にされてた人間なんです。
18~20代前半の頃は熊本にも沢山良いクラブがありました。ヒップホップやレゲエ、トランスが凄く盛り上がっていて当時のDJは触ったら怪我するぐらい皆んな尖ってた印象です。笑

そんな中、僕は1つのジャンルに捉われず洋楽邦楽問わずポップスやユーロビート、ディスコとか自分が良いと思った曲を取り込んでオールジャンルで下手くそなりにDJしてました。その当時、少なくとも同世代でオールジャンルのDJをやってた人は数人しかいなかったと思います。
「ダサい事ばっかりしやがって」って直接言われた時もあれば誘って頂いたイベントでDJさせてもらえない事なんかも結構ありました。そんなある日、先輩DJからリクエスト攻めされた事があって。曲のレパートリーは沢山あったんですが、僕はそのリクエストに1つも答える事が出来ず、焦ってしまってDJプレイもメチャクチャになってしまったんですよ。「お前なんかDJ辞めてしまえ!この下手くそがっ!」て怒鳴られ、僕自身ボロボロになってしまった時期があったんです。

SHUNSUKE:
結構キツイ言葉だと思います。気持ちが折れたり腐ったりしなかったんですか?

YAMAMO:
折れなかったですね!DJ辞めようとは思わず、先輩DJの選曲やジャンルの知識を全部自分のものにしてやろうて逆に捉えた
んですね。ワンピースで言うとミホークとゾロみたいな。笑
後に、その先輩DJは僕のお師匠になる訳です。それが僕のターニングポイントですね。あの出来事があったから、今があると思ってます。

SPACE KUMAMOTOが出来た事で明らかに廃れかけていた熊本のクラブシーンの流れが変わった

SHUNSUKE:
これまでのキャリアの中で、最も印象深い出来事って何ですか?

YAMAMO:
やっぱり、ナイトクラブSPACE KUMAMOTOが熊本に出来た事ですね。僕なりにずっと熊本のクラブやイベントにDJ出演してた中で凄く大きなダメージを受けた印象を持っているのは2016年の熊本地震とコロナです。色んな状況の熊本を見てきたつもりですが、このダメージは本当に大きかったなと感じてます。本当に、熊本のクラブシーンは廃れかけていました。そんな中SPACE KUMAMOTOが出来た事で明らかに廃れかけていた熊本のクラブシーンの流れが変わったんですよ。これは本当に印象的で衝撃でしたね。

DJと言う音楽スタイルが熊本にもっと幅広く受け入れてもらえるように

SHUNSUKE:
今YAMAMO君が力を入れている事や未来へのビジョンがあれば教えてください。

YAMAMO:
最も力を入れているのはやっぱり現場でのDJですね。これに限ります。
もちろん、熊本を盛り上げていきたい気持ちは大前提で。
有り難い事に観光地でのDJや、成人式、スタジアムDJ、祭り色んな形で地元密着型でDJさせていただいてます
DJと言う1つの音楽スタイルがもっと熊本に認知されて幅広く受け入れてもらえるように様々なアプローチをしながらDJをやっていきたいと思います。

Dance first. Think later.

SHUNSUKE:
今後熊本のクラブシーンに入ってくるであろう、若い人達にアドバイスがあれば一言お願いします。

YAMAMO:
Dance first. Think later.(まず踊れ。考えるのは後からだ)
そして、DJをやり続ける事。これが一番大事。

SHUNSUKE:
シンプルだけど、一番大切な事ですね!
今日は本当にありがとうございました!

プロフィール

  • DJ YAMAMO

    DJ YAMAMO

    九州、熊本を拠点に活動する DJ YAMAMO。2004年よりDJを始め、熊本各所のナイトクラブで数々のパーティーに出演。DISCOからHIP HOPなどのブラックミュージックはもちろん DANCE MUSICまでジャンルは幅広く、2012年には九州最大級のDISCO イベント「MAHARAJA NIGHT KYUSHU」熊本代表専属 DJ に抜擢。熊本のナイトクラブでレジデントDJも務め2020年には、西日本最大級のエンターテイメントスポットナイトクラブ「SPACE KUMAMOTO」のレジデントDJとして抜擢。2022年6月に福岡PayPayドームで開催された「MUSIC CIRCUS FUKUOKA 2022」メインステージにてDJ出演を果たす。また、熊本県初の独立リーグプロ野球球団の公式開幕試合で始球式を務め、熊本市が主催するDISCOイベントのメインDJとしても抜擢。令和6年•7年の熊本市主催の成人式式典にてDJ出演。熊本市公認のアーティストとしても認知され、マルチに活動の幅を広げ活躍する。

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