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パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。 彼らはなぜ、この仕事を選んだのか? このコーナーではパーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちの過去から現在まで続くキャリアを紐解いていきます。 今回のゲストはレペゼン大阪のDJ S.U(エスユー)さん。現行のヒップホップ/R&Bに軸足を置きながらも、ロックやポップス、ダンスミュージックまで柔軟に大胆にミックスするスタイルで、あらゆる現場にフィット。そんな自由な音楽性が注目を集め、ここ数年はクラブシーンにとどまらず、海外観光客向けのバーや、スポーツのイベントからも声がかかるなど、活動範囲が広がりつつあるそう。
彼がこのスタイルを確立した背景とは?そして彼が考える理想のDJとは?知られざるキャリアと信条に迫ります!

かつての野球少年が
プロ野球のイベントでDJ!

レペゼン :
今日はよろしくお願いします。大阪を拠点にされているS.Uさんですが、出身も大阪なんですか?
DJ S.U :
はい。ずっと大阪です。大阪の豊中で生まれて、高校の途中で池田市というところに引っ越しました。
レペゼン :
どんな子ども時代や学生時代を過ごされたんですか?
DJ S.U :
子ども時代は普通の子どもやったと思いますけどね。ニンテンドー64とかを友達とやったりするような笑
あと部活は、ずっと野球をしていました。DJを始めたあとはそこまで野球に興味がなくなってたんですけど、ここ3〜4年くらいはまた野球を見始めましたね。しかも野球に関わるDJの仕事もさせてもらったりして。
レペゼン :
「野球関連のDJ」というと、どういったものなんですか?
DJ S.U :
最近も行かせてもらってるんですが、プロ野球のオフシーズン中に開催される選手のトークショーでのDJですね。お客さんが入ってきてくる時間のDJタイムだったり、イベント中のサウンドコントロールだったり。
レペゼン :
すごいですね!そういう話はどこから声がかかるんですか?
DJ S.U :
僕が「野球が好きで」みたいなことを言ってたら、イベントプロデュースの会社をやっている後輩が「良かったらどうですか?」とブッキングしてくれたんです。

レペゼン :
学生時代にやっていた野球に、まさかDJとして関わるとは…面白いですね!
「この曲、一生終わらんやん!」
ヒップホップとの出会い

レペゼン :
ヒップホップとの出会いは何歳頃ですか?またきっかけも教えてください。
DJ S.U :
高1の最初くらいにミックスCDを聴いたのがヒップホップとの出会いです。当時、仲良かった友達がミックスCDをずっと聴いてて、自分も聴かせてもらったんですけど、7~8分くらい聴いても曲が終わらなくて笑
不思議に思って「この曲、一生終わらんやん!」って言ったら、友達が「曲を繋いでるんやで」って教えてくれて。そこから興味が出始めました。
レペゼン :
たしかに初めて聴いた時はどうなってるか分からないですもんね。そこから自分でもCDを買ったりしだすんですか?
DJ S.U :
はい。アメ村に服とか買いに行った時にお店に置いてあるものを買ったりしてましたね。初めて買ったCDは、Nujabesが立ち上げた「Hydeout Productions」から出た作品でした。それを入り口として大阪のDJ界隈とも絡むようになって、メインストリームの音楽も学んでいきました。
レペゼン :
良いですね。音楽イベントに行き出したのもかなり早かったんですか?
DJ S.U :
そうですね。18歳くらいの頃には心斎橋まわりのクラブに行ってました。というのも、同じ地元の子らが既にDJをやってて、クラブでイベントを企画したりもしてて。そこに遊びに行かせてもらったりしていましたね。
レペゼン :
それは遊びに行きやすいですね。そういうなか、S.UさんもDJをやってみたいと思うようになったんですか?
DJ S.U :
はい。イベントに誘ってもらって友達がDJをしてるのを見ながら、「楽しそうやな」って思ってたんですよね。で、変わらずCDとかをいろいろ買ってて。そしたら友達から「もうタンテ買ってみたら?」って言われて、気づいたら買ってたって感じです笑
レコードをディグって
黙々と練習する日々
レペゼン :
周りの友達にDJが多かったということは、S.Uさんの地元の豊中はストリートカルチャーが根付いている町なんですね。
DJ S.U :
たしかに。今思うと環境が良かったかもしれないですね。地元はスケボーとかDJとか何かしらやってる人が多かったので、アメ村に遊びに来るようになってからも、地元が一緒のプレイヤーにはよく出会いました。
レペゼン :
なるほど。DJ機材を買ってからは、家でひたすら練習されたんですか?
DJ S.U :
そうですね。レコ屋に行く時に、先輩とかタメの友達についてきてもらって、あれこれ教えてもらったりして。そうやって買ったレコードを使って、家で練習していました。
レペゼン :
あ、はじめはレコードでのDJだったんですね!クラブでDJプレイをし始めたのはどれくらいからだったんですか?
DJ S.U :
タンテを買った半年後くらいには心斎橋のクラブでDJしていたと思います。それも環境が良くて、自分の周りにイベントやってる人が多かったので、早めにやらせてもらうようになって。
レペゼン :
逆にデジタルに移行していったのは、しばらくレコードでのDJ活動をされてからだったんですね。
DJ S.U :
そうですね。レコードで2~3年くらいやったくらいの頃にスクラッチライブが出てきて、僕もその頃にデジタルに移行しました。
レペゼン :
おお!あの時代の変化をリアルタイムで体感していたわけですね。
初舞台で緊張のあまり…

レペゼン :
これまでに一番緊張した現場は覚えていますか?
DJ S.U :
初めてのDJは緊張しましたね。レコードに針を置く時って、まず曲の頭に置かないといけないじゃないですか。僕、もう緊張しすぎてレコードの端に針を置けないくらいだったんですよ笑
だからとりあえずレコードの適当なところに針を置いてから、レコードをめっちゃ回しまくって曲の頭に持っていくしかなかったです笑
レペゼン :
一旦どこかしらに置いてから巻き戻しまくるわけですね笑
DJ S.U :
そうなんすよ。はたから見てる人は「あいつ、ずっとレコードを反対に回し続けてるけど大丈夫か……?」ってなってたと思います笑
レペゼン :
今、第一線で活躍されているS.Uさんにも、そういう頃があったとは!ちなみに今でもDJの時は緊張するものですか?
DJ S.U :
僕は今でもしますね。どっちかというと緊張しいやと思います。「いつまで緊張してんねん」って話かもしれないですけどね笑
でも良い意味で程よい緊張感をキープしているからこそ良いプレイができるという面もあります。
レペゼン :
たしかに!それはスポーツも一緒ですよね。
DJ AMのクロスオーバースタイルに
衝撃を受けた若手時代

レペゼン :
S.Uさんが影響を受けた存在はいますか?
DJ S.U :
海外のアーティストですが、DJ AM(*)ですね。
※ … 2000年代初頭にアメリカで活躍した伝説的DJ。ヒップホップ、ロック、エレクトロ、ソウルなど、ジャンルの壁を超えた「オープンフォーマット(クロスオーバー)」スタイルを編み出した先駆者として知られている。2009年に36歳という若さでこの世を去る。
レペゼン :
どういったところが好きなんでしょう?
DJ S.U
それまでのレコードでのDJって、ある程度ジャンルが固定されていたのが主流だったんですが、PCでのDJが広まってから、彼がヒップホップやロック、ダンスミュージックなどを混ぜた自由なスタイルを生み出したんです。
レペゼン :
今でこそ「ジャンルをクロスオーバーしながら…」というスタイルはよく聞きますが、それをいち早くやったのがDJ AMだったんですね。
DJ S.U :
そうそう。リアルタイムで彼のプレイを見れたわけではないんですけど、過去の映像を見た時は衝撃を受けました。「たしかにPCやったらこうやって自由にいろんな曲を繋げやすくなるし、それをめっちゃ上手く使ってるな」って思いました。だから僕もいろんなジャンルをかけるのが好きになりました。
ナマモノにつき
取り扱い注意
レペゼン :
そんなジャンル横断型のDJも得意とされるS.Uさんですが、セットリストはある程度準備して固めたりするんですか?
DJ S.U :
軽めにしますね。例えばさっき話にあがったプロ野球のイベントの時なんかは、選手によって参加するファンの方の層も変わるので、「この選手のファン層だったら、このあたりかな?」とか、予想しながら用意します。
レペゼン :
準備して臨んだ結果、「今日はあんまりだったな」というときもあるんですか?
DJ S.U :
めっちゃあります。「あれ、今日このへん想定してたけど、全然逆っぽかったな……」とか。やっぱりクラブDJはナマモノだなって思いますね。
レペゼン :
いやあ、難しいですね!「あれ?」ってなった時って、その場で軌道修正をしていくんですか?
DJ S.U :
します。僕、昔はどっちかというとセットリストを固めて回すタイプやったんですけど、先輩から「DJは生物やから、決めうちは良くない」とアドバイスしてもらったんです。「たしかにそうやな」って思ってスタイルを変えました。ある程度決めていくのは良いけど、ガチっと決めると、あかんかった時にそこから抜け出せず、どんどん違う方向に走っていってしまいますからね
レペゼン :
ある程度は準備しつつ、現場の空気次第でシフトチェンジしていくと。それはそれで腕が求められそうですね。
DJ AMのフレキシブルなプレイに衝撃を受け、独自のスタイルを磨いてきたS.Uさん。後編ではそんな彼が持つ「クラブDJのあり方」の哲学にもフォーカスしていきます!
プロフィール
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大阪生まれ、大阪育ち。2006年より地元・大阪を拠点にDJ活動をスタート。 キャリア初期はアンダーグラウンドミュージックを軸にプレイし、クラブカルチャーの土台を現場で培う。その後、数多くのクラブでのプレイを重ねる中で、メインストリームミュージックにも強い関心を持つようになり、20歳を過ぎてからは、アメリカ・ラスベガスで確立されたDJスタイル「オープンフォーマット」に影響を受け、ジャンルや年代の枠にとらわれない幅広い選曲でフロアをコントロールし、ヒップホップ、R&B、ダンスミュージックを軸に、シーンや空気感を読み取った柔軟なプレイを得意とする。 これまでに、全国各地のナイトクラブやイベントにゲストDJとして出演しながらも、3x3 S.League(バスケットボール)、AbemaMix Osakaなどとスポーツ、カルチャーイベントまで、「その場に最適な音」を届けるDJとして活動の幅を広げ続けている。

