何をかけていてもヒップホップを感じさせたい。地に足をつけて継続してきたDJ TACTの哲学。

大阪生まれ兵庫育ち。MC TYSONと共に日本武道館の舞台にも立ったDJ TACTの知られざるキャリアとは?

ライター:ほりさげ

パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。
彼らはなぜ、この仕事を選んだのか?
このコーナーではパーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちの過去から現在まで続くキャリアを紐解いていきます。
今回のゲストは、クラブDJとして、そしてMC TYSONのバックDJとして、各地の現場を賑わせるDJ TACTさん。音楽に囲まれた幼少期、二足のわらじで走り続けた下積み時代、ヒップホップDJとしての価値観が変わった若手時代、そして盟友・MC TYSONさんと共に日本武道館のステージに立った2025年……!彼のDJ人生は、ヒップホップムービーを彷彿とさせる熱い展開でした!

『8Mile』に出てくる
バトルDJに憧れて

レペゼン :
では自己紹介として、生年月日と出身からお願いします。

DJ TACT :
1991年7月29日生まれのDJ TACTです。出身は大阪の新今宮・西成のあたりです。

レペゼン :
音楽に触れて興味を持ち出したのも早かったんですか?

DJ TACT :
そうですね。バンドマンの父親と、クラブで働いてた母親の間に生まれたので、小さい時から身の回りに楽器とかCD、そしてレコードがある環境だったんです。小学校の時も、おとんの影響で洋ロックをよく聴いていました。

レペゼン :
音楽一家のサラブレッドですね。そんななかヒップホップに興味を持ったきっかけは?

DJ TACT :
洋楽の1つとしてブラックミュージックも聴いていたけど、明確にヒップホップに興味を持ったのは、映画『8 Mile』でした。

8 Mile | Netflix Japan

 レペゼン :
おー!映画入りなんですね!

DJ TACT :
そうですね。ラップバトルを見て、「これがヒップホップなんや」って認識して興味を持ちだしました。高校からは、実際にストリートカルチャーに関することを始めるようになります。スケボーやってみたり、グラフィティ描いてみたり、ダンスの動画を見たり。

レペゼン :
その流れで、「DJもやりたい」となったわけですか?

DJ TACT :
はい。しかもDJやりたいと思ったのも『8 Mile』なんです。最後のラップバトルのシーンで「後ろでMobb DeepのインストをかけてるDJが渋いぞ」って思うようになって笑

レペゼン :
主役であるMCの後ろの存在に注目したわけですね。目のつけどころが渋いです!

幼少期からプレイリストを
組んで遊んでいた

レペゼン :
とはいえどうDJを始めれば良いのかわからなかったんじゃないですか?

DJ TACT :
そうなんです。そこで、DMCチャンピオンにもなった大阪のレジェンド・DJ $HINさんがやってるDJスクールに「教えてください」って言いに行きました。でも後から知ったんですけど、そこは基本的にターンテーブリストの人向けのスクールなんです。でもDJのことを何もわかってない自分は、「DJってこんなにスクラッチとか練習する必要あるんや…」って思ってましたね笑

レペゼン :
曲の選び方だったりDJのマナーのような部分は、自分で学んでいったんですか?

DJ TACT :
そうですね、その後、現場で回す中で学ぶことも多かったです。でも実は選曲自体はずっと好きやったんです。幼稚園の頃から、シチュエーションごとのプレイリストを組んで遊んだりしてました。

レペゼン :
え、めちゃくちゃすごいですね!

DJ TACT :
当時、家にあったレコードを「この曲は、夏に海で聴きたいやつ」みたいに並べながら、おかんに録音してもらってました。

レペゼン :
幼少期にミックス作りをしていたんですか!生粋のDJじゃないですか笑
実際に現場デビューされたのは、どこだったんですか?

DJ TACT :
初めての現場は、DJ $HINさんが持っていた大阪のレギュラーパーティです。「オープン15分で良いんで、やらせてください」って頼んで回させてもらいました。オープンやからお客さんはほとんどいない時間でしたけど、先輩らが後ろから見てたので、まあ緊張しましたね笑

レペゼン :
そこから、どのように活動の幅が広がっていったんですか?

DJ TACT :
ある程度のDJのノウハウを覚えた頃に、友達がやってた学イベに呼ばれたんです。現場に着いたら「ライブのバックDJをやってほしい」って頼まれて、初めて会う女性シンガーのバックDJをすることになりました笑

レペゼン :
かなり無茶振りですね……笑

DJ TACT :
でも意外とうまくできたこともあって、そのシンガーの子からも「次のライブもお願いしたいです」って頼まれて。そこからしばらくの間は、クラブDJとバックDJを並行してやる時期が続きます。そんなある日、R&Bのイベントで出会った一個上のDJの方から「レギュラーパーティとか興味ある?」って話をくれて。当時はレギュラーを持つことに憧れてたから、二つ返事で「やります!」って言いました。
ただ、そこで自分が入らせてもらったパーティが、大阪を代表するようなベテランDJしかいないようなイベントやったんすよ笑

レペゼン :
若手として大御所プレイヤーの中に放り込まれたと。

DJ TACT :
そうなんです。当時19歳で、右も左もわかってない状態でした。でも、少しずつ良い時間を任せてもらったりとチャンスをもらうことも増えたし、そこでのDJも評価してもらって、少しずつ「別の曜日のパーティもどう?」と誘ってもらいました。そして気づけば今です笑

レペゼン :
駆け抜けましたね笑
マックスに忙しい時は、どんなスケジュールだったんですか?

DJ TACT :
多い時で週に4~5回くらいレギュラーの現場がありました。
一時期、おとんがやってたサッカースクールの指導の仕事とDJを並行してた時があって、その頃が一番忙しかったです。夕方から夜9時くらいまでスクールで子どもたちの練習を見て、そこからダッシュで心斎橋のクラブに向かってオープンで回して、夜中に家帰って、次の日また朝10時に出勤して……みたいな笑
それをひたすら繰り返してました。

レペゼン :
完全に二足のわらじだったんですね。めっちゃ大変そうですね。

DJ TACT :
でもそうやって必死にやってたからこそ、DJもレベルアップもできたと思います。あの時期は自分にとって必要な時間でしたね。

彼のプレイを見た瞬間に
ぶっ飛ばされました

レペゼン :
若手にしてさまざまなクラブで回すようになったTACT君ですが、キャリアにおけるターニングポイントや影響を受けた存在について教えてください。

DJ TACT :
明確に変わったのは、「SKY GREEN」というレゲエサウンドクルーに所属しているHERO(ヒロ)君っていうDJです。彼はもともとずっとニューヨークで活動していたんですが、ある年から、拠点をまた日本に戻したんですよ。自分はそれまで、海外でDJしてる人とあまり関わらなかったんですけど、彼のプレイを見た瞬間にもうぶっ飛ばされて笑

DJ TACTのプレイに大きな影響を与えたDJ HERO(右)

レペゼン :
そうなんですか!どのあたりが特に刺さったんですか?

DJ TACT :
自分がDJを始めた2010年代前半は、「オールジャンル」って呼ばれるパーティが増えて、ヒップホップ以外の音楽もミックスするスタイルが流行ってたんですけど、正直自分は「ヒップホップ以外をかけるDJは全員ダサい」って思ってて笑
でもHERO君は、いわゆるヒップホップ以外のジャンル、例えばソカ(*)とかも当たり前にかけるけど、それでいてプレイ全体がフレッシュでかっこいいんですよ!「ニューヨークでやってきたDJってこうなんや!」と衝撃を受けました。

※ … トリニダード・トバゴ発祥のポピュラー音楽ジャンルで、「ソウル」と「カリプソ」を組み合わせた軽快なパーティミュージック。

レペゼン :
柔軟にプレイするスタイルに触れて、TACT君のなかでもヒップホップDJの捉え方が変わったんですね!

DJ TACT :
そうです。ちなみに彼との出会いがきっかけでニューヨークにも行ったし、向こうでDJもさせてもらえました。DJ面も私生活も変えてくれたという意味で、僕にとってのゲームチェンジャーです。

ヒット曲が出るにつれて
徐々にライブも増えた

レペゼン :
MC TYSON君との活動も年々大きくなって、今年1月にはなんと日本武道館でのワンマンも大成功を収めました。改めて二人の出会いから聞かせていただけますか?

【 MC TYSON – I’m”T” 】

DJ TACT :
出会いは中1なんですよ。サッカーやってて。TYSONは曲でも言ってる通り、大阪生まれ住之江育ちなんですけど、一時期、神戸に住んでる時期もあって。自分は中学に上がる時に神戸のサッカーチームのセレクションを受けて、そのグループに入ったんですが、そこでTYSONに出会ったんですよ。

レペゼン :
出会いは音楽やクラブではなく、サッカーだったんですか!

DJ TACT :
そうです。めっちゃ仲良くて、練習終わりに遊びに行ったりしてたし。でもTYSONがまた大阪の学校に移ることになって、そこからはどこで何をしてるか知らなかったんです。連絡先も変わってたし、当時SNSもないから近況もわからんくて。で、二十歳くらいの時に自分はDJしてて、クラブ関係の知り合いから「紹介したいラッパーおる」って言われて紹介されたのがTYSONやったんです。

レペゼン :
へー!DJとMCとして再び巡り合ったんですね。映画みたい!

DJ TACT :
その頃、TYSONのマネージャーとして動き出していたYUSUKEっていう裏方がいるんですが、僕は僕で彼と友達で、一緒にパーティを主催したりもしていて。その時ちょうどTYSONのバックDJを探してたから「同い年で気も合うし、3人で動いていこうや」ってなったんです。

レペゼン :
フロントマンであるTYSON君、ライブの展開をブースからコントロールするTACT君、そして統括的なマネジメントを行うYUSUKE君という3人組で動き出したんですね。若手時代はどんな場所でライブを?

DJ TACT :
はじめのうちはずっと小箱でしたね。お客さんがフロアに10人もいないような時もあったし、自分とTYSONで合わせてギャラ5,000円だけの時もあったし笑

レペゼン :
超下積みですね。いろんな現場に呼ばれたり、リスナーが増えたりといった手応えを感じ始めたのはいつ頃からでしたか?

DJ TACT :
もうこれは徐々に徐々にでしたね。ある曲がちょっと界隈で人気になると、大阪の中でライブが増える。次の曲がヒットすると地方にも呼んでもらえるようになる……っていうのを地道に続けて、やっと全国ツアーができるようになって、今年の1月には日本武道館でもワンマンができました。

レペゼン :
めちゃくちゃかっこいい!地道に下積みし続けることの大切さを痛感します。

DJ TACT :
たぶん自分らってちょうどヒップホップの人気が下火だった頃に始めたから、最初は下積みするしかないんですよね。ヒップホップとか日本のラップシーンの勢いが増していますが、僕らはそれまで下積みしてきた分だけ周りよりもスキルも度胸もあると思います。

レペゼン :
TYSON君との活動のなかで、特に印象深いステージはありますか?

DJ TACT :
1stアルバムからずっとワンマンをやり続けてきたので、全部印象深いですね。初めのうちとかはワンマンやっても大赤字で、3人で自腹で出し合ったこともありました。でもそこから続けるなかで、大阪の[Billboard]でもやれるようになり、そして今年の1月についに日本武道館でTYSONのワンマンを開催することができました。

レペゼン :
改めておめでとうございます。これだけで曲のリリックになりそうな成り上がり方ですね!

グラデーションをつけながら
順番にアプローチする

レペゼン :
TACT君のDJとしてのこだわりを教えてください。

DJ TACT :
こだわりはその時々で変わっていくんですが、「何をかけててもヒップホップを感じさせる」のは意識しています。BPM早い曲をかけてても、ネタはヒップホップみたいな。尖ってた若手時代みたいにヒップホップに特化したDJをするわけでもないし、まずはお客さんに楽しんでもらうことが全てなので。ただ、そのなかでシンプルに新しくてかっこいい曲を「今、こんなんも出てますよ!」と挟んでいきたいですね。

レペゼン :
幅広い音楽を通してヒップホップDJを表現するというところですね。それだけに難しそうです。

DJ TACT :
もちろん難しいですけどね。例えば海外から旅行で来たお客さんって、そこまで新譜は求めてなかったりするんです。「そういうのいいからピットブルかけてくれ!」みたいな笑

レペゼン :
そういう反応になるんですね笑

DJ TACT :
お客さんの反応を見ていると、USと日本ではやっぱり流行っているヒップホップも微妙に違うことが伝わってきます。日本人の若いお客さんはアガってくれる曲でも、海外のお客さんには全然ヒットしない、とかも当たり前ですね。今はインバウンドのお客さんがめちゃくちゃ増えたこともあって、フロアの中にいろんな世代、国籍の人がいるのが当たり前なので、勉強になりますね。

レペゼン :
曲のチョイスがかなり難しそうですが、TACT君はそういう時、どうするんですか?

DJ TACT :
その場にいる人たちを順番にアプローチするようにしています。こういう時って、一度に全員をアゲようとするDJが多いんですけど、それができる曲ってかなり限られてるんですよ。例えば最近だったらLil Uzi Vert 「Just Wanna Rock」とかですかね?でも、有名すぎる曲って他のDJもかけることもあるから、自分は少しアプローチを工夫したくて。

【Lil Uzi Vert – Just Wanna Rock】

DJ TACT :
まず「いったんここの団体をターゲットにしてみよう」って、順番に当てていくイメージで組み立てていきます。その人たちが反応して踊ってくれたら、「じゃあ次はあそこの女の子のグループを盛り上げよう」みたいな。そうやってミックスしてグラデーションをつけながら展開することが多いです。

レペゼン :
面白い!それだけに選曲とミックスのスキルが試されそうですね。プレイ時間にも限りがありますし、フロアの様子を細かく観察する必要もありますよね?

DJ TACT :
そうですね。なんなら自分が回してない時間も常にフロアの様子は感じ取っているかもしれません。

レペゼン :
そこまでやるんですか!ホスピタリティがすごい。

DJ TACT :
だから自分がDJでパーティに入ってる時と、オフの時にちょっとクラブに顔出して飲んでる時とで、酔い方も全然ちゃいますよ笑

レペゼン :
スイッチのオンオフ次第でお酒の回り方が変わるんですね笑

パパから娘へのラブソングを作りたい

レペゼン :
今年10月には、プロデューサーとしての「DJ TACT」名義で、IOさんの曲にも客演で入ったりして注目を集めている注目の若手MC・Teteさんとの曲もリリースされました。ここでの「プロデュース」は、どういったポジションを指しているんですか?

【DJ TACT – Feel The Fire feat. Tete】

 

DJ TACT :
プロジェクト全体の指揮という意味でのプロデュースです。自分から「こういうネタを使ったトラックにしたい」というアイデアをB君(DJ B=BALL)に投げてトラックを作ってもらい、Teteと「こういう内容のリリックにしたい」って話して作りました。

レペゼン :
曲をやろうと言ったのはどちらからなんですか?

DJ TACT :
僕から誘いました。「娘に向けた曲を作ろう」って言って。僕も娘がいるんですが、Teteも娘さんが2人いるんですよ。なのでこの曲はパパから娘へのラブソングなんです。

レペゼン :
めっちゃいいですね。そういったプロデューサー業は頻繁にやっているんですか?

DJ TACT :
いや、今回が初の試みでした。徐々に力を入れていけたらいいなと思っています。

レペゼン :
曲のコンセプトから提案するというあたりが興味深いので、これからどんなアーティストとどんな曲を作っていかれるのかが楽しみです。最後に、今後やってみたいことを教えてください。

DJ TACT :
挑戦したいことは常にめっちゃあるんですけど、あくまでDJがメインやし、とにかくDJが好きなので、そこはずっと軸に置きながら、今までやってきたものをより濃くやっていきたいです。デザインの仕事もしているので、曲のプロデュースからアートワーク制作までを手がけて、それを大阪のクラブシーンから発信するという一連の動きをナチュラルにやっていきたいです。

レペゼン :
クラブDJ、ライブDJ、そして楽曲プロデュースと、年々活躍の幅を広げて「大阪の顔」として知られているのも、TACT君が15年以上地道にやってきたからこその結果だと感じました。同世代としてとても刺激をもらう時間でした。今日はありがとうございました!

プロフィール

  • DJ TACT

    DJ TACT

    1991年産まれ。週末、平日問わずClub Musicが街中に溢れる大阪において、18歳からDJとしてのキャリアをスタートさせた彼のプレイ・スタイルは、90's黄金期、漆黒のSampling MusicとしてのHiphopをルーツとし、そこから現代に至るまで新旧、あるいは「DANCEシーン、MCシーン、DJシーンではこうあるべき」といった固定観念に捉われることなく、幅広いフィールドを網羅するオール・ラウンダーとして良質な楽曲を掘り下げてチョイスする独自のセンスが大きな軸となっている。 また、若くしてスクラッチを中心としたターンテーブリズムに魅せられると共に、Club DJとしての視点を加え、シュアなスキルをあくまでPartyに刺激を与えるスパイスとして、現場のニーズに応じて的確に繰り出すことができる点も彼の大きな武器だと言えるだろう。 大阪Hiphopシーンの中心地、Ghost Ultra Loungeにて毎週日曜日開催中の「WAY UP SUNDAY」ではトップ・クレジットDJとしてPartyを盛況へと導いた他、月に20本以上のレギュラー・パーティーをこなしつつ、大阪MCシーン期待の新星として大きな支持を集めるMC TysonのバックDJとしても活動中。 現在多忙を極めるDJ TACTのクレジットは、大阪ミナミの夜を彩る幾多の主要Clubにおいて、毎日のように目にすることができるはずだ。