パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜこの仕事を選んだのか?このコーナーでは、パーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちのキャリアを紐解いていきます。
今回のゲストは、大阪を拠点に活動中のDJ、ANCHINさん。幅広い音楽・文化への好奇心と知識を持つ彼女のもとには、アンダーグラウンドなクラブから、都心のミュージックバー、大規模な音楽フェスまで、あらゆる現場からのオファーがやまないそう。インタビュー前編では、音楽との出会いやこれまでのキャリアに迫ります。

ストリートダンスに
熱中した学生時代
レペゼン :
まずは自己紹介からお願いします。
ANCHIN :
出身は福岡の北九州なんですが、生まれてすぐ京都に移りました。0歳から10歳まで京都に住んだ後、大阪の高槻(たかつき)というところに引っ越して、そこからはずっと高槻です。
レペゼン :
早速ですが、音楽やストリートカルチャーとの出会いのきっかけは何だったんですか?
ANCHIN :
幼稚園くらいの時はモー娘。とかSPEEDとか安室ちゃんが好きで、その延長でダンスを習い始めたのがきっかけです。
レペゼン :
はじめは歌って踊れるアイドルへの憧れからだったんですね。
ANCHIN :
はい。家の近所でダンスを教えてもらえる場所を探してもらって。初めて習ったのは関西の大御所のB-GIRLの方です。といっても、小学校2年生とかだったので、当時は「お稽古の1つ」という感覚でしたけどね。そこから私が引っ越した先の高槻にあるダンススタジオを紹介してもらってレッスンに行ったのがヒップホップとの出会いです。

レペゼン :
初めて触れる本格的なストリートダンスやヒップホップの世界に対して、どんな感想を持ちましたか?
ANCHIN :
それまで京都で行ってたレッスンは、カラオケ店の宴会場スペースをレンタルしてやるような感じだったので、本格的なダンススタジオでヒップホップを習った時は「かっけー!」ってなりました。そこからはもうダンスしかやらなくなり、学生時代は全部ダンスに溶かしました笑
レペゼン :
良いですね笑
当時の活動としては発表会などに出演したりですか?
ANCHIN :
小6くらいまでは発表会に出てたんですけど、中学生からはそのスタジオで始まった「強化レッスン」に行きだしました。
レペゼン :
「強化レッスン」とはなんですか?
ANCHIN :
フリースタイル(振り付けのない即興ダンス)を踊れるようになるのを目的としているクラスですね。はじめのうちは毎週土日に通っていたのが、気づけば平日も学校終わりから22時くらいまで練習するみたいな状態になって。高1くらいまではそれがずっと生活の軸でした。
レペゼン :
もう学校外のスポーツクラブに所属しているような感じですね。
ANCHIN :
だから学校の友達と遊ぶこともほとんどしてなかったです笑
「HOUSEダンス面白い!」

レペゼン :
今、ANCHINさんは四つ打ちのDJも得意とされていますが、HOUSEとの出会いもストリートダンスを通してですか?
ANCHIN :
そうですね。最初に習っていたのはヒップホップだったんですけど、「強化レッスン」で他のジャンルも一通り教わるうちに「HOUSEが面白いな」ってなってやり始めました。
レペゼン :
ANCHINさんのことを知った時は、HOUSEダンスも踊るしDJもされるという認識だったんですが、そういうスタートだったとは!かなり本格的に活動していたんですか?
ANCHIN :
そうですね。バトルに出たりするならHOUSEでしたし、大学時代は2人組のHOUSEダンスのチームも組んで活動していました。
お客としても演者としても
関わってきた「WE WANT」

レペゼン :
ダンス三昧な生活からDJを始めたのは何がきっかけだったんですか?
ANCHIN :
DJに関しても通っていたダンススタジオがきっかけですね。スタジオにターンテーブルとミキサーが設置してあったので、はじめは遊びみたいな感じでやり出したんですよ。ヒップホップダンスをしてた頃は先生からいっぱい音楽を教えてもらっていたので、そういうのもかけたりして。
レペゼン :
今のANCHINさんのDJはダンスミュージック寄りなことも多いですが、そのスタイルにシフトしていったきっかけはあるんですか?
ANCHIN :
今みたいなスタイルになったきっかけは、「WE WANT」(*)っていうパーティですね。
※ … 大阪発の移動型パーティ。音楽、アート、食などがクロスオーバーした空間づくりと、「WE WANT NY」「WE WANT SUNSET」「WE WANT MATSURI」など、回ごとにロケーションやコンセプトが変わるスタイルで、今も多くのパーティピープルを魅了している。

レペゼン :
関西では有名なパーティですね。何歳くらいの時に出会ったんですか?
ANCHIN :
19~20歳なので、大学生の時ですね。主催者のロディさんっていう方がいろんな方面との繋がりがある人だったので、そこに遊びに行くうちに私もいろんな方面の人と知り合って、人脈も広がったかなと思います。「パーティとはなんぞや」みたいなことはここで教わりました笑
レペゼン :
なるほど。なかでも印象的なエピソードはありますか?
ANCHIN :
具体的なエピソードは……お酒の力もあってあまり覚えていないです笑
レペゼン :
ははは笑
それくらい毎回楽しまれていたということですね!
ANCHIN
そうかもしれません。お酒飲んで踊って音楽聴いて、みんなで1つになって楽しめるパーティなんです。ゲストにDJ Premierが来たりすることもあって面白かったですね。
レペゼン :
すごい!ダンスシーンのイベントと比べると、その場にいる人の層だったりヴァイブスもまた違うでしょうね。
ANCHIN :
そうですね。もちろんダンスショーがある時もあったけど、みんな基本的には音を聴きに来て遊ぶという感じでした。で、ある時ロディさんから「ANCHINもそろそろDJどう?」って感じで呼んでもらったのを機に、ちょくちょく演者側として呼んでもらうようになりました。
レペゼン :
思い入れのあるパーティで回せるのはめっちゃ良いですね!

「WE WANT」に初めてDJとして出演した日
キーパーソンはTAKENOKO!
レペゼン :
ANCHINさんにとって「DJ的に先輩」みたいな存在はいますか?
ANCHIN :
TAKENOKOさんには、けっこうお世話になってきたし、今もお世話になっていますね。

レペゼン :
以前インタビューさせていただいたTAKENOKOさん!彼とはどういった関係性なんですか?
ANCHIN :
ロディさんがTAKENOKOさんと私を一緒にブッキングしてくれることが多かったので、「また一緒ですね」って話すところから、気づいたらいろいろ話していました。遠征もよく一緒になったりしたし、B2Bもけっこうしましたね。
レペゼン :
彼のDJスタイルに何か影響を受けることもありましたか?
ANCHIN :
いや、影響を受けようと思ってもあの人のスタイルが独自すぎて受けられないですね笑
でも、コロナのちょっと前くらいからTAKENOKOさんたちが始めたパーティ「FULLHOUSE」の存在は大きいです。DJみんながダンスミュージックをかけていて。そういう音楽を身近に感じ出したのはFULLHOUSEに遊びに行きだしてからですね。
レペゼン :
それこそANCHINさんもFULLHOUSEでDJされることもありましたが、TAKENOKOさんとの関係値もあったからこそなんですね。
インタビュー後編では、現在のANCHINさんのキャリアにおけるターニングポイントや現在のライフスタイル、そして目指しているDJ像など、さらに深堀りしていきます。お楽しみに!

