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ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストは、wackwack creative代表の井川裕介(イカワ・ユウスケ)さん。「出張BBQ」や「不純喫茶」など、他とは違うユニークでコンセプチュアルな飲食店を手掛けてきた井川さんは、どんな学生時代を送っていったのか!
前回の記事はこちら→出張BBQ、レトロ喫茶、盆栽プロダクトまで!?wackwack creative代表の井川裕介が起こすムーブメント
転勤族の親の影響で
国内外を転々としていた
レペゼン :
井川さんの幼少期の思い出からお聞きしたいと思います。地元は舞浜でしたよね?
井川裕介 :
はい、実家はディズニーランドのある舞浜です。でも親が転勤族だったため、小さい頃から住むところがよく変わっていきました。名古屋、東京、千葉……。さらにそのあとオーストラリアに行って、また東京、千葉と、関東に戻ってきました。
レペゼン :
各地を転々とされたんですね。どういうお子さんだったんですか?
井川裕介 :
活発でもあったけど、割とマイペースなタイプだったかもしれないです。あとはサッカーが好きでしたね。ヴェルティが好きで、Jリーグが開幕した時から今でもずっと観戦しに行ってます。
オーストラリアのBBQは
日常的で本格派!

レペゼン :
オーストラリアにも住まれていたのも、ご両親のお仕事の関係だったんですか?
井川裕介 :
そうです。小2に向こうに移って、2年半ほど暮らしました。しかも現地の日本人学校に通っていたので、帰国子女なのに英語を話せないという残念タイプなんですよ笑
レペゼン :
それはレアかもしれませんね笑
前回、「出張BBQ」のお話が出ましたが、BBQに出会ったのはオーストラリアだそうですね。
井川裕介 :
はい。向こうってBBQがすごくさかんだし日常的なんですよね。公園にコインを入れると使える電気式のグリルがあったりして、けっこう環境が整っているんです。そこでのBBQの経験が、後の「REALBBQ」にも繋がっています。
レペゼン :
そんな設備が!たしかに気軽にできそうですね。どういった方とBBQされていたんですか?
井川裕介 :
家族でもやっていましたし、親の仕事場の人たちと一緒に公園に行ったりもしていました。なんなら初めてBBQをやったのがオーストラリアだったかもしれないです。
レペゼン :
「初BBQがオーストラリア」とは、かっこいいですね笑
ハイスタきっかけで
SHAKKAZOMBIEを聴くように

レペゼン :
ヒップホップと出会ったのは、オーストラリアから日本に戻ってきたあとですか?
井川裕介 :
そうですね。高1か高2くらいです。だから’99年とか’00年くらいかな?
レペゼン :
どういったきっかけで聴き始められたんですか?
井川裕介 :
音楽を熱心に聴き始めた入り口は、Hi-STANDARDですね。99年リリースの「Making the Road」とかめっちゃ聴いてました。そこからHi-STANDARD周りのバンドも聞くようになり、BRAHMANと一緒に曲をやっていたSHAKKAZOMBIEの存在を知って、そっちも好きになりました。
レペゼン :
特に印象的だった曲はありますか?
井川裕介 :
んーどの曲だったかな?「BIG BLUE」とか「kokoro warp」とかですかね。
【SHAKKAZOMBIE – BIG BLUE(Original Version)】
レペゼン :
SHAKKAZOMBIEさんのどんな部分に惹かれましたか?
井川裕介 :
それまでは、「ヒップホップ=ギャングスタ」的なイメージが強かったんですよ。それに対してSHAKKAZOMBIEは、独特なおしゃれ感というか、都会的な要素を感じました。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDも、また違う意味で都会的でしたね。
レペゼン :
たしかに、ある種の「東京感」みたいなものがありますよね。
井川裕介 :
そうですね。「ギャングスタなスタイルじゃないアーティストもいるんだ」と感じたのを覚えています。でも、そこから他のヒップホップアーティストを深くディグっていくという感じでもなく、ハードコアパンクにハマっていきました。特にファストコアとか80’sのハードコアをよく聴いていました。あとは、ツートーンスカ(*)とかオーセンティックスカみたいなジャンルをがっつり聴いている時期もありましたね。
※1970年代の英国で、パンクとスカが融合してできた音楽のジャンル。
レペゼン :
なるほど。守備範囲が相当広いですね!
情報源は、高校生向け雑誌
『東京ストリートニュース!』
レペゼン :
前回の記事では「最近のヒップホップも好き」という話がありましたが、ヒップホップをまた熱心に聴き始めるようになったのは、いつ頃からだったんですか?
井川裕介 :
Nujabesが出てきた時ですね。二十歳くらいの頃に、あのトラックを聴いて「やべえ!!」ってなって、また一気にヒップホップに戻ってきました。そこからずっとヒップホップが好きです。
【Nujabes – Feather (feat. Cise Starr & Akin from CYNE)】
レペゼン :
分かります!Nujabesの存在感は本当にすごかったですよね。ちなみに学生時代は、音楽の情報はどう摂取していたんですか?
井川裕介 :
音楽の情報は『warp』と『ollie』からでしたね。あとは『東京ストリートニュース!』という雑誌がありました。いわゆる高校生向け雑誌なんですが、扱うジャンルが広いのが特徴で。メロコア好き、ヒップホップヘッズ、ギャル男と、他の雑誌にはない高校生向けのカルチャーが取り上げられていて、授業中みんなで回し読みしてましたね。
レペゼン :
かなり幅広い内容だったんですね。
井川裕介 :
しかもクラスの子たちも、だいたいそのどれかのジャンルに分けられるんです笑
レペゼン :
情報が少ないからこそ、界隈がパキッと分かれていたんですね。ちなみに井川さんはどのジャンルに属されていたんですか?
井川裕介 :
自分は「メロコア好き」ですね。でも、趣味嗜好は違う人が自然とクロスオーバーしているところもあって、面白かったです。
レペゼン :
ちなみに高校生の頃は、どんな遊びをしていたんですか?
井川裕介 :
メロコアが好きな友達とライブハウスに行きまくっていました。あと暇な時は、地元の友達が新宿に住んでいる友達が多かったこともあって、新宿に遊びに行ってました。特に、ワンルームで一人暮らししてた奴の家がみんなの溜まり場になっていましたね。
レペゼン :
バイトなどはしていたんですか?
井川裕介 :
後々の仕事にも繋がるんですが、美容室でバイトをしていました。といっても、普通に雑用くらいの感じですけどね。
レペゼン :
メロコアが好きで、新宿の友達の家で遊んで、美容室でバイトして……。めっちゃイケてる高校生ですね!笑
次回は、そんな充実した高校時代から、社会人になった井川さんのエピソードを深堀りしていくよ!出張スタイルのBBQや、「不純喫茶ドープ」といったユニークな飲食業を始めたきっかけとそこに込められたコンセプトとは…!?その超波乱万丈なキャリアに迫ります。

