僕も『ラップスタア』に救われた。映像ディレクター・菊池謙太郎の人生の転換点。

下積み、転職、そして運命の再会...。そのドラマチックなキャリアに迫る。

ライター:ほりさげ

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。
今月のゲストは、人気オーディション番組『ラップスタア』の撮影・編集を務める映像ディレクター・菊池謙太郎さん。お笑いと音楽が好きだった青年が、現在のキャリアに至ったヒストリーに迫ります。また菊池さんが選ぶ熱いラップソングを紹介。あの元美大生ラッパーとのエピソードも!

前回の記事はこちら→ 「面白い」はかっこいい。映像ディレクター・菊池謙太郎が10代の頃に熱中したアーティスト

スチャダラパーのMVを撮った
あのディレクターに憧れて…

レペゼン :
今回は、菊池さんが映像ディレクターになった経緯について。そもそも菊池さんが映像に興味を持ったきっかけはなんだったんですか?

菊池謙太郎 :
それもスチャダラパーの影響ですね。スチャダラの初期のMVをずっと撮っていたタケイグッドマンという映像ディレクターがいるんですが、その人の映像がめちゃめちゃかっこいいんですよ。その方の映像に憧れて、大学4年の時には映像の仕事をしたいと思うようになっていました。

【スチャダラパー – アクアフレッシュ】

レペゼン :
なるほど。映像面でもスチャダラの存在は菊池さんにとって大きいんですね。大学卒業後は、本格的に映像の世界へ入られたんですか?

菊池謙太郎 :
はい。まず映像の制作会社に入り、基礎的なところを教えてもらいました。ただあまりにも辛すぎて、3ヶ月の試用期間のあと、正社員になるかどうかの面接で「辞めます」と言ったんです。そこからフリーターになりました。

レペゼン :
3ヶ月で!?思い切りましたね。

スペースシャワーTVで
ついに番組ディレクターへ

レペゼン :
その後はどういったキャリアに進まれたのですか?

菊池謙太郎 :
フリーターをしながらお笑いライブの映像の手伝いなんかをしていて、並行して独学でウェブコーディングを身につけていたので、それを活かして普通のバイトから音楽ニュースサイト「VIBE」に転職しました。

レペゼン :
菊池さんもウェブメディアで務められていた時期があったとは。ご縁を感じます。

菊池謙太郎 :
たしかに。そこで1〜2年ほどデザインとコーディングのスタッフをして、そうこうしているうちに当時のVIBEの上司が音楽専門チャンネルのスペースシャワーTVを紹介してくれたんです。「スペースシャワーでウェブ担当を探しているから話を聞いてみれば?」って。その人は、僕が映像の仕事をしたいというのを知っていたので、放送局に入っちゃえばそれに近づけるだろうと勧めてくれたんです。それでスペースシャワーへ転職しました。

レペゼン :
そういう流れだったんですね。転職後は、満を持して番組制作に?

菊池謙太郎 :
いや、しばらくはウェブのデザインとか更新作業を担当していましたね。でも本当にやりたいのは映像だったからいろいろ調べて「どうやら企画書を出して通れば、番組を作れるらしい」とわかってきて。それで、自分も企画書を出したらそれが通って、番組のディレクターを一回やらせてもらえることになったんです。

レペゼン :
ついに番組のディレクターに!

菊池謙太郎 :
そうですね。その後もスペースシャワーにウェブのスタッフとして常駐したまま、たまに番組を作らせてもらったりしていたんですが、そのバランスが徐々に変化していって。エレキコミックとやっていたスペースシャワーの番組が週一のレギュラーになるタイミングで、ウェブのスタッフをやめて映像の仕事だけにしました。

『ラップスタア』と出会い
それまでのキャリアが活きた

レペゼン :
『ラップスタア』に映像ディレクターとして参加されたのは、どんなきっかけだったんですか?

菊池謙太郎 :
ちょっとややこしいんですが…エレキコミックのやついいちろうさんが毎年渋谷で開催している音楽イベント「やついフェスティバル」に関わっていて、2014年に「やついフェス」がBSフジで放送されることになって。そこに、僕含めてディレクターが5~6人集められたんです。その中に抜群に暗そうな人を見つけて笑
「なんとなく仲良くなれそう」と思って話しかけたのが、現在『ラップスタア』の総合演出をされている長島翔さんでした。

レペゼン :
暗そうな人笑
それで実際に仲良くなったと?

菊池謙太郎 :
そうなんです。その後ライブハウスで偶然にも再会したりして、「いつか一緒に仕事できたらいいですね」と話していたのですが、その数年後に本当に連絡が来て「『ラップスタア』という番組を立ち上げるので、入りませんか?」と誘ってもらいました。

レペゼン :
ささいな出会いが今の仕事に繋がっているんですね。『ラップスタア』には立ち上げから関わっていらっしゃるわけですが、何か当時のエピソードで覚えていることはありますか?

菊池謙太郎 :
最初はいろんなことが決まっていなかったこともあって、とにかくみんなで手探りで作っていました。あとは、いわゆるテレビの仕事で初めて褒められたことは強く覚えています。

レペゼン :
「初めて褒められた」というと、どういうことでしょう?

菊池謙太郎 :
ちょっとニュアンスを伝えるのが難しいんですけど、スペースシャワーは音楽専門チャンネルで、いわゆるテレビっぽくないテレビというか、良くも悪くも興味がある人向けのメディアでした。携わったのも好きなミュージシャンのドキュメンタリー番組だったり、旧知の仲のエレキコミックとの番組だったりして、好きにできていたんです。でもたまに関わるスペシャ以外の地上波の情報番組やランキング番組だと、まったく上手くできなくて。別職からディレクターになったので経験も足りなかったし、当たり前のことができなくてけっこう怒られたりしたこともあって、ちょっと普通のテレビ番組は無理かなって思いました。

レペゼン :
そうでしたか…。

菊池謙太郎 :
なかなか自信を持てなかったところに、長島さんから『ラップスタア』に誘ってもらって。そこで最初にロケのVTRを自分なりに編集してみたら、長島さんやプロデューサーがめっちゃ褒めてくれたんですよ。それで「俺まだいけるかも」って思えました。今までやってきたスペースシャワーでの仕事と、エレキコミックから学んだことをミックスして上手く活かせている感じがしたんです。だから僕自身『ラップスタア』に救われた人間なんです。「こういう分野に向いてるんだ」っていう方向がはっきりしたというか。

レペゼン :
ようやく苦労が報われた感じがしますね。そこをきっかけとして、ラッパーの生い立ちにフォーカスした書籍を出版されたわけですが、菊池さんがこれほどまでにラッパーに惹かれたポイントはどこにあったんでしょう?

菊池謙太郎 :
ラッパーたちを取材したり触れ合ったりしてみて感じたのは、取り繕ったり、隠したりということが少ないってことでした。ラッパーたちのリリックや表現しているものが、彼らの過去や人間性と地続きになっている気がして、それが面白かったのかもしれないです。これはリリックを書く時に、自分の人生を反映させるという暗黙のルールがあるからなのかも知れません。

レペゼン :
個人的に、若い世代ならではの鋭さや、持て余したエネルギーのようなものを感じます。

菊池謙太郎 :
それから、いろんな性格の子が過酷な環境からもがいて抜け出そうとしている姿にも刺激を受けました。例えばシーズン1で優勝したDaiaは、知り合った当時、めっちゃラップうまくてかっこいいけど埋もれていたんです。だから必死でもがいてきた彼が優勝したのを目の当たりにした時は刺激的だったし嬉しかったですね。ただ、その後彼が爆発的に売れたかというとそうではなく、番組で優勝したからといってその後も順風満帆…というシンプルな話じゃない。そこがリアルだし、Daiaのことは今も応援しています。また会いたいですね。

レペゼン :
間違いないです。『ラップスタア』の後も彼らのストーリーは続くわけですしね。

菊池謙太郎 :
一方で、同じシーズンで担当していたTohjiは、優勝こそしなかったけど、その後爆発的に売れて今やスーパースターになりましたよね。「友達とシェアハウスしながら音楽やってる美大生」という印象の彼が、番組が終わった後、とてつもないアーティストになっていった、という流れもまた面白いです。

レペゼン :
そうですよね。それを聞くと、いろんなラッパーと話をしたくなったという菊池さんの気持ちも分かります。

Mall Boyzの表現が
世の中に開かれた瞬間だった

レペゼン :
番組内でフォーカスされた部分だけでなく、その後の展開も含めた人生模様が菊池さんの興味どころなんですね。『ラップスタア』に出演されたラッパーの曲で、特に好きな曲はありますか?

菊池謙太郎 :
それこそTohjiがやっているMall Boyzの「Cool running feat. SEEDA」は印象深いです。Tohjiとはシーズンが終わった後も交流が続いていたし、ライブも見に行ったりしていたんですが、しばらくは何者でもなかったんです。でも、この曲が収録されたEP・『Mall Tape (feat. Tohji & gummyboy)』がリリースされた時に、彼らの表現が世の中に開いた感じがしたんですよ。

レペゼン :
「開いた」というと、何か音楽的な変化があったんでしょうか?

菊池謙太郎 :
良い意味でポップになったというか、自分のやりたいことをひたすらやっていたところから一歩進んだ感じがしたんです。しかも審査員の中で彼のことを唯一評価していたSEEDAさんが、一緒に曲をやるという流れもめっちゃ素敵でした。

【Mall Boyz (Tohji, gummyboy) – Cool running feat. SEEDA】

レペゼン :
それは熱い!『ラップスタア』に挑戦する彼らの姿を近くで見ていた菊池さんだからこそ、彼らが羽ばたいていく姿を見る感動もひとしおでしょうね。

次回はいよいよ最終回。自費出版でリリースされた若手プレイヤーへのインタビュー本の制作秘話から、今シーズンの『ラップスタア』の見どころ、そして菊池さんが今最も熱いと思うラップソングまで、たっぷりお話しいただきます!
菊池さんの書籍『LIFE HISTORY MIXTAPE』は、こちら  からチェック!

プロフィール

  • 菊池謙太郎(きくち けんたろう)

    菊池謙太郎(きくち けんたろう)

    青森県むつ市出身、東京在住の映像ディレクター。主にお笑いと音楽関連の映像を手掛け、特に近年は『ラップスタア』のディレクターとしてラッパーたちの実情や心情を映し出す仕事が高い評価を受けている。また映像にとどまらず、ラッパーの子ども時代のエピソードを綴った書籍『LIFE HISTORY MIXTAPE 01』(まわる書房)を2024年6月に自主制作で刊行し、翌年には同『02』をリリース。アーティストの生い立ちやライフスタイル、また心の機微を伝える優れた聞き手・撮り手として、映像・書籍・トークショーなど多様な場で発信を続ける。 (photo by 白鳥建二)