ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストは、漫才コンビ・ヤーレンズの出井隼之介さん。第3回目では、相方・楢原さんとコンビを結成してからのお話に迫ります。M-1決勝という夢の舞台を目指すも結果が出ず燻り続けた約10年。知られざる熱いドラマをスローバック!
前回の記事はこちら→ MSCならぬNSCへ!ヒップホップ好きのヤーレンズ出井隼之介がお笑いの道を選んだワケ
お金もない!暇でもない!
試練続きの約10年

レペゼン :
ヤーレンズ結成以降の活動についてもお聞きしたいと思います。結成はいつ頃だったんですか?
出井 :
コンビ結成は2011年です。大阪時代は「パープーズ」(*1)っていうコンビ名だったんですけど、結成後は順調でしたね。結成してすぐ「THE MANZAI」(*2)の認定漫才師(ベスト50)に入ったり。
※1 … 「ヤーレンズ」の由来と同様、サザンオールスターズの楽曲名に「ズ」をつけたコンビ名。
※2 … 日本最高峰の漫才師たちが集結するフジテレビ系列の番組。M-1休止期間中の2011~2014年はコンテスト形式で開催。

レペゼン :
おお!幸先が良かったんですね。
出井 :
「これいけるぞ」って思ったんですけど、そこから全然うまくいかなかったんです。それに当時、あんまり大阪っぽくない芸風でやってたんですが、それが大阪の空気とあんまりフィットしなくて。そこで事務所を辞めて、心機一転、コンビ名も「ヤーレンズ」に変えて上京したんです。それが2014年ですね。
レペゼン :
なるほど。環境を変えて勝負していくと。
出井 :
とはいえ、そこからはM-1の準々決勝くらいには入れるけど、そこからなかなか突き抜けない時代がめっちゃ長かったです。決勝に行けたのは2023年なので。
レペゼン :
上京から約10年ですか!長いですね……。ちなみにその間は、芸人としてのお仕事はあったんですか?
出井 :
ラジオのレポーターや、たま〜に深夜番組でネタをやったりするぐらいで収入が本当に少なく、極貧生活でした。ライブにお客さんが多く入ってくれたら食える月もあったけど、芸人仕事とバイト代を合わせて大体月収12万〜15万でしたね笑
レペゼン :
きついですね……。アルバイトはどんなことをされていたんですか?
出井 :
大阪の頃は漫画喫茶とかコンビニとか、とにかく夜中働けて楽なところばっかりやってました。でも深夜の生活が長すぎて体がやばいなと感じたので、東京に出てきてからは朝のモスバーガーで働いたりしてました。まあでもきつかったですね。
レペゼン :
絶対大変ですよね。1日のサイクルはどんな感じだったんでしょう?
出井 :
朝8時くらいから昼の2時くらいまでバイトして、家に帰ってちょっと寝て、夕方5時くらいからライブ行って。ライブに出たあと、みんなで打ち上げ行って夜の12時くらいに解散して、そこから相方とファミレス行って、2~3時間ネタ合わせして、そこからまた朝のバイト行って……みたいなのを毎日繰り返していました。だから、お金はないけど暇でもない生活でしたね笑
レペゼン :
お笑いの仕事だけで食べていけるようになったのは、やっぱりM-1決勝に進んでからだったんですか?
出井 :
2022年の敗者復活が終わって、2023年の4月に初めて給料が30万になったんですよ。これは嬉し泣きしましたね。
レペゼン :
それは熱いですね!
出井 :
その次の月は12万で、その次は6万とか、また下がっちゃったんですけどね笑
でも一時的にでも30万にいったのはでかかったです。
周りの芸人が一気にM-1決勝へ!
取り残されたヤーレンズ

レペゼン :
ヤーレンズは2023年に初のM-1ファイナル出場を果たされたわけですが、それまでも「いけそうだな」っていう年はあったんですか?
出井 :
2022年はいけそうでしたね。実はその前の2021年に、横並びにいた芸人がみんな決勝に行ったんです。モグライダー、ランジャタイ、ウエストランド、真空ジェシカ、錦鯉さん。あと、もともとトム・ブラウンも行ってたし、もっというと、メイプル超合金も早く売れてたし。周りの芸人がみんなバーって売れて、ほんとに僕ら1組だけ残されたような状態だったんですよ。
レペゼン :
それは悔しいですね。焦りもあるでしょうし。
出井 :
「これはきついな。もう辞めようか」って思ってた時に、周りの仲間からの猛烈なフックアップがあったんです。後輩が「次のM-1はヤーレンズさん絶対大丈夫です」って励ましてくれたり、モグライダー、ランジャタイ、ヤーレンズの3組でライブをやってくれたり、錦鯉さんが深夜のネタ番組に僕らを推薦芸人として呼んでくれたり。
レペゼン :
めっちゃ良い話ですね!
出井 :
「熱い!これは辞められないぞ」と火がついて、2022年は頑張りましたね。その結果、ライブでもかなりウケるようになって、「絶対決勝行くんじゃないか」っていうお笑いライブ界のムードも強くなってきて。エゴサするためにX(旧Twitter)で「ヤーレンズ」って打ったら、サジェストで「ヤーレンズ 仕上がってる」って出てくるくらいでした笑
でもその年は、準決勝止まりだったんですよ。
レペゼン :
えー!そこまで手応えがあっても決勝に上がれないとは……。改めてシビアな大会ですね。
出井 :
僕らも絶対行けると思っていただけに、「ここで負けるか……」ってなったんですけど、その敗者復活の場で「来年は絶対頑張ろう」って言い合ったのが令和ロマンなんですよ。翌年の2023年はヤーレンズと令和ロマンの2組で毎月ずっとライブやって、結果その年のM-1で両組とも決勝に行けました。

レペゼン :
めちゃくちゃドラマチックな展開ですね!
地元で思わず涙!
神門からの熱い“エール”

レペゼン :
なかなか結果が出ず、我慢が続いた約10年だったと思うのですが、その期間に励まされたラップソングがあれば教えていただけますか?
出井 :
けっこうあるんですけど、神門(ごうど)さんの「エールⅡ」ですね。
【神門 – エールⅡ】
レペゼン :
おお!神門さんかっこいいですよね。この曲のどんな部分が特に刺さりましたか?
出井 :
2021年のM-1に落ちたあと、実家に帰る用事があったんです。その状態で帰るのはほんとに嫌だったんですけどね。Xかなんかパッと開いたら「神門の新曲がリリース」みたいな通知がきていて。聴いてみたら、もうその時の自分にぴったりな曲だったんですよ。ちょっと三宮のあたりで涙ぐむほどでした笑
神門さんは神戸出身のラッパーでもともと好きだったんですが、この曲には特に励まされましたね。
レペゼン :
なるほど。偶然神戸で聴いたというシチュエーションも含め刺さるものがありそうですね。なかでも気に入ってるリリックはありますか?
出井 :
最後に
万人受けはせんかもなぁ
その言葉の意味がいまだに理解できない
1人の心を動かせたものは
全てその可能性の塊だ
っていう歌詞があって。「1人の心を動かせるんだから、万人の心を動かす可能性も絶対あるはず」っていう締めに、「うおー!!」ってなりましたね。
レペゼン :
まさにラップにもお笑いにも通じる部分といえますね。
出井 :
あとは般若さんの「あの頃じゃねえ」もめっちゃ聴いてましたね。2023年のM-1の前とかは、「今年上がれなかったらまじで終わりだ」って思ってたんで。仕事が終わって家に帰ったあとも、とにかくもうソワソワしちゃって寝れないんですよ。決勝に行けたらウケる自信はあるけど、行けない可能性があるのが怖くて。夜中、この曲を聴きながらひたすら歩く時もありました笑
【般若- あの頃じゃねえ】
レペゼン :
全てがかかっている状態ですもんね。改めて毎年挑戦されているみなさんは、すごい精神力だと思います。
次回はいよいよ出井さんへのインタビュー最終回!M-1ラストイヤーとなる今年、どんな心境で臨むのか。そしてその大きな勝負を控えた出井さんが選ぶ渾身のラップソングとは……!?
プロフィール
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神奈川県出身、ケイダッシュステージ所属のお笑い芸人。漫才コンビ「ヤーレンズ」のツッコミ担当。 中学時代から聴き始めたラジオをきっかけとしてお笑いの道を志すように。吉本興業のお笑い養成所・「NSC」を卒業後、楢原と漫才コンビ「パープーズ」を結成。2014年の上京を機に現在のコンビ名に改めた。以降、毎年挑戦を続けてきた漫才師の頂点を決める「M-1グランプリ」では、2023年に初の決勝進出を果たしただけでなく、その後2024年、2025年と連続で決勝に駒を進め、多くのお笑いファンからのプロップスを獲得。現在は、ラジオのレギュラー番組や、コンビでのYoutubeチャンネル、そして全国ツアーなど、あの手この手で日本全土に笑いを届けている。格闘技、コーヒー、メイク/美容、そしてヒップホップと、幅広い分野の趣味を持つほか、優れた書き手としても知られ、お笑い要素も多分に含みつつ、独自の視点で世の中の出来事に向き合うコラムは、多くの気づきを与えてくれる。

