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ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストは、お笑いコンビ「ヤーレンズ」の出井隼之介さん!日本最大の漫才の大会「M-1グランプリ」では、2023・2024・2025年と3年連続で決勝に駒を進めたことでも知られる実力派。相方・楢原さんとの阿吽の呼吸を武器に、今ではテレビ、ラジオ、Youtube、そして舞台で笑いを届ける出井さんですが、実はヒップホップヘッズという意外な一面も!
そこで4週にわたって、彼のキャリアやおすすめのラップソングについて、根掘り葉掘りお聞きします。
若手芸人のラジオで
関西弁を猛勉強!

レペゼン :
まずは学生時代の思い出からお聞きしていきたいと思います。出井さんのご出身はどちらですか?
出井 :
僕は、「横浜生まれ神戸育ち」としているんですが、正確には、神戸で生まれたあとすぐ横浜に移って、12歳まで横浜に住んでいました。
レペゼン :
そうなんですね。中学や高校では、どんな学生時代を過ごされたんですか?
出井 :
中学で横浜から神戸に引っ越したんですけど、それがけっこう転機で。というのも、新しい学校の制服が間に合わず、引越し初日に学ランの中にブレザーで登校したんですよ。しかもみんな関西弁の中、僕1人だけ標準語だから、めちゃめちゃ浮いて笑
だから周りからめちゃくちゃイジられたんですよね。上級生の階の廊下を、端から端まで歩かされて「なんやこいつー!」って言われまくるみたいな笑
レペゼン :
めちゃくちゃないじられ方ですね笑
いわば、関西の洗礼と言いますか……。
出井 :
そうなんすよ。「やばい、なんとかして溶け込まないと一生いじられる!!」と思って、必死で関西弁を覚えようとしました。その為にラジオを聴いてたんですよ。
レペゼン :
なるほど。どんなラジオを聴いていたんですか?
出井 :
キングコングさんとか、陣内さんとケンコバさんとか、「これから売れていく」みたいな当時の若手芸人のラジオですね。それを聴きながら関西弁を勉強して、少しでもクラスに馴染めるように頑張りました。でもクラスの中心というよりも、野球部とかサッカー部の子たちがはしゃいでるのをちょっと離れたところから見て、「ふん、何が面白いんだよ」って思ってるようなポジションだったんですが笑
レペゼン :
そうだったんですか笑
出井さん自身は、何か部活はされていたんですか?
出井 :
剣道をやっていました。実は芸人って剣道部出身の人が多くて。かまいたちの山内さんとか、真空ジェシカの川北とか、きしたかののたかのとか。もしかしたらマインド的に通ずるものがあるのかもしれないです。
レペゼン :
そうなんですね。ちなみに出井さんは、神戸に引っ越される前から「クラスの中心から距離をとって」的な立ち位置だったんですか?
出井 :
いや、小学校の時はそうでもなかったんですけど、中学に入ってそんな感じでしたね。環境が変わることで、一度、強制的に輪から外れたという経験は大きいかもしれません。
KICK THE CAN CREWの
ラップに衝撃を受けた出井少年

レペゼン :
お笑いに興味を持ったのも、ラジオがきっかけだったりするんですか?
出井 :
そうですね。実はヒップホップもラジオの影響なんです。
レペゼン :
え!そうなんですか。どういうラジオでヒップホップを聴いていたんですか?
出井 :
手当たり次第聴いていたんですよ。FMとかはずっと曲が流れていたりするじゃないですか?時系列的にどうだったかは覚えてないんですけど、最初にヒップホップを聴いたのはラジオからでした。それまではラップという表現があるくらいは知ってはいたんですけど、割と素通りしていたんです。
レペゼン :
特に印象に残っている曲はありますか?
出井 :
初めてちゃんと聴いたのは、KICK THE CAN CREWの「クリスマス・イブRap」でした。
【KICK THE CAN CREW – クリスマス・イブRap】
レペゼン :
懐かしい!山下達郎の名曲・「クリスマス・イブ」をラップカバーした曲ですね。
出井 :
そうですそうです。ラジオのパーソナリティの人は、軽くいじる感じで「クリスマスソングもラップの時代なんですねえ」って感じだったんですけど、自分にとっては衝撃で、「こうやって韻を踏むのがラップなのか!」ってなりました。メンバーが三者三様のスタイルなのもかっこよかったですし。
レペゼン :
今聴いてもかっこいいですよね。CDも買ったりし始めるんですか?
出井 :
買いました買いました!「クリスマス・イブRap」のシングルも買ったし、その少し後に出たKICK THE CAN CREWのシングル・『マルシェ』と、あややの「LOVE涙色」を一緒に買った記憶もあります笑
レペゼン :
おお!笑
あややはあややで、すごい勢いでしたよね。
出井 :
ちなみに、あややは姫路出身なので、当時の兵庫県で一番のフッドスターでした笑
「もう一度James Brownから聴け」

レペゼン :
KICK THE CAN CREWから、他のアーティストも掘っていかれたんですか?
出井 :
はい。当時の学生はみんなそうだったと思うんですけど、次はRIP SLYMEにいきました。もうRIPがバカ売れしてた時代で、「楽園ベイベー」とかが入ったアルバム・『TOKYO CLASSIC』は、SMAPをおさえて1位になってましたからね。僕も雑誌かなんかで知った『TOKYO CLASSIC』の発売日にむけて、お小遣いをコツコツ貯めていたのを覚えています。
レペゼン :
お茶の間にヒップホップが より浸透した時代でしたよね。
出井 :
そうですよね。で、その後は、nobodyknows+とか、麻波25とか、Def Techなど、ラップをするアーティストを聴いていった後、最終的にキングギドラの『最終兵器』に収録されていた「公開処刑」を聴いて「こわ!」ってなったのを覚えています笑
レペゼン :
あれは相当なインパクトでしたよね。
出井 :
あれを聴いてからは、逆にKICK THE CAN CREWとかRIP SLYMEは聴かなくなって、キングギドラとかを聴き始めました笑
レペゼン :
こっちが本格的なヒップホップなんだ!みたいな感覚にさせられたというか笑
出井 :
そうそう。もうあの頃は、なんであんなにKダブシャインさんの言うこと聞いてたんだろうと思うくらい、影響されていましたね。Kダブシャインさんが「公開処刑」のリリックの中で、「もう一度James Brownから聴け」って言ったから、僕も「ジェームス・ブラウンっていうアーティストを聴かないといけないのか……」って思って、ベストアルバムを買いに行きましたからね!笑
レペゼン :
あのリリックがきっかけで、ジェームス・ブラウンの名前を知った人は多いですよね。
出井 :
でも、聴いたものの「なんかよく分かんないな……」ってなりましたけどね笑
あとはZeebraさんのソロ曲の「真っ昼間」という中に、「ボブの歌かなんか口ずさみ」っていうリリックがあって、そこでも「“ボブ”って誰だろう…」って思って調べたらBob Marley(ボブ・マーリー)ということが分かったので、またCD屋に行ったら、ボブ・マーリーの分厚いコンピレーションベストアルバムがあったんですよ。それもまた12枚組くらいの笑
【Zeebra – 真っ昼間】
レペゼン :
すごい!膨大な曲数ですね笑
出井 :
初期から時系列ごとに入ってますからね。それを聴きながら、「Zeebraは昼間これを聴いてるんだ…」って思っていました笑
さかのぼると繋がっていく。
掘る魅力はここにあり!

レペゼン :
ヒップホップの入りは日本語ラップだった出井さんですが、洋楽についてはいかがですか?
出井 :
高校の時に映画『8 Mile』が流行ったんですけど、それも友達と「すげえ」ってなって。そのへんから洋楽も聴き出しました。当時流行っていたのは、Nelly(ネリー)とか。
レペゼン :
良いですよね。「Hot In Here」とか。
出井 :
ははは!「Hot In Here」ありましたね笑
あと「Dilemma」とか。
【Nelly – Dilemma】
レペゼン :
良い時代ですよね。
出井 :
ですね。そうやってその周りのアーティストを聴いていました。映画も1作目から遡って見たり、とにかく遡ることが昔から好きで、しかもそれが繋がっていくのが楽しかったですね。例えば、The Sugarhill Gangの「Rapper’s Delight」っていう曲を知った時に、「RIP SLYMEの『STEPPER’S DELIGHT』は、ここから取ってるんだ!」って気付いたり。
【The Sugarhill Gang – Rapper’s Delight】
【RIP SLYME – STEPPER’S DELIGHT】
レペゼン :
なるほど。サンプリングの元ネタに気づいた時の納得感は、まさにヒップホップをディグる醍醐味と言えますよね。
学生時代にヒップホップの魅力に触れ、国内外のアーティストを熱心にディグってきたヤーレンズの出井さん。次回は、そんな出井さんの大学時代~NSC時代に迫ります!勝負どころで自身を奮い立たせるために聴いていた渾身の1曲も紹介してもらうよ!お楽しみに。
プロフィール
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神奈川県出身、ケイダッシュステージ所属のお笑い芸人。漫才コンビ「ヤーレンズ」のツッコミ担当。 中学時代から聴き始めたラジオをきっかけとしてお笑いの道を志すように。吉本興業のお笑い養成所・「NSC」を卒業後、楢原と漫才コンビ「パープーズ」を結成。2014年の上京を機に現在のコンビ名に改めた。以降、毎年挑戦を続けてきた漫才師の頂点を決める「M-1グランプリ」では、2023年に初の決勝進出を果たしただけでなく、その後2024年、2025年と連続で決勝に駒を進め、多くのお笑いファンからのプロップスを獲得。現在は、ラジオのレギュラー番組や、コンビでのYoutubeチャンネル、そして全国ツアーなど、あの手この手で日本全土に笑いを届けている。格闘技、コーヒー、メイク/美容、そしてヒップホップと、幅広い分野の趣味を持つほか、優れた書き手としても知られ、お笑い要素も多分に含みつつ、独自の視点で世の中の出来事に向き合うコラムは、多くの気づきを与えてくれる。

