車いすラグビー金メダリストにして、ラップ好きアスリート、 若山英史が考える世界の変え方とは?

どん底から成り上がった男が掴んだ“ストリート・ドリームス”

ライター:TARO

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアや仕事について全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストは車いすラグビー、パリパラリンピック・金メダリスト、若山英史(わかやま ひでふみ)さん。Vol.4の今回は若山さんの車いすラグビーへの思い、そして世界の変え方をお伺いしました。

前回の記事はこちら→ パリパラリンピック・金メダルの快挙!ヒップホップ好き車いすラグビー選手、若山英史とは?

事故で、胸から下が完全に麻痺。希望を見出した車いすラグビーで日本代表へ

レペゼン:
最初はどういう流れで車いすラグビーを始めたんですか?

若山英史
事故後、あるリハビリセンターで職業訓練を受けていたんですが、そこは学校みたいな感じで授業や訓練が昼間にあって、放課後はクラブ活動があったんです。車いすラグビーのクラブもあって、そこで先輩たちから「うちのチームに来てみない?」と誘われて、本格的に始めるようになりました。

レペゼン:
「オレ行けるかも?」みたいな感覚は最初からあったんですか?

若山英史:
いや、最初はそんな自信はなかったです笑
ただ僕、性格的に調子に乗りやすいところがあるんで、周りから「いいじゃん!」って言われると「もしかしたらいけるかも?」って思っちゃうタイプで。で、実際にやり始めたら楽しくて、だんだん夢中になりましたね。

レペゼン:
なるほど。そこからどういう感じで、五輪レベルを目指そうとなっていくんですか?

若山英史:
当時は競技人口が少なくて、若い選手でちょっとセンスがあると、すぐに代表合宿に呼ばれることがあったんですよ。僕も2009年に初めて声がかかりました。ただその時、まだ仕事をしていなくて、合宿の費用が全部自己負担だったんです。それで「自分の趣味で親に迷惑をかけたくない」って思って、一度断ったんです。でも、やっぱり代表で活動してみたいという気持ちが強くなって、就職してから2011年に改めて呼ばれて、正式に代表入りしました。

レペゼン:
仕事しながら、日本代表としても活動されてたんですね!車いすラグビーはその時、既にパラリンピックの種目だったんですか?

リオ、東京を経て、悲願の金メダル獲得。Zeebra を聴いて成り上がる。

若山英史:
2004年のアテネ大会から正式種目になっていたのですが、まだまだマイナーだったので、例えば大会や練習に行く遠征費用なども自分で工面することが多かったです。強化費もあったのですが、半分半分って感じでしたね。

レペゼン:
大変ですね。ロンドンもそうですけど、リオとかを経験して結果を出して、スポンサーがついたりと状況が変わっていった感じなんですか?

若山英史:
そうですね。2013年に東京パラリンピックが決まるんですよ。そうなるといろいろなところで注目されるようになって。日本代表としても強くなっていたので、いろんなスポンサーがついて、代表の活動はほぼそういった強化費でまかなえるような感じになっていたと思います。

レペゼン:
素晴らしいです。リオ、東京と経て、今回パリ・パラリンピックでは、悲願の金メダルを獲得されました。もちろんしんどい時期もあったとは思うのですが、モチベーションを維持してこれた秘訣を教えてください。

若山英史:
僕はこの車いすラグビーという競技をすごく楽しいものだと思っていて。「なんでそんなに続けられるの?」とか「辛いことないの?」と聞かれるんですが、楽しいというところが根底にあって。それがあるからこそ、辛いことも乗り越えてやってこれていると思います。
なので、この楽しさをいろんな方に知ってほしいというのはずっと思っています。

レペゼン:
今回の金メダルがきっかけで、さらに車いすラグビーの認知度が広がっている気がします。
そんな車いすラグビーに合うヒップホップを一曲選ぶとするとどんな曲が合うでしょうか?

若山英史:
Zeebraさん「Street Dreams」ですかね。
単純にZeebraさんはすごく好きで。あの曲のどんどん成り上がっていくって感じに勇気もらえますね。

Zeebra「Street Dreams」

 

若山選手が思う世界の変え方

レペゼン:
若山さんは事故、そして体の麻痺という状況の中で、車いすラグビーというスポーツでご自身の世界を変えてきたと思うのですが、いま悩んでいる人や、しんどい状況で諦めそうな人たちに向けて、何かメッセージをお願いできますか?

若山英史:
僕自身、完璧な人間じゃないし、失敗もいっぱいしてきました。だから偉そうなことは言えないんですけど、ひとつ言えるのは、何かを変えたいと思ったら、自分から動くしかないということです。困っていることがあっても、例えば高いところのものが取れないとき、ただ待っていても物は落ちてきません。だから、どうするかっていったら、自分でどうにかして取るしかないんです。知らない人に声をかけたり、工夫したり。車いすラグビーもそうで、自分からチャンスをつかみに行かないと、何も始まらない。もし「どうしようかな」って迷っているなら、断られるのを恐れずに一歩踏み出してみてください。声をかけるだけでもいいし、小さな挑戦をするだけでもいい。それがきっかけで、きっと何かが変わると思います。

ダメでもともと、っていうくらいの気持ちでいいんです。ポジティブな考え方ができるようになると、自分の世界も自然と広がっていくと思いますね。

レペゼン:
力強いメッセージ、ありがとうございます!
改めて今回はお忙しい中、ありがとうございました!

若山英史:
ありがとうございました!

プロフィール

  • 若山英史(わかやま ひでふみ)

    若山英史(わかやま ひでふみ)

    車いすラグビー選手。静岡県沼津市出身。パリパラリンピック金メダリスト。 大学時代にプールの飛び込み事故により頚椎損傷、足だけでなく手にも障害が残り握力は0kg。リハビリ中に車いすラグビーと出会う。その後日本代表に選出され、リオデジャネイロパラリンピック、東京パラリンピックにおいて2大会連続でメダルを獲得。2018年に行われた世界選手権では世界一を獲得する。パリパラリンピックでは悲願の金メダルを獲得。選手として活動する他、車いすラグビーやパラスポーツの普及活動、講演会なども行なっている。

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