短歌とラップの二刀流で流麗にスピット!ラップの“沼”に出会ってしまった天才歌人・野口あや子

怒りを原動力に書き上げたリリックのタイトルは...

ライター:ほりさげ

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。
今月のゲストはプロ歌人の野口あや子さん。若手の登竜門と言われる「短歌研究新人賞」を19歳という若さで受賞し、その後も定期的に発表する歌集や短歌朗読などの活動を通して注目を集めている実力派。一方で、ここ数年はフリースタイルラップの面白さにも目覚め、名古屋で毎週開催されるサイファーにも参加して、ラップの腕前を磨いているそう!この3月には、そんな自身の活動を振り返ったエッセイ『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』を発売。歌壇(歌人の世界)とラップシーンという2つの世界を行き来する野口さん、一体どんな人!?

前回の記事はこちら→  お笑いもヒップホップも“ジャンル”じゃない!ヤーレンズ出井隼之介が語る両者の共通点

詠み、教え、繋がる。
独自の活動を行う歌人

レペゼン :
本日はよろしくお願いします。まずは読者の方向けに自己紹介からお願いします。

野口 :
よろしくお願いします。歌人の野口あや子です。歌人の中でも、短歌が土台にある上で、いろんな挑戦をしたい歌人と思っていただきたいです。

レペゼン :
一言で「歌人」といってもいろんなタイプの方がいらっしゃると思うんですが、野口さんは普段どんなことをされているんですか?

野口 :
短歌は習い事文化がすごく強いので、大学の非常勤講師をやったり、カルチャースクールやオリジナル教室、自主オンラインのクラスをいくつか持ったりしているのと、短歌雑誌に短歌を発表したり、あとはエッセイの連載を書いたりということをしています。それから私は短歌の朗読も好きなんですが、ダンサー、音楽、映像の方と一緒に、朗読とのコラボレーションのショーもしたことがあります。

レペゼン :
面白いですね!短歌を詠んだり、教えたりするだけでなく、短歌を使って新しいコラボもされているんですね。

野口 :
あと、行けるか分からないんですが、イタリアで短歌朗読をする計画も立てています。

レペゼン :
興味深いことが多くて、どこから聞いていくか迷ってしまいます!

ルールからどうはみ出る?
短歌とラップの共通点

レペゼン :
様々な活動や試みをされている野口さんですが、ベースにあるのは短歌なんですね。

野口 :
はい。日本語の詩にはいろいろな形式があるのですが、そのなかでも主に現代詩、俳句、短歌というものがあります。現代詩は形式が自由で、俳句は「五・七・五」で季語があり。そして短歌は「五・七・五・七・七」で季語はなし。私にとってはこの短歌のサイズ感や文字の制約がちょうど良く、短歌を専門としています。

レペゼン :
なるほど。野口さんにとっては、短歌の「五・七・五・七・七」のリズム感が最もしっくりくると。

野口 :
はい。そして、この「五・七・五・七・七」は、ヒップホップで言うところのエイトビート(8ビート)に似ていると思っていて。余らせ方とか足りなさ加減も一つの面白みなんです。なので「『五・七・五・七・七』のリズム感に則って書く」という方が正確かもしれません。

レペゼン :
ということは、この文字数の制約は絶対ではないということですか?

野口 :
そうですね。字余りとか、字足らずとか、あと句またがり(句の切れ目をまたいで表現する技法)を使うことで詠み手の身体感覚が出ると思うので、私はそこも寛容にやりたいなと思っています。

レペゼン :
面白い!ちなみに「五・七・五・七・七」からあえてはみ出るテクニックは、短歌シーンでは良しとされるものなんですか?

野口 :
その感覚が今、若手の中でも揺れていて、いろんなかっこいい定型感覚(韻律)が生まれています。逆に、俵万智(たわらまち)さんや木下龍也(きのしたたつや)さんなどのメディアにとっての主要歌人は、「五・七・五・七・七」の韻律をきちっと守ることで短歌のアイデンティティを強く押し出しています。

レペゼン :
なるほど。ラッパーも、きっちりオンビートで韻を踏むことにこだわる人もいればオフビートであえて外して表現する人もいるので、かなり似ていますね。

『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』

レペゼン :
ご自身の著書『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』が3月に発売されたばかりですが、その紹介をお願いできますでしょうか?

野口 :
本としては、ラップに歌人がハマっていく話です。センシティブな話になってしまうんですが、自分がラップをしようとしたきっかけが元恋人からの性暴力で。半年くらいの間は、男性の姿を見るのも怖いし、恋愛ドラマもしんどい状態だったんです。

レペゼン :
そうだったんですか。

野口 :
そこで「怒っちゃおう」と思って、元恋人の悪口を韻を踏みながら言ってるうちに、「なんかもっとクリエイティブに怒れないかな」って思って。当時、看病に来てくれていた母から「そこ面白いね」って言われ、調子に乗ってどんどん韻を踏んでいるうちに楽しくなり、その日のうちに「ファッキンファッカー」っていうリリックをまるまる書いたんです。

レペゼン :
まさに怒りが凝縮されていそうですね。

野口 :
「めっちゃ良いのできたじゃん。このままいけるんじゃない?」っていうので、ラップの活動が始まりました。そこからは自分がけっこう行動派なこともあって、オンラインのサイファーとか、リアルのサイファーに行き始めます。
ただ、現段階でラップの世界はどうしても男性社会だと思うんですけど、そこに対する自分の立場とか、歌人とラッパーの両方をやるうえでの自分のスタンスの置き方を書いています。

レペゼン :
なるほど。ラップを始めた後も、感じることや思うことは多いわけですね。

野口 :
はい。あとは性暴力で一旦孤独になるんですが、その後、孤独から孤高になっていく過程みたいなところも本を通して見ていただけたらなと思っています。

レペゼン :
孤独から孤高……。とても気になります!ちなみにラップ自体はもともと聴かれていたんですか?

野口 :
そうですね。高校くらいからクラブミュージックが好きで、安室奈美恵の「Queen of Hip-Pop」っていうアルバムに収録されている「WANT ME, WANT ME」という曲にハマったのがダンスミュージックとの出会いです。けっこう卑猥なことを表現している曲で、例えばコンドームのことを英語で「Trojan(*)」と言ったりしています。

※ … 英訳すると「トロイの馬」だが、アメリカでは同名のコンドームブランドがあるため、ラップのリリックに避妊具という文脈で登場する。

レペゼン :
安室ちゃんの曲にそんな攻めたものもあったとは!

Daichi Yamamoto&MFS
の“かまさない”スタイル

レペゼン :
そんな野口さんが今ハマっているラップソングを教えてください。

野口 :
『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』ではAwichのことを書いているんですが、最近だとDaichi YamamotoとMFSの「Central Line」っていう曲が好きです。この2人は肩の力が抜けていて、「かます!」という感じのラッパーじゃないところに惹かれているかもしれません。自分がやりたい「短歌とヒップホップのクロス」も、かます感じのラップではないと思うので。

【 Daichi Yamamoto – Central Line (feat. MFS)】

レペゼン :
どこか通じるものを感じるんですね。特に好きなリリックはありますか?

野口 :
私は曲の「音」に惹かれて聴いているんですが、この曲は余白の多い曲だなと感じます。例えば、韻の感じで言うと、MFSの次のリリックが面白いです。

サウダージ適当だけどなぜか通じてるランゲージ
もうなんだっていい / 今日はイタリアンでやけ食い
でも何ポンド / 金とんの / 釣りあんの? / 防御本能

野口 :
「適当だけどなぜか通じてるランゲージ」まではゆったりしてるんですけど、「今日はイタリアンでやけ食い」以降はリズミカルになるという緩急があって。韻だけじゃなく緩急の感じがすごく詩的だなと思いますね。

レペゼン :
いやー、歌人視点のリリック解説、めちゃくちゃ面白いですね!ありがとうございます。

次回は、野口さんの幼少期〜高校生時代についてお聞きしていきます。少女漫画を禁止された野口さんがたどり着いた究極の「恋愛小説」とは!?

プロフィール

  • 野口 あや子(のぐち あやこ)

    野口 あや子(のぐち あやこ)

    1987年岐阜生まれ、名古屋在住の歌人。名古屋芸術大学非常勤講師。 2006年、「カシスドロップ」にて短歌研究新人賞受賞。2010年、第一歌集『くびすじの欠片』にて現代歌人協会賞を最年少受賞。ほか歌集『夏にふれる』『かなしき玩具譚』『眠れる海』。岐阜新聞にて月一エッセイ「身にあまるものたちへ」連載中。 近年はラッパーとして、サイファーやラップバトルへの参加も積極的に行うほか、2026年3月にはラップに傾倒するきっかけや活動内容、姿勢、さらに書き下ろしの短歌と歌詞を記した著書『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』を発売。短歌とラップを扱う新しい表現の担い手として注目を集めている。

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