Interview

2019.12.5 Thu

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アメリカ修行後のDJライフ/DJ K.DA.B④

人生グラフから見るDJライフ

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これまでに、ヒップホップとの出合いやニューヨークでの刺激的な生活について教えてくれたDJ K.DA.B(ケー・ダ・ビー)。困難な環境でも決して努力を忘れない、そんな彼のポリシーを感じ取ることができた。これ以降は日本に帰国してからの出来事にフォーカス。どのようにして現在の活動スタイルに至ったのか、現在のシーンについて思うこと、今後の野望など、正直な想いを語ってもらう。

レペゼン:
5年間のニューヨーク生活を経て、27歳の時に日本に帰ってきたんですよね。久しぶりの日本はどう感じましたか?

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DJ K.DA.B:
帰ってきてすぐは、日本の選曲に合わせるのに時間がかかってしまいました。当時の国内のシーンに対する違和感もあったし。それでも、しばらくすると地元の神奈川県を中心に月に20~25本くらいレギュラーをもらえるようになりました。

レペゼン:
おお!!けっこう順調だったということでしょうか??

DJ K.DA.B:
ただ、その数年後に横須賀の米兵の門限が厳しくなったり、神奈川エリアのクラブが相次いで閉店してしまう時期に入ってしまい…当時はまだ東京にあまり出てきてなかったから、神奈川のクラブが減ると自然と俺の出演数自体も減ってしまって……。

レペゼン:
そうなんですか…
ニューヨークの時のナイトメアがよぎりますね…

DJ K.DA.B:
でも逆にニューヨークでリーマンショックを経験していたおかげか、そんなに落ち込むこともなかったです。もともとマイナスの所から切り開いていくのが得意なタイプではあるので。

レペゼン:
そのメンタル半端ないです!!
その後はどうなったんですか??

DJ K.DA.B:
東京のイベントにも積極的に顔を出すようにして行ったので、レギュラーも増えていきました。やっぱり自分で足を運ばないことには始まらないですね!!

レペゼン:
現在は活動の幅をラジオやウェブメディアにも広げられていますが、それにはどのような経緯があったんですか?

DJ K.DA.B:
34歳の時に、m-flo(エムフロー)の☆Taku Takahashiさんがやってる「block.fm」というウェブメディアでライターに挑戦する機会がありまして。今でもヒップホップ関係のニュース記事をメインで書いています。

レペゼン:
かっこいいです!!
WREP(レップ)のラジオのオファーはどうやって来たんですか?

DJ K.DA.B:
3年くらい前からヒップホップ関連のニュース記事に翻訳をつけた動画を「#BsideNews」としてInstagramやSNSにアップしていたんです。それがDJ界隈の人たちにけっこう好評で、番組をやらないかとDJ YANATAKE(ヤナタケ)さんから誘ってもらいました。今年10月からは毎週木曜日の18時から、時間も1時間延長して看板番組の仲間入りをさせてもらえることになったので、より一層楽しみですね!

レペゼン:
いやー本当にすごい!!ご自身で道を切り開くと、そういうフックアップも付いてくるんですね!!ラジオDJもクラブDJもできちゃうっていうのは新しいですよね。

DJ K.DA.B:
俺はニューヨークにいた頃からラジオの大切さをずっと感じていて、クラブとラジオは共にあるべきだと思っていたから、わりと自然な流れですね。

レペゼン:
なるほど。

DJ K.DA.B:
ラジオ番組やライターをやっていると、クラブのDJとしても今までとは違う方面から誘ってもらえることが増えたりして。色々な仕事をしてるけど根本はクラブで本気のDJをできるぞっていうのが、自分の自信や余裕にも繋がってると思います。

…続く。

DJ K.DA.B Instagram:djkdab

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