Interview

2018.7.26 Thu

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レペゼンインタビュー:焚巻 ラップに人生を救われた男の物語

華やかな経歴に隠された、人間臭いストリートライフ

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年々、盛り上がる日本語ラップシーン。盛り上がりの一助となっているものに「フリースタイルダンジョン」があるのは認めざるを得ないだろう。
そのフリースタイルダンジョン史上初めて、ラズボス般若に牙をむいたのがこの男、焚巻だ。
その鮮烈な登場で、日本語ラップ界でチャンスを掴み、さぞ華やかな人物なのだろうと思いきや、その本性はとてつもなく泥臭く、人間味に溢れたストリートを体現した人物だった。
レペゼンインタビュー第8回目の今回は、先日OPENしたばかりの葉山は森戸海岸OASiSからお届け。
ラッパー焚巻のまだまだ私たちが知らない部分に迫る。
フリースタイルダンジョンに出るまでのまさに波乱万丈な人生。パンチラインの連続の焚巻の人生を見逃すな。

後編を見る

 

自己紹介

レペゼン:
まずは自己紹介をよろしくお願いします。

焚巻:
池袋のHUMANMUSICに所属してます。焚巻です!
出身は埼玉の川越市です。城下町で、城跡とかも残っているようなとこです。
今も川越市に住みながら、池袋に通って活動しています。

血液型はO型で、生年月日は1989年の12月21日です。
身長は165cmって言い張ってるんですけど、警察に行って測ったら163cmでした。
嘘ない数字です。笑
体重は50kgちょいだと思います。
足のサイズは26.5cmで、利き手は右手です。

レペゼン:
警察?笑
これも後ほど、詳しく。笑
マイク持つのはどっちの手ですか?

焚巻:
マイク持つのは左手です!

レペゼン:
あえて分けてるんですか?

焚巻:
ステージ上で体をうごかす時に、右手の方がよく動かせたんですよね。
だからマイクは左手で、右手を動かしてる感じです!

レペゼン:
なるほどー!
好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてください。

焚巻:
地元にある北京っていう中華屋の広東麺が一番好きです。
んで、嫌いな食べ物はキノコ全般ですね。フォルムが駄目です。笑

レペゼン:
ありがとうございます。
仕事は何をしていますか?

焚巻:
池袋のHUMANMUSIC(ヒューマン・ミュージック)に所属して、ラップやってます。
あとは、DJ DAIとのユニットでNewJackSkillzっていうグループを組んでます。
去年ファーストアルバム「LIFE IS WONDER」を出して、セカンドアルバムを今年の9~10月にリリース予定です。

レペゼン:
ラップ以外にも仕事していますか?

焚巻:
池袋にnodusノーダス)っていう、僕らのお店があって、そこで働いてます。
あと、廃棄物を回収するバイトをしています。
収入の割合としては、ラップが大半で、残りがnodusとバイトですね。
どうにかこうにか今はラップで生計立ててます!

レペゼン:
ほかの仕事もしてるんですね!

焚巻:
働くのは好きっすねー!

 

ラップを始めた頃

レペゼン:
ラップはいつから始めましたか?

焚巻:
14歳の時からです。だから、ちょー遅咲きなんです。

レペゼン:
早い!中学生の時ですね!どんなきっかけで始めたんですか?

焚巻:
当時、川越市の外れの「いなげや」っていうスーパーにマックが入ってて、そこでよく仲間と麻雀をやってんですけど、ある時、先輩がフライヤー持ってきたんですよ。
当時、まだ”フライヤー”って言葉を知らなくて、”メチャクチャかっこいいデザインのチラシ”やばい!ってなったんですけど、そっからクラブに行き始めましたね。
んで、当時、池袋MADAM CARRASマダムカラス)っていうクラブがあって。あ、ここKICK THE CAN CREWがよくライブやってたところで、トイレにものサインがあったりして。
そことか、池袋のもうひとつあったクラブ、DOORドア)って場所に行くようになってラップし始めました。

レペゼン:
かっこいいチラシ!笑
小さい頃はどんな子供でしたか?

焚巻:
まず、うちは中流家庭で、両親もそろってて、ばあちゃんも一緒に住んでる家に育ちました。両親は共働きだったので、ばあちゃんと過ごす時間が長かったガキでしたね。両親も働いてたんで、勉強と努力さえすれば好きなところにいける、ぐらいの家庭にはいたと思います。

レペゼン:
なるほど。いわゆる”普通”の家庭だったんですね。

焚巻:
そうですね。周りの友達は両親がそろっている奴がほとんどいなくて、なんで僕は、環境としてはメチャクチャ恵まれてました。
中学の時、考えさせられる出来事があって…

レペゼン:
どんな出来事ですか?

焚巻:
当時、お金が無くても遊びたいから、友達たちとみんなで悪いことをしてお金を作るわけですよ。

事が終わって、友達んち行って「飯食おう!」ってなるんですけど、そうすると冷や飯が出てくるんですよ。
「電子レンジでチンして」っていうお決まりの置き手紙があったり、カップラーメンが晩飯っていう家もありました。
でも自分んちに帰ったら、あったかい飯が出てくるわけですよ。だから、同じことをしてても、仲間はマジで金なくてこれをやってんだなって思って…

自分は家に帰れば両親も居て、飯も出てくるのに、背伸びしてみんなと同じ事をやってたんでしょうね。
これは色んなことがある中の一コマにすぎないんですけど、その時に、「俺ってメチャクチャ恵まれてんだなっ」て痛感しました。

レペゼン:
なるほど。悪いことをした結果、そこに気づいたんですね。

焚巻:
でもそれで、エリート劣等感みたいなものが出来て、反抗期が加速してっちゃうんですよね。
周りの人間から見たら本当に甘ちゃんだったと思いますよ。それぐらいの頃から、クラブにも行きはじめました。

レペゼン:
なるほど。

 

落ちるところまで落ちた人生

焚巻:
で、それがエスカレートしすぎて16歳ぐらいの時にパクられちゃうんですけど。

レペゼン:
そうなんですね。ドラマだらけの青春時代ですね…

焚巻:
人様に迷惑かけました…

レペゼン:
その若くてやんちゃな頃聞いてた音楽はどんなものですか?

焚巻:
ちょうど2000年ごろだったんで、EMINEMエミネム)も聞いてましたし、50centフィフティ・セント)、ICE CUBEアイス・キューブ)、Snoop Doggスヌープ・ドッグ)、Dr. DREドクター・ドレ)とかですねー

同時進行で90sも掘り出して、A Tribe Called Questア・トライブ・コールド・クエスト)も聞きましたし、ブーキャンBoot Camp Clikブート・キャンプ・クリック)、ウータンWu-Tang Clanウータン・クラン)に、Freestyle Fellowshipフリースタイル・フェローシップ)もそうですね。

レペゼン:
そんな頃から、結構掘ってたんですねー!!かっこいい!!

焚巻:
好きだったんで!

でも、僕なんか全然ですよ。やっぱりDAI(ダイ)もそうですけど、DJの人達は当時も今も格好いい曲いっぱい知ってるっす。
そうやって家でレコードや先輩に貰ったテープ聞いたり、CDの和訳読んだりしてました。今みたいに定額制の音楽ツールも無かったんで、手元にある音源を何度も何度も聴いてました。

レペゼン:
なるほど。昔のそのスタイル、思い出すなぁ。
そしたら、捕まって、出てきて、音楽に目覚めたんですね。

焚巻:
16歳で捕まって出てからは、ちゃんとラップ出来るようになりたいって思いが出てきて、18歳のときUMB埼玉予選で優勝しました!
本戦ではZORN君に負けちゃったんですけど。この時はJACK POT ROCKERSジャック・ポット・ロッカーズ)というクルーをメインに活動してました。

レペゼン:
なぜフリースタイルをやろうと思ったんですか??

焚巻:
フリースタイル出来るラッパーが周りに居たのがきっかけでしたね。
その頃ずっとフリースタイルばかりやってました。ちょうどUMB自体も始まったばっかりの時で、たしかカルデラビスタさんが優勝してた時ですね。

レペゼン:
埼玉予選で優勝した後、トントン拍子に上がっていく人生にならなかったんですか?

焚巻:
いや。優勝したかと思ったら、まだ”中途半端な事”をしてて、19歳ぐらいの時にもう一度警察のお世話になりました。
10代からハードな遊びをずっとやってて、当然頭もおかしかったっすね。

レペゼン:
そうなんですね!波乱万丈!どうして捕まることになるんですか?

焚巻:
周りがどんどんパクられてくんですよ。自分も芋づる式に追い込まれて…

レペゼン:
ツケが回ってきてしまったんですね…
どんな心境でしたか?

焚巻:
常に誰かが塀の中にいて、みんなが揃うことが難しくなって。嘘つきが一人でもいると仲間どうしの話もかみ合わなくなってくるんですよ。
有ること無いことさんざん言われまして、辛かったすね。

ただ、法律としても町のルールとしても自分がやっちゃけない事をしたのは変わらないんで、出てきてからはただただ歯を食いしばって反省の時期でした。

友達の中には再逮捕が何度も続いて、中々出てこられない奴もいたんですけど、逆に自立して職人を始める奴、奨学金で大学に通う奴もいたんで、この頃をきっかけに、僕も自分の道を歩み始めたんだと思うっす。ラップだけはやめなかったんで、10代からマイクをつかみに行ってた池袋により一層近づけた時期でしたね。

レペゼン:
なるほど。そこから、自分の道が始まるんですね。
池袋は焚巻さんを受け入れてくれたってことですか?

焚巻:
人間っていい時って、めちゃめちゃ人がくるじゃないですか。
でも落ちた時にてのひら返される、そんな時にそばにいてくれた人って、信頼が置けると思うんです。
池袋にいたのはそんな人たちばかりで。
当たり前の事なんでしょうけど、自分には落ちるまで気付くことが出来なかったんですよ。

レペゼン:
ほんとその通りですよね!!でもいい仲間に出会えたんですね!

焚巻:
昔から池袋にはライブしに行ってたんですけど、音楽だけじゃなくて、池袋の人達やリアルな部分に触れる事ができました。
今いる人達には、そういう前に進むパワーを貰いました。

レペゼン:
なるほど。一人じゃなかったんですね。

焚巻:
はい。そこで初めて、人を見る目が少しですけどできた気がして。
ドライな大人が大半の中で、そうじゃない人もいっぱいいて、それが今一緒に活動してるHUMANMUSIC(ヒューマン・ミュージック)の人たちですね。
RAIZENライゼン)くんだったり、みんなメチャクチャアツいっす。

レペゼン:
どん底を知ってから、そこを支えてくれた人たち。本当にアツい人たちなんでしょうね。

焚巻:
おこがましいっすけど、その人たちを見て、自分も人として格好良く生きようって思ったっすね。家族や人に迷惑かけるのは良くないことなので。
あとは、数少ない地元の友達と先輩にも感謝してます。

レペゼン:
そこから、更生したっていうか、音楽にのめり込んだんですね?

焚巻:
そこから180度変わっていきましたね。
もとから喧嘩も弱かったし、お金を稼ぐ能力もなかったっす。で、自業自得で捕まって。なんも無くなったっす。でも、ラップはあった。
このラップだけでは負けたくない。だから、やってこなかった努力ってやつを味方に付けようとしたのが、ようやくなんすけど20歳超えたぐらいですね。

レペゼン:
お、ついに人生好転ですか!!!

焚巻:
僕もそう思ったんすけどねー…

 

後編に続く

 

焚巻 Instagram:takumaki_mc
Interview By ABE HONOKA

場所:OASiS

 

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