Interview

2019.7.18 Thu

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レペゼンインタビュー:ファッションデザイナー長嶺信太郎 平凡な少年が、なぜ非凡な服を作れるようになったか

大注目のel conductorH(コンダクター)のデザイナー長嶺。m-floのVERBAL(バーバル)との意外な関係とは。

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かっこいい服が着たい。可愛いアイテムも身に付けたい。オシャレになりたい。とりわけストリートではとても自然な欲求であり、それらがあればプロップスは高まる。

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レペゼンインタビュー25回目の今回はel conductorH(コンダクター)のファッションデザイナーの長嶺信太郎にスポットライトを当てる。
平凡な少年が、服を”着る”我々ヘッズだけでなく、服を”着させる”プロのスタイリストからも評価の高い服を生み出し、ストリートから注目を集めるブランドを作るまでには一体どんな物語があったのか。
あなたもこれを読み終えた後、「まずはやってみること」の大切さを改めて理解することになるだろう。

後編を読む→

自己紹介、趣味について

レペゼン:
まずは自己紹介からお願いします。

長嶺信太郎:
長嶺信太郎、ファッションデザイナーです。自分でel conductorH(コンダクター)っていうブランドをやっています。

レペゼン:
出身と生年月日、血液型を教えてください。

長嶺信太郎:
出身は東京の杉並です。中学の途中くらいから親の仕事の都合で、引っ越して10年くらい湘南に住んでました。今は東京に一人暮らしです。生年月日は1986年4月13日生まれで、血液型はO型です。

レペゼン:
身長と体重を教えてください。

長嶺信太郎:
身長は高校から測ってないので、正確なのは分からないけど182cmくらい。体重は62kgぐらいかな。

レペゼン:
モデル体型ですね!背が高いですけど、何かスポーツはやっていたんですか?

長嶺信太郎:
スポーツは水泳、体操、バスケをやってました。でも好きでやってた訳じゃなくて、身体が弱くて病気がちだったんで、親が心配して体を鍛えて免疫力をつけるために通わせてくれて、何となくで10年くらい続けてました。

レペゼン:
靴のサイズと利き手を教えてください。

長嶺信太郎:
靴のサイズは29cmで、右利きです。

レペゼン:
足も大きいですね。
好きな食べ物はありますか?

長嶺信太郎:
しゃぶしゃぶです。焼肉よりはしゃぶしゃぶの方が好きだなみたいな。笑

レペゼン:
焼肉よりしゃぶしゃぶってなんか大人な感じがします!笑
嫌いな食べ物はありますか?

長嶺信太郎:
玉ねぎです。これだけ唯一食べれない。

レペゼン:
玉ねぎって日常的に結構使われますよね…?

長嶺信太郎:
そうなんです…でもカレーの中や牛丼に入ってるのは、無理すれば食べられます。出来れば食べたくないんですけど。

レペゼン:
大変ですね。笑
趣味はありますか?

長嶺信太郎:
公園の散歩かな。あとは古本が好きで、神保町に行って古本屋を探したりする事ぐらいですかね。

レペゼン:
渋いですねー!かっこいい!!

人生グラフ①幼少期の挫折

レペゼン:
ここで人生グラフという物を書いて頂いて、長嶺さんご自身の人生を振り返って頂きたいと思います!

長嶺信太郎:
はい。

レペゼン:
ありがとうございます。それでは順を追って聞いていきたいと思います。まず、小さい頃はどんな子供だったんですか?

長嶺信太郎:
僕の幼稚園では、「背が高い=喧嘩が強い」みたいなのがあったんですよ。僕は圧倒的に背が高かったので、圧倒的に強いと思われてて王様だったんですよね。笑
実際に力とかは強かったんですけど、本当に殴り合う事ってそうそうないじゃないですか。

レペゼン:
そうですね。確かに小さい時って、体が大きい奴には逆らえないみたいな事ありますよね。

長嶺信太郎:
でもある時に2、3番目くらいに大きい子に負けちゃって…その子のパンチが僕の顔面にヒットして、泣いちゃったんですよ。笑
幼稚園の時とかって泣いたら負けみたいな感じじゃないですか?

レペゼン:
分かります。笑

長嶺信太郎:
それまで結構強気だったし、自分でも一番強いと思ってたから、その喧嘩に負けたショックがデカくてそこから控えめな性格になったんですよ。それは今でも変わってないから、もしあの時負けてなかったら、性格が全然違ったんじゃないかなって思う。笑

レペゼン:
その後の人生を変えてしまうぐらいのワンパンだったんですね。笑

長嶺信太郎:
そうですね。その後も、アイツに負けたから自分でもイケるんじゃないかみたいな感じで、色んな奴が挑んでくるんですよ。それとかも結構嫌だったけど、これ以上は落ちれないと思って、全部倒してはいたんですけど、あの1回の負けは大きかったですね。

レペゼン:
なるほど。1番だったのが1番じゃなくなった訳ですからね。

長嶺信太郎:
そこから、争い事とか誰かと競合するとかは好きじゃないんですけど、それはあの時に負けたからじゃないのかなってずっと思ってます。笑

レペゼン:
結構引きずったんですね。笑
でも平和な性格になったというのはいい事ですよね。

長嶺信太郎:
そうですね。今では平和主義者です。

レペゼン:
小学生になってからは右肩上がりですが、どうでしたか?

長嶺信太郎:
小学校の6年生の時のクラスが、すごく楽しかったんですよね。小6って大人じゃないけど、修学旅行とか色々と経験してくるじゃないですか。人生において初めての事も多いし、色々と任せられる事も増えてきて、その感じが自分の中ですごい嬉しくて楽しかった。

レペゼン:
確かに子供の頃ってそういうの嬉しいですよね。

人生グラフ②平凡な学生時代

レペゼン:
小学校で上がってからの中学で落ちちゃうんですか?

長嶺信太郎:
小6の時に洋服に興味を持ったおかげで、中学当時の見た目が大人びてたんですよ。でも入った中学校の校則が厳しくて、色々と言われてイライラしちゃって。笑
うるせーなって感じで。笑

レペゼン:
なるほど。笑

長嶺信太郎:
理不尽な事が嫌いだから、髪をセットしたりお洒落を楽しむのが何でダメなんだろうって。中学校は明確な理由がない事を押し付けてくる所だなって思って、すごく嫌いで先生ともめちゃくちゃ仲が悪かったですね。

レペゼン:
納得いかなかったんですね。

長嶺信太郎:
もう本当に反発心しかなくて、起立って言われたら座ってるし、逆に着席って言われたら一人だけ立ってました。笑

レペゼン:
それはヤバい人ですね。笑

長嶺信太郎:
そうそう。笑
どうやって反抗しようかって事しか考えてなかったですね。それぐらい中学校は本当に嫌でした。

レペゼン:
中学の3年間がずっとそれはキツいですね。そのあとの高校はどうだったんですか?

長嶺信太郎:
中学が嫌だったから、高校は自由なとこに行こうっと思って、勉強を頑張って自分が行きたい高校に入りました。だから高校はまあまあ楽しかった。

レペゼン:
それは良かったです!!でも大学でまた落ちてますね…

長嶺信太郎:
洋服が好きだったので、専門学校に行くつもりでいたんですけど、親と相談をしたら、大学に行っても洋服に関する仕事にも就けるし、そっちの方が可能性が色々広がるんじゃないかって事で大学に進学を決めたんですけど…

レペゼン:
はい。

長嶺信太郎:
大学が全然楽しくなくて。正直何で大学に行ったんだろうって思いました。笑

レペゼン:
そのレベルで楽しくなかったんですね。

長嶺信太郎:
今思うと何をカッコつけてたんだろうって思うんですけど…
チャラい事が大嫌いだったんで、サークルに入って楽しむとかって事に全く興味がなかったんです。やってた方が絶対に楽しかっただろうし、色んな人にも出会えてたと思うんですけど。大学時代は本当に勉強しかしてなかった。

レペゼン:
大学時代に勉強しかしてないってすごいですね。

長嶺信太郎:
かと言って、勉強を一生懸命やってた訳でもなくて、本当に何もしてなかったんですよ。友達と遊ぶって事も全然してなかった。

レペゼン:
なるほど。聞いていると平凡だし、挫折も多かったところから、どうやってファッションデザイナーになるかが気になるところですね…

人生グラフ③VERBALとの出会い

レペゼン:
大学時代、就職活動はしたんですか?

長嶺信太郎:
就活は普通にして、アパレル関係の専門商社に就職しました。

レペゼン:
やっぱりアパレル関係の企業に入社したんですね。
そこから29歳までぐっとグラフが上がってますけど、何かきっかけはあったんですか?

長嶺信太郎:
VERBAL(バーバル)さんのインタビューです。

レペゼン:
ほう。

長嶺信太郎:
就活を終えてから、社会人のマナーだったり、有名な人のコラムが載ってるお便りみたいな物が、就職先から送られてきてたんですよ。社会人になるまでの期間、これを読んで準備しておいてくださいって。

レペゼン:
そういうのありますよね!

長嶺信太郎:
その中の一つに、VERBALさんのインタビューが載ってたんですよ。

レペゼン:
なるほど。何が書いてあったんですか?

長嶺信太郎:
「何でもまずやってみる事」。最初から派手な事とか、やりたい事はきっと出来ないけど、「え、あれが?」って事をしたおかげで、その後に繋がってくる事が自分には沢山あるって書いてあったんです。

レペゼン:
すごく大切なことですよね。

長嶺信太郎:
その頃VERBALさんの事は知ってはいたけど、もちろん知り合いではなくて。でもなぜか、すごく心に刺さったんです。だからそれからは、「まずはやってみるか」って思うようになったんです。

レペゼン:
良い心境の変化ですね。

長嶺信太郎:
だから、それからは大学の時みたいに友達の誘いとかも断るのをやめて、興味がなくても乗っかってみる事にしたんです。それで友達に誘われて、初めてクラブに行きました。

レペゼン:
社会人になってから初めてクラブに行ったんですね!!どうでしたか?

長嶺信太郎:
僕は小学生の時にファッションに興味を持ってから、普通の男の子が好きな漫画やゲームに興味がなくなってしまって、友達と話が合わなくなっちゃって孤独な想いをしてきたんですよ。でも、いざクラブに行ってみると自分と感性が近い人がこんなに沢山いるのかって思って、すごい衝撃でした。

「自分みたいな人間ってどこにいるんだろ」って、今まで漠然と思ってたけど、ここにいるじゃん!みたいな。

レペゼン:
なるほど、偶然にも居心地が良かったんですね!!

長嶺信太郎:
そこで会った人達は、自分で色々とやってて面白い生き方をしてる人ばかりで、すごく刺激になりました。それから毎週末に色んなクラブに遊びに行くようになって、当時親切にしてくれてたDJが色んな人を紹介してくれて、爆発的に人脈が増えたんですよ。

レペゼン:
おー良いですね!

長嶺信太郎:
そこで出来た繋がりで、個人的に色んな仕事をもらうようになったんですよ。それが少しずつ膨らんできて、こっちで行けるんじゃないかって思うようになったので会社を辞めて独立しました。その中には、VERBALさんとの出会いもあったんですよね。

レペゼン:
実際に出会ったんですね!?

長嶺信太郎:
m-flo(エム・フロー)の撮影の仕事を、VERBALさんから依頼された事があったんです。

レペゼン:
えー!!めちゃくちゃすごいですね!!

長嶺信太郎:
本人に僕が影響受けたインタビューのこと話したんですよ。VERBALさんの言葉を見て、それを自分の信条にしてたら実際に形になって、こうしてVERBALさんから仕事をもらえるようになりましたって。

レペゼン:
それはVERBALさんも喜びそうですね。

長嶺信太郎:
「俺そんな事言ってたんだ」って言って忘れてましたけどね。笑

レペゼン:
そうなんですね。笑
でも尊敬していた人と一緒に仕事ができるようになるってすごいことですね!!ちなみに個人で受けるようになった仕事っていうのは、どういったものだったんですか?

長嶺信太郎:
最初はクラブイベントのオーガナイザーみたいな事です。
人脈が増える中で知り合った友達が、一緒にやらないかって誘ってくれたんですよ。「何でもやる精神」だったんで、やろう!って事でやったら上手く行ったんですよ。

レペゼン:
初めてのクラブイベントで、いきなり成功したんですね。

長嶺信太郎:
それによって色んなクラブから、うちでもやってくれって話になって、そっちでもそこそこの収入があるぐらいになっちゃったんですよ。そういう期間が何年か続きましたね。

レペゼン:
それはそれですごいですね。

長嶺信太郎:
ただ、僕は音楽やクラブがめちゃくちゃ好きって言うよりは、そこに集まってる人や雰囲気が好きだったですよ。何をやってても感覚としてはファッションだったんですよね。

レペゼン:
なるほど。

長嶺信太郎:
その中にはそう言う業界の人達もいるから、ファッションショーの時のPRの仕事を振ってもらうようにもなりました。あとは、アーティストのスタイリングの仕事をするようにもなったりと、最終的にはファッション的な要素の強い仕事が多くなりました。

人生グラフ④独立

レペゼン:
ここで一回下がってるのは何があったんですか?

長嶺信太郎:
色々やり始めてた時に、これだけで生きて行ったらどうだろって考えた時が沢山あったんですよ。入社3年目の時には辞める事を考え始めて、そこから色々考えて今だって辞めたのが29歳の時。その時にすごく仲の良い人がいて、その人と一緒にブランドをやろうって話があったんですよ。

レペゼン:
そうだったんですね。

長嶺信太郎:
その人がクリエイティブディレクターをやるって形で、僕はデザインではなく別の関わり方で一緒にやるイメージでした。自分でブランドをやろうって全然思ってなかったので、話をし出した時はワクワクしてました。

レペゼン:
でも実現はしなかったんですよね?

長嶺信太郎:
そうですね。色んな事がすれ違い、伝えたい事が伝えたいように伝わらなくなったりして…でも会社には辞めるって言っちゃったし、どうすれば良いのか分からなくなって…
それで、とりあえずこの人とは一緒にやらないって事だけは決まりました。それがこの時期ですね。

レペゼン:
会社も辞める事は決まってるのに、結構ピンチじゃないですか?

長嶺信太郎:
僕はよく物事を色々と考えるタイプなので、この時も自分が言ってる事は正しい事が多いって思ってたんですよ。でもこの時にあまりにも伝わらないから、自分が正しいと思ってる事は、実は正しくないんじゃないのかって、自分を疑う事をしてみたんですよね。

レペゼン:
そこで自分を疑うって考え方が出来るのがすごいですね。

長嶺信太郎:
そうしたら違う見え方が結構出てきて、自分的には人間的に一歩成長出来たなって思えたんです。あのまま今も続けてたら、考え方も性格も違ってたと思うし、独立ってタイミングで自分に1つ大きな試練が与えられて、あの頃はピンチだったけど今思えば良かったと思います。

レペゼン:
ポジティブですね!!そのあとはまたグラフは上がってますもんね!!

長嶺信太郎:
そこから何をするかも決まってなかったんですけど、とりあえずフリーランスになって、そのタイミングでまたVERBALさんから連絡が来たんですよ!!

レペゼン:
へぇーすごい!!バッチリなタイミングですね!

長嶺信太郎:
「今度LDH(エルディーエイチ)と新しい事を始めるんだけど、そのお店を作るからお店を見れる人探してて誰かいないかな」って。それで、「2日前に会社辞めたので僕でも良いですか?」って言ったら、話したいからすぐに事務所に来てって言われました。

レペゼン:
なんか急にすごい展開になってきましたね。

長嶺信太郎:
そうなんですよ。それがPKCZ®(ピーケーシーズ)の仕事で、店舗を任されてました。

レペゼン:
なるほど。じゃあその2年はお店に立っていたんですね!

長嶺信太郎:
そうですね。一方で、自分個人で受けた仕事もやっていたので、その時期は本当に忙しくて、ほぼ週7で働いてました。

レペゼン:
それは大忙しですね…大変そう…

長嶺信太郎:
それで2年経って、LDHとの契約が終わってまた暇になったんですよ。一応LDHの仕事がなくても、生活していけるだけの収入はあったんですけど。でも、今まで忙しく働いてたのに急に暇になったのが耐えられなくて、新しく何か始めないとって考えてたのが32歳になる年でした。

レペゼン:
なるほど。

長嶺信太郎:
そんな流れでel conductorH(コンダクター)をはじめました。

レペゼン:
でも、よくブランドを立ち上げましたね。

長嶺信太郎:
ファッションの業界に入って10年目で、今までにスタイリングや店舗管理、PR、あと小さいセレクトショップのディレクションとバイイングなんかもやってきて、唯一やってなかったのがデザインだったんですよね。

レペゼン:
確かに、本当にファッションに関する様々な仕事をやられてきてたんですね。

長嶺信太郎:
だから、10年間この業界で培ってきた物を集約させて、デザインの仕事をやってみようと。自分が今までにやった事のない事に新たに挑戦する事で、今後の新しいライフワークの目標が見えてくる気がして、ブランドを立ち上げたんですよ。

レペゼン:
すごい筋が通ってて、面白いですね。

長嶺信太郎:
それで、今って感じですね。

レペゼン:
やるべくしてスタートしたって感じですね。

 

自分がやりたいことを成し遂げるために、何が必要なのだろうか。
経験か運か、お金か時間か、努力か才能か。あるいはその全てか。

では、それらをどう身に付けるか。その答えが彼の言葉にあった、「まずやってみること」なのだ。
”やっていない奴”にも経験はあるだろうし、運は訪れるがそれを生かせない。”やっていない奴”は「お金や時間がないから」と嘆く。”やっていない奴”は努力してないし、自分に才能があることにも気づくことができない。

「まずやってみること」。たったそれだけだが、とても難しい一歩を踏み出したことにより、開かれた彼の人生。あなたも説得力を感じるのではないだろうか?

後編は彼の仕事についてより具体的に迫る。あのアーティスト達も御用達にするel conductorHが如何にして生み出されているか、見逃すな。

後編を読む→

 

長嶺信太郎 Instagram:hatch_mamf
el conductorH Instagram:el_conductorh

Interview:ABE HONOKA

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