Interview

2018.12.20 Thu

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DJを始めたきっかけ/Mr. BEATS a.k.a. DJ CELORY②

大学進学をあえて選ばずDJへ

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レペゼン:
人生グラフというものを書いてもらってるんです。

DJ CELORY:
なにそれー!0歳から書くの?笑
こんなの書いたことないや!スタートは18歳にしようかな。

レペゼン:
まずはCELORYさんのDJライフのスタートを教えてください。

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DJ CELORY:
高3の時に、夏休み丸々1ヶ月を引越しのアルバイトに当てて、お金貯めて、ターンテーブルにミキサーを一式買ったのが始まりだね。

レペゼン:
なんでターンテーブル買おうと思ったんですか?

DJ CELORY:
それまでもレコードは買っていたんだけど、当時「Juice(ジュース)」っていう2pacも出演している映画をみてね。DJのコンテストのシーンがあったりして。それを観て買おうと。

レペゼン:
映画がきっかけだったんですね!あの映画いいですよねー!最初に買ったレコードは覚えてますか?

DJ CELORY:
なんだったかな。ヒップホップ以外だと小学生の時に買った7inch、武田鉄矢の”少年期”かな。ヒップホップだと忘れたけど、Jeru the Damaja(ジャル・ザ・ダマジャ)の“Come Clean” とか Naughty By Nature(ノーティ・バイ・ネイチャー)の“OPP”とかそんな感じだったと思う。

レペゼン:
いい時代!高校の時はどんな生活を送っていたんですか?

DJ CELORY:
遊びまくってたね。笑
クラブ行ったり、芝浦のGold(ゴールド)とか横浜や六本木のCIRCUS(サーカス)っていうディスコに行ったりして。あの頃は「DADA」とか、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のダンス甲子園とか、テレビでダンスが盛り上がっていた時期だったからね。ちょうど、ZOOが出てきた頃で。それでそういうカルチャーにハマっていった感じかな。

レペゼン:
そのあと大学時代はどんな感じでしたか?

DJ CELORY:
俺、ヒップホップが好きすぎたのと勉強したくなかったのとで、大学行かないでこの世界に飛び込んだんだよね。

レペゼン:
へー!そうだったんですか!

DJ CELORY:
大学の付属高だったから、98%はそのまま大学に進学して、残りの2%は頭が良くて国立受験しちゃう人だったから、つまり、100%大学にいけるってこと。でも、それを選ばなかった。

レペゼン:
それだけヒップホップを愛していたってことですね!最初はどんな活動をされていたんですか?

DJ CELORY:
とりあえずカセットテープにミックス作って、六本木から新宿、渋谷までターンテーブルがあるお店を全部回って。それが始まりかな。

レペゼン:
最初は苦労もあったんですか?

DJ CELORY:
それが、トントン拍子でうまくいったんだよねー。半年くらいでDJで食えるようになって。

レペゼン:
すごい!!順調な滑り出しですね。

DJ CELORY:
うん。最初は六本木のJ CLUB(ジェー・クラブ)って箱で毎週木曜にやるようになって。そこで、近々クラブをオープンさせたいっていう人に出会って。手伝ってくれという話になって錦糸町のクラブNUDE(ヌード)って箱でやるようになったんだよね。

レペゼン:
縁が繋がりますねー。いきなりDJだけで生計を建てられたってことですか?

DJ CELORY:
うん。でも、給料はほとんどレコードに使ってたなー。当時、渋谷のCISCO(シスコ)っていうレコード屋にやなさん(DJ YANATAKEさん)がいたり、後はマンハッタンレコードで買ってたり。

レペゼン:
今でも繋がってますもんねー!

DJ CELORY:
CISCOでは、やなさんが、良さそうなレコードが入ると俺たち用に取り置きしてくれていて。ホントあの頃からお世話になっているんだよね。もちろん、マンハッタンレコードでも同じようなことしてもらっていました。

レペゼン:
かっこいい!超常連ですね!

DJ CELORY:
そんな感じで月に余裕で10万はレコード買ってたかなあ。いくらとか考えずにボンボン買って、 重いからタクシーで帰る、みたいな。笑

レペゼン:
すごい!かっこいい!

…続く。

▼Mr. BEATS a.k.a. DJ CELORY
Instagram:mrbeats

Interview:ABE HONOKA
Writer:中崎史菜

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